第二話 聞いてはいけないものを聞いてしまいましたわ
第二話です!楽しく読んでいただけると幸いです。
ついにここまで来てしまいましたわ!
目の前には、豪華な装飾が施された大きな扉。
その前には厳重な警備が敷かれている。
間違いない。
この先にいるのは、あの“ぽっちゃり”王子こと、ミュゲ王子。
第一王子と第二王子のお母様は、とても美しい女性だと聞く。だが、ミュゲ王子のお母様は、本人に似てふくよかな方らしい。
母親が違うせいか、兄弟仲もあまり良くないとか。
さらに、社交の場にも滅多に姿を見せない、謎に包まれた第三王子──。
「ベル、緊張しているのか?」
「ええ、少し」
「安心しなさい。確かに色々と手違いはあったが、私も変な男を選んだつもりはない。お前の幸せを心から願っているからな」
「分かっておりますわ。お優しい方だとお聞きしましたもの」
私が微笑むと、お父様は少し安心したように表情を緩めた。
そして襟を整え、背筋を伸ばす。
「取り次いでくれ」
お父様が扉の前の兵士に声を掛ける。
「王子、マルグリット公爵と、そのご息女がお見えです」
兵士が扉越しに告げると、中から穏やかな声が返ってきた。
「お通ししなさい」
重い扉がゆっくりと開かれる。
──いよいよですわ、マルグリット・ド・ベルフルール!
過去の自分を捨て、新しい自分に生まれ変わるのです!
これからは顔ではなく、中身で人を好きになれる、素晴らしい女性になるのですわ!
私はとびきりの笑顔を浮かべながら、部屋へ足を踏み入れた。
すると、ソファに腰掛けた一人の男性が立ち上がる。
「お待ちしておりました、マルグリット公爵。そしてベルフルール嬢」
礼儀正しく微笑むその男性こそ、私の婚約者──ミュゲ王子だった。
確かにぽっちゃりではある。
だが、想像していたよりずっとマシだった。
淡い桃色のスーツに身を包み、白い肌は光を含んだように滑らかだ。
やや丸みを帯びた体つきは威厳というよりも親しみを感じさせ、細められた目は穏やかに弧を描いている。その笑顔は男らしいというより──
「可愛い……」
「っ……!」
しまった!
思わず口に出してしまいましたわ!
「こ、こらベル!王子に向かって何という無礼を!」
焦っているのは私だけではない。
勢いよく振り向いたお父様の顔は、猿のように真っ赤だった。
「も、申し訳ございません!つい……」
「ミュゲ王子、娘がご無礼を……」
私たちは慌てて頭を下げる。
いくら優しい王子でも、これは怒るに違いない。
──そう思った、その時。
「ふっ……ははははは!」
「「え?」」
予想外の反応に、私たちは顔を見合わせた。
「謝らないでください。可愛いと言われたのは初めてだったので、つい笑ってしまいました」
「は、はあ……」
「今まで“デブ”だとか、“ぽっちゃり”だとか、そういう言葉はたくさん言われてきました。でも、“可愛い”は初めてです。不思議と悪い気はしませんね」
「そ、そうなのですね……」
思っていたよりずっと明るくて、前向きな人だった。
「ベルフルール嬢」
「は、はい!」
急に名前を呼ばれ、思わず背筋が伸びる。
「こんな僕が婚約者だなんて、恥ずかしい限りです。ですが、必ずあなたを幸せにします。どうか、これからよろしくお願いします」
王子はそう言って、右手を差し出した。
「あ、はい!こちらこそ、よろしくお願いいたします」
どうするのが正解なのか分からなかったが、私はその手を両手でそっと包み込んだ。
「よければ、王宮をご案内しましょうか?」
気の利く王子だ。
外見のことさえ気にしなければ、こんなにも完璧なのに。
どうして社交の場へ出ないのだろう。
もし外見を理由に避けているのだとしたら、本当にもったいない。
彼ほどの人柄なら、たとえ王座に就いても、誰も不満など抱かないはずだ。
