第三話 この婚約、大丈夫ですの?
第三話です!よろしくお願いいたします!
向かい合うソファに、三人は腰掛けていた。
何とも言えない気まずい空気の中、最初に口を開いたのは、王子の隣に座る男性だった。
「コホン……まずは自己紹介をしなければいけませんね」
彼は黒の執事服に身を包み、白い手袋をきっちりと嵌めていた。
無駄のないその装いは、まるで一分の隙も許さぬ規律そのもののようだった。
王子よりも背が高く、落ち着いた物腰のせいか、年齢以上に大人びて見える。
軽く咳払いを一つ落とし、彼は優雅に一礼した。
「私はジャスマン。ミュゲ王子の執事を務めております。以後、お見知りおきを」
「初めまして。マルグリット・ド・ベルフルールと申します」
「もちろん存じ上げております。これからは交流も増えるでしょう。何せベルフルール様は、王子の──」
「いや、もう会うことはない」
ジャスマンの言葉を遮るように、王子が静かに言い放った。
「王子……?」
「この婚約は、すぐに破棄されるからな」
「な、何をおっしゃっているのですか!」
ジャスマンが目を見開く。
「ベルフルール嬢」
「は、はい!」
突然名前を呼ばれ、思わず声が裏返った。
「あなたを幸せにすると言っておきながら、婚約破棄などと言い出して申し訳ない。ですが、あなたも聞いたのでしょう?僕の本当の姿を」
「え、ええ……」
「僕の性格は、あんなものなんです。本当は臆病で、意気地なしで……それを隠すために演技している。僕は外見だけじゃなく、中身まで駄目なんですよ」
「王子、そんなことはありません!」
ジャスマンがすぐに否定する。
「王子はいつだって頑張っておられるではありませんか」
「いや、頑張ったってどうにもならないことはある」
王子は力なく笑った。
「ベルフルール嬢には、全部知られてしまったんだ。こんな男が婚約者だなんて、不安で仕方ないと思われているかもしれない」
──あ、それは思っていますわ。
むしろ不安すぎて、どうにかなりそうですわ。
「い、いやいや!そんなことは思っていませんよね、ベルフルール様!?」
ジャスマンから無言の圧を向けられ、私は慌ててうなずいた。
「え、ええ、もちろんですわ」
「……本当に?」
涙目で見つめられ、私は引きつった笑みを浮かべるしかない。
「ベルフルール様、どうかこの件はご内密にお願いできますか。王子のためにも、将来のあなたのためにも。どうか!」
「僕からも頼む。第三王子がこんな性格だと知れれば、国民はきっと僕を蔑むだろうから」
二人はそろって頭を下げた。
「お顔を上げてくださいまし」
私は姿勢を正し、静かに微笑む。
「ご安心ください。世間に広まらぬよう、十分に言い含めておきますので」
「……え?」
王子がぽかんとした顔をする。
「“言い含める”とは?」
「もちろん、友人たちにですわ」
「…………はい?」
「誰にも話さないよう、きちんと申しておきますので。その辺りはご安心くださいませ」
「ちょ、ちょっとお待ちを!」
ジャスマンが慌てて片手を上げた。
「それはつまり、この件を誰かに話すということですか!?」
「ええ、二人ほど」
「何故です!?」
「何故って、私は友人に嘘をつけませんもの」
私はきっぱりと言い切った。
「初めから守れない約束はしない主義ですわ。ですので、“絶対に誰にも言いません”とは申し上げられません」
「ですが、そのご友人が話してしまったらどうするのです!」
「それはありませんわ」
私は即答した。
「あの二人は、私の大切な友人ですもの」
「っ……ですが!」
「ふっ……はははは!」
突然、王子が吹き出した。
「お、王子!?何がおかしいのですか!」
「いや、すまない……あまりにも面白くて」
王子は肩を震わせながら笑う。
「頭の切れる君が、口論で押されているところなんて初めて見た」
「まだ押されておりません!」
「いいや、君の負けだよ」
「何を根拠に──」
「自分の拳、見てみな」
ハッとして手を見ると、ジャスマンは爪が食い込むほど拳を握りしめていた。
「お前がそこまで熱くなるなんて珍しいな」
「そ、それは……」
ジャスマンが言葉に詰まる。
王子はくすりと笑い、今度は私に視線を向けた。
「あなたは、本当に良いご友人をお持ちのようですね」
「はい」
「……分かりました。その方々には話しても構いません」
「王子!?」
「ですが」
王子は少しだけ目を伏せ、寂しそうに笑った。
「婚約は、やはり破棄しましょう」
「まだそんなことを……!」
「ジャスマン。少し席を外してくれないか。ここから先は、僕と彼女の問題だ」
「……承知しました」
ジャスマンは納得していない様子だったが、しぶしぶ部屋を後にした。
扉が閉まり、静寂が落ちる。
「さて……二人きりですね」
「ええ」
「改めて、あなたのお気持ちを聞かせてください。ベルフルール嬢」
「私の、気持ち?」
「先ほどは、僕に気を遣ってくださったのでしょう。ジャスマンの圧もありましたし」
「…………」
沈黙が、そのまま答えになってしまった。
王子は小さく苦笑する。
「きっとご友人たちも、僕の本当の姿を知れば同じことを言うでしょう。この婚約は、あなたにとって最善ではない」
静かな声が、胸に刺さる。
「今はこうして取り繕えていますが、少しでも気を抜けば、またあの情けない姿に戻ってしまう。あなたも、そんな男は嫌でしょう?」
「…………」
「それに……見た目だって、あなたの理想とは程遠い」
その言葉を聞いた瞬間。
胸の奥で、何かが静かに積み重なった。
「ええ」
私はゆっくり立ち上がる。
「確かに、そういうのは嫌いですわ」
王子の表情が、わずかに曇った。
私はそのまま彼へ歩み寄り──胸ぐらを掴む。
「……私は、弱虫が嫌いです」
「…………え?」
「ですが──」
さらに顔を近づける。
「自分を偽る弱虫が、一番嫌いですわ!」
次の瞬間。
パチンッ──
乾いた音が部屋に響いた。
「っ!?」
王子の頬を、私は思い切り叩いていた。
「自分を偽るような方と婚約などできませんわ!この婚約、こちらから願い下げです!」
私は乱れた髪を払い、そのまま勢いよく扉を開ける。
そして振り返ることなく、堂々と部屋を後にした。
時には自分を責めてしまうときもありますよね……………皆様の考えは王子より?それともベルよりですか?




