第四話 婚約破棄まではまだ遠い
第四作です。クスリと笑えるような作品になるように頑張りました。
雲一つない青空に、爽やかな春風。
そして私の周りには、二人の友人。
「とても優雅なお茶会…………ではありませんわ!」
私はティーカップを勢いよく机に置き、声を上げた。
「ちょっと、急に叫ばないでよ」
「そうですよ。お望み通り婚約破棄できたんですから、そんなに苛立つ必要はないと思いますが」
翌朝。
私は朝早くから二人を呼び出し、お茶会という名目で昨日の出来事を聞かせていた。
二人は眠たそうに目をこすりながら、私の話を聞いている。
「腹が立ちますわ!」
「だから、何が?」
「あの王子のことですわ!まるで悲劇の王子みたいな顔をしていましたけど、結局は執事に助けてもらってばかり。自分一人で変わろうともしていないではありませんか!」
「でも王子は王子なりに頑張ってるんじゃない? ベルの話を聞く限り、完璧な振る舞いをしようとしてたんでしょ? 少しずつでも努力していけば、変われるかもしれないじゃん」
「リラは甘いですわ!」
私はピシリと人差し指を立てた。
「それは、自分自身と向き合っていることにはなりませんの!」
「じゃあ、どうやって向き合えばいいの?」
「もともとの性格を隠す必要なんてありませんわ。むしろ、さらけ出すべきなのです!」
「ええっ!? でもそれじゃ、一生変われないんじゃ……」
「いいえ。無理に変わろうとする必要なんてないのですわ」
「さっきと言ってること違わない!?」
「リラ。人間はね、生まれた時から完璧な人などいませんの。様々な経験を通して、少しずつ理想の自分へ近づいていくものですわ」
リラは「うーん」と唸りながら頷いた。
「私たちの寿命は平均で八十年。もっと長生きされる方もいらっしゃいますわ。ですが、あなたは今までに“完璧な老人”を見たことがありますの?」
「…………ない」
少し考え込んだあと、リラは素直に答えた。
「そうでしょう? 人間はどれだけ経験を積んでも、決して完璧にはなれませんの。誰だって何かしら欠点を抱えているものですわ。
それなのに、数年で完璧な人間になろうとする人は多い。……あの王子のようにね」
「つまりベルは、“完璧になろうとする人”が嫌いなの?」
「いいえ。私が嫌いなのは、ろくに努力もせず、間違ったやり方で完璧を追い求める人間ですわ! そういう人は最終的に、本当に自分が完璧だと思い込んでしまうのですもの!」
気づけば私は腕を組み、熱弁していた。
「ベルの言いたいこと、少し分かりますわ」
それまで静かに聞いていたイリスが、ぽつりと呟く。
「私も昔、完璧になろうとしていました。ですが、どれだけ勉強しても、どれだけ周囲に合わせても、結局は何にもならなかった。気づけば、自分ばかりが疲れていて……最後には、全部どうでもよくなってしまったんです」
「…………イリス」
「ベル。私はあなたと出会ってから、自分をさらけ出せるようになりました。昔の自分より、今の自分の方が好きです。“これでいいんだ”って、初めて思えたんです」
「イリス…………嬉しいことを言ってくれますわね」
「だからこそ、少しだけミュゲ王子の気持ちも分かるんです。王子も、自分をさらけ出すことの大切さを知るべきです」
「…………!」
胸の奥がじんわりと温かくなった。
イリスが私を友人として認めてくれていること。
そして何より、自分と同じ考えを持つ人がいることが嬉しかった。
自分の想いは間違っていないのだと、不思議と心が軽くなる。
「イリス…………私の大切なイリ――」
「なので、ミュゲ王子と結婚してください」
「…………え?」
予想外すぎる言葉に、思考が止まった。
「え、ちょっと待ってくださいまし。今、何と?」
戸惑う私の代わりに、リラが声を上げる。
「ちょっとイリス。この婚約、破棄になったんだよ?それに王子はベルのタイプじゃないし」
「二人とも、勘違いしていますね」
「「え?」」
私たちが顔を見合わせると、イリスは静かに立ち上がった。
「この婚約、正式にはまだ破棄されていませんわ」
「「っ…………!」」
そうでしたわ!
婚約を結ぶのは簡単でも、解消するのは難しい。
たとえ当人同士の意見が一致していたとしても。
「お父様は何とかなるとしても……国王陛下をご説得するのは……」
「難しい、ってことか」
二人はそろってため息をついた。
「ベル。今こそチャンスです」
「……チャンス?」
「あの弱虫ぽっちゃり王子を、あなたが変えるのです」
「よ、弱虫ぽっちゃり王子って……」
「王子は“変わりたい”と思っているのに、その方法が分からないだけです。もしあなたが彼を変えることができたなら――二人は絆を深め、やがて恋に落ち、かけがえのない存在になるでしょう」
「まるで恋愛小説ですわね……」
「羨ましいです」
「羨ましいなら、あなたが王子と結婚したらどうですの?」
「それはお断りです」
即答――。
「タイプじゃないので」
「そ、それは私だって同じですわよ!」
「二人とも! 落ち着けええーい!」
リラの叫び声で、ようやく我に返った。
「もう!そんな調子じゃ、いつまで経っても話が進まないよ!」
「ですがイリスが……」
「“ですが”じゃないの!三人いるんだから、ここは多数決で決めようよ!」
「私は構いませんよ」
「ふん、私も異論はありませんわ。リラは私の味方ですもの。二対一なら絶対勝てますし」
「うんうん!それじゃ始めるよ!」
リラは立ち上がると、びしっと指を突きつけた。
「ベルがミュゲ王子と結婚するのを応援するか――それとも、イリスがミュゲ王子と結婚するのを応援するか!」
……ん?
何ですの、この違和感。
「じゃあイリスが王子と結婚するのがいいと思う人ー!」
「え、えっ……!?」
な、何ですって!?
「じゃあベルが王子と結婚するのがいいと思う人ー!」
「ちょっと待って! この多数決、おかしくありませんこと!?」
「はい、終了ー!」
私が抗議するより先に、多数決は終わってしまった。
「ということで、〇対二で、ベルがミュゲ王子と結婚するのを全力で応援することになりましたー!ぱちぱちぱち!」
「ちょっと待ってくださいまし!今の多数決、何でしたの!?」
「何って?」
「おかしいでしょう!?イリスが王子と結婚するなんて、最初からありえない選択肢でしたわ!」
リラはニヤリと笑う。
「じゃあ、何の多数決だと思ったの?」
「そ、それは…………」
「何も考えず参加する方が悪いんだよ。ベルって詐欺に引っかかりやすそう」
「分かっていますわ!」
私は頬をぷうっと膨らませた。
「とにかく! 私たちはベルがミュゲ王子と結婚するのを全力で応援するから!」
「ええ。たとえ他の男性と恋仲になったとしても、認めません」
「ふ、二人とも……本気なのですか!?」
「うん! だってこれ、完全に運命だもん!」
「もしベルが賢い令嬢に育っていたら、そもそも別の男性と婚約していたでしょうしね」
「ある意味、こっちの方が面白そうだし」
「ちょっと二人とも!まるで他人事みたいに!」
「それはそうですよ」
イリスは紅茶を一口飲み、涼しい顔で言った。
「他人ですから」
あまりにも正論すぎて、私は何も言い返せなかった。
お読みいただきありがとうございます。少しでも笑っていただけたら幸いです。