「お気遣い感謝いたします。ですが、本日はこれで失礼いたします。もう日も傾いておりますので、また改めて、ゆっくりお話ししましょう」
今日は顔合わせだけの予定だったらしく、お父様は席を立った。
「そうですか。では、また次の機会に。ベルフルール嬢、またお会いしましょう」
「はい。それでは失礼いたします」
王子は親切にも扉の前まで見送ってくれた。
そこで別れを告げ、私たちは来た道を戻る。
「素晴らしいお方だったな。礼儀正しく、気遣いもできる」
「ええ、本当に」
正直、ここまでの人物だとは思っていなかった。
明るく前向きな人は嫌いではない。
もしかしたら、あの人となら本当に幸せになれるかもしれない。
「……ん?」
ふと胸元に手を当てると、違和感に気づいた。
「ない……」
「どうしたんだ、ベル?」
「ブローチが……ありませんの」
「ブローチ?」
先ほどまで胸元につけていた、白い花のブローチがなくなっていた。
慌てて辺りを見回すが、どこにも見当たらない。
「どこかに落としてしまったのだわ……どうしましょう」
「ブローチの一つくらい、また新しいものを買えばよいではないか」
「いいえ、駄目ですわ!あれは大切なものなのです!」
私はそう言って、来た道を引き返した。
「ベル!どこへ行く!」
「お父様は先に馬車へ戻っていてくださいませ!私は少し探してから参りますので!」
返事も待たず、私はヒールのまま走り出した。
「ないわね……」
廊下には何も落ちていない。
となると、残る場所は一つだけ。
「王子のお部屋……」
先ほどの失言を思い出し、なかなか声を掛けづらい。
だが、ブローチを失くす方がもっと嫌だった。
「……仕方ありませんわ」
私は意を決して、部屋の前まで戻った。
「あの、もう一度ミュゲ王子に取り次いでいただけます?」
本来なら、こちらが敬語を使う必要はない。
だが先ほどの件もあり、なんとなく下手に出てしまう。
「かしこまりました。ミュゲ王子──」
その時だった。
「うわああああ!無理無理無理!!」
部屋の中から、子供のような叫び声が響いた。
「絶対嫌がられた!落胆された!」
「落ち着いてください。紳士として完璧な振る舞いでしたよ」
「振る舞いだけだよ!外見はどうにもならないじゃないか!イケメンじゃなくて、こんなデブ男が婚約相手なんて、誰だって落胆する!」
「そんなことは……」
「あるよ!しかも、あんな綺麗なご令嬢なら、本当は兄上たちみたいなイケメン王子の方がお似合いなんだ!僕だって頑張ったけどさ!やっぱりイケメンじゃないと駄目なんだよ!女はみんな顔が命なんだから!」
「そんなことありません。だって縁談は向こうから来たのでしょう?きっとミュゲ王子のお人柄に……」
「絶対ない!会ったこともないのに!どうせ父親が勝手に決めて、無理やり嫁がされようとしてるんだ!」
「王子、お願いですからもっと前向きに……!」
「演技だって分かってるだろ!どれだけ頑張っても、ネガティブな性格なんて簡単に変えられないんだよ!」
「王子……」
どうやら、ミュゲ王子と側近らしき人物が口論しているようだった。
それにしても、さっきまでの王子とはまるで別人だ。
──え……嘘でしょう?
同一人物、ですの……?
「王子。少し風に当たりに行きましょう」
「……そうだね」
会話が途切れ、足音が近づいてくる。
──まずい!
急いで隠れようとしたが、長い廊下には身を潜める場所などない。
私は咄嗟に壁へぴたりと張り付いた。
そして扉が開く。
中から現れた二人がこちらを向き──私と目が合った。
その瞬間、空気が凍りつく。
視線が、完全にぶつかった。
──終わりましたわ。
「っ!?ベルフルール嬢!?」
人生最大級に気まずい状況の中、私は優雅に一礼した。
「……ご機嫌、麗しゅう」
お読みいただきありがとうございました!王子のギャップはいかがだったでしょうか?




