第十五話 双子
第十五話です。しばらくラブコメ要素が減りますが、ラブコメを楽しみに読んでくださる方、もう少しだけお待ちください。
毎日馬の世話をするのは楽しかった。
馬小屋は決して綺麗な場所ではない。
藁と土の匂い。
馬たちの体温。
掃除を怠ればすぐに汚れる床。
けれど、そんなものは何でもなかった。
雨風もしのげず、食べる物にも困っていた頃に比べれば、まるで天国だ。
私は桶を抱えながら、白馬の首を撫でた。
「今日も元気だな」
白馬は気持ちよさそうに目を細める。
「ヒヒーン」
まるで返事をするように鳴いた。
思わず吹き出す。
「私か?私も元気だぞ」
「おい、スリジエ」
後ろから声が飛んできた。
振り返ると、桶を持った少年がこちらへ歩いてくる。
「アドニス」
彼は私より一歳年下だが、この屋敷では一年先輩だ。
両親を亡くした孤児であることも、ベルフルール様に助けられたことも、私と同じだった。
「お前の髪はホント馬の尻尾みたいだな。ボサボサで、とても女だとは思えない」
「…………」
ボサボサの髪を手で押さえる。だが、どうしても直らないものは直らない。
「餌やりが終わったら掃除しとけよ」
「はいはい」
「返事が軽い」
ぶつぶつ言いながら桶を置く。
相変わらず口うるさい。
だが悪い奴ではなかった。
働き者だし、困っている人を見れば放っておけない。
そして何より――
ベルフルール様に惚れている。
「分かるぞ、その気持ち」
私は小さく呟く。
私だってベルフルール様が大好きだ。
もちろん意味は違う。
けれど、あの人を慕わない方が難しい。
太陽みたいな人なのだから。
アドニスは不思議そうにこちらを見たが、気にせず仕事へ戻っていった。
私はその背中を見送りながら思う。
きっと彼の恋は叶わない。
身分という壁は高い。
私も同じだ。
どれだけベルフルール様が妹のように扱ってくれても、世間はそう見てくれない。
いつか必ず別れの日が来る。
それでも――
「その日までは全力でお守りします」
誰にも聞こえないよう、小さく誓った。
「スリジエ、いる?」
突然聞こえた声に飛び上がりそうになる。
振り返ると、そこには見慣れた少女が立っていた。
「べ、ベルフルール様!?」
ぱっと周囲が明るくなったような気がした。
「どうしてこちらへ?」
「あなたに会いたくなったのですわ」
そう言って微笑む。
……反則だ。
そんなことを平然と言うのだから。
「ここは汚いですよ」
「そうかしら?」
ベルフルール様は辺りを見回した。
「私は嫌いではないわ。皆が一生懸命働いている場所ですもの」
やっぱり敵わない。
この人は本当にそう思っているのだ。
「ダフネは元気?」
「もちろんです」
私は白馬を指差した。
ダフネ。
ベルフルール様が特に可愛がっている愛馬だ。
「実は久しぶりに乗りたいの」
「すぐ準備します」
「ありがとう」
彼女はダフネのたてがみを撫でる。
「綺麗にしてくれているのね」
「当然です」
胸を張る。
「いつベルフルール様がお乗りになってもいいようにしていますから」
彼女は嬉しそうに笑った。
「そういえばアドニスは?」
その名前が出た瞬間。
少しだけ面白くなかった。
「どこか行きました」
「そうなの?」
「私の髪が馬の尻尾みたいだと言い残して」
「まあ!」
ベルフルール様が目を丸くする。
「そんなことありませんわ!」
勝った。
だが次の瞬間。
「……でも確かに長さは揃っていないわね」
「え?」
「私が切って差し上げます!」
「ベルフルール様が!?」
気付けば私は屋敷へ連行されていた。
鏡の前へ座らされる。
映る私はみすぼらしい。
髪は伸び放題。
左右の長さもばらばら。
それなのにベルフルール様は真剣な顔で櫛を通していた。
「動いてはだめよ」
「は、はい」
なんだろう。
少しだけくすぐったい。
まるで本当に姉妹になったような気分だった。
やがて最後の一房が切り落とされる。
「できましたわ」
私は鏡を見る。
そして――
息を呑んだ。
「え……」
鏡の中には二人の少女がいた。
隣同士で並ぶ姿は驚くほど似ている。
目も。
鼻も。
輪郭も。
髪型まで揃った今、その resemblance は隠しようがなかった。
まるで双子だった。
「そんな……」
ベルフルール様も言葉を失っている。
「私たち……こんなに似ていたの?」
私も信じられなかった。
前髪で隠れていた顔が露わになったことで、初めて気付いたのだ。
すると次の瞬間──
ぎゅうっ。
「わっ!?」
背後から抱き締められた。
「運命ですわ!」
ベルフルール様が興奮した声を上げる。
「絶対に運命よ!」
「べ、ベルフルール様!?」
「あなたを見た時から不思議だったの!」
頬を紅潮させながら続ける。
「何かあると思っていたのよ!」
嬉しそうだった。
本当に嬉しそうだった。
その顔を見ているだけで、私まで幸せになる。
だが──
私は笑えなかった。
胸の奥に、小さな不安が芽生えていたからだ。
「ベルフルール様」
私はそっと彼女の腕をほどいた。
「このことは誰にも言わない方がいいと思います」
「どうして?」
「似すぎています」
私は鏡の中の二人を見る。
「もし誰かが私をベルフルール様と間違えたら?」
彼女は目を瞬かせた。
「もし私がベルフルール様の身代わりに使われたら?」
「スリジエ……」
「あるいは逆に、私がベルフルール様を騙ったと疑われるかもしれません」
貴族社会は知らない。
だが人間の悪意なら知っている。
路地裏で何度も見てきた。
だから分かる。
この顔は危険だ。
「私たちだけの秘密にしてください」
長い沈黙の後。
ベルフルール様は小さく頷いた。
「……分かったわ」
その日から私は包帯で顔を隠すようになった。
馬に蹴られて怪我をした。
周囲にはそう説明した。
誰にも知られてはいけない。
誰にも気付かれてはいけない。
私はベルフルール様を守るためにここへ来た。
ならば――
私自身が、あの人の脅威になってはならない。
絶対に。
絶対に――。
今回も最後までお読みいただきありがとうございました!




