第一話 完全にやらかしましたわ!
初めまして。そして前作を読んでくださった方はお久しぶりです。
時間に余裕が出来ましたので、第二作目をかき始めてみました。
今作はかなりラブコメ作品となっておりますので、是非楽しく読んでいただければ幸いです。
「お、お父様…………い、今何と?」
私、マルグリット・ド・ベルフルールは、思わず席を立ち上がった。
「第三王子との婚姻が決まったですって!?」
乱れた長い髪をかき上げながら私が叫ぶと、お父様は肩をビクリと震わせ、跳ね上がった心臓を押さえるように胸に手を当てた。
「ベル、驚かさないでくれ。嬉しいのは分かるが、急に立ち上がっては…………」
「何をおっしゃっていますの!?誰が嬉しいですって!?勘違いなさらないでくださいまし!」
「ベル…………お父様になんて口の利き方を…………」
お父様の隣に座っていたお母様が、困ったように口を開く。
「っ…………申し訳ございません」
抑えきれない苛立ちのまま、私はソファに身を投げるように座った。
紫のドレスが勢いに押されてふわりと揺れる。
「ベル、一体何が不満なんだ?お前の要望をしっかり聞いた上で、国中を探し回り、ようやく条件に合う相手を見つけたというのに」
「す、全てですって?何かの間違いではありませんの?私が提示した五つの条件を、もうお忘れになったのですか?」
「もちろん覚えておるとも。
一つ、背が高い。
二つ、優しい。
三つ、肌が白い。
四つ、金持ち。
そして五つ目が──スマートな男性だ」
「そう!それですわ!」
私は勢いよく立ち上がった。
「お相手は、スマートな方でなければ嫌ですの!」
「何を言う。第三王子はスマートなお方だぞ?」
お父様が不思議そうに首を傾げる。
「どこがですか!ぽっちゃりの間違いでしょう!?」
「何てことを!いくら事実とはいえ、この国の王子に向かって無礼だと思わないのか!口を慎みなさい!」
言い切った途端、お父様は「あっ」と口を押さえた。
「ほら!お父様もそう思っていらっしゃる!」
「だ、だが、お前は細身の男性だとは言わなかったではないか…………!」
「私は確かに、“スマートな方”と申し上げましたわ!」
終わりの見えない言い争いがしばらく続いた後、お母様が何かに気づいたようにお父様の肩を叩いた。
「あなた…………もしかしてこの子、スマートの意味を分かっていないのでは?」
「スマートの意味だと?」
お父様はまさかと言いたげな顔で、ゆっくりとこちらを見る。
「ベル。まさかとは思うが……お前、スマートの意味が分からないのか?」
「馬鹿にしないでくださいまし!それくらい分かりますわ!」
私は自信満々に胸を叩いた。
「スラッとした細身の男性のことでしょう?」
その瞬間、両親は同時に深いため息をついた。
◇◇◇
明るい日差しの下。
庭園に用意されたティーテーブルで紅茶を楽しみながら、私は昨日の失態を友人たちへ語っていた。
茶色の短髪を揺らして笑うのがリラ、金のストレートを優雅に流しているのがイリスだ。
「──ということがありましたの」
「あっはははは!何それ!」
リラが腹を抱えて笑う。椅子ごと揺れるほどの勢いで、涙目になりながら息をつく。
「つまりあんたは知識がなかったせいで、理想と真逆の王子と婚約することになったってわけ?」
「もっと勉強して、博識になるべきだったんです」
イリスは優雅に紅茶を口へ運びながら、静かに頷いた。
「イリスは天才だからそういう事が言えるのですわ」
「ええ、私は天才ですので。ありがたいことに、あなたのような勉強嫌いには生まれませんでしたから」
嫌味たっぷりの言葉に、私は頬を膨らませる。
「イリス、からかうのはやめなよ。可哀想じゃん。将来の結婚相手が、よりによってベルの理想と真逆なんだから」
明るい性格のリラはそう言うと、私の肩に腕を回した。
「おお可哀想なベルよ〜。神は何故、彼女にこのような試練をお与えになったのか〜」
大げさな演技には、欠片も心がこもっていない。
「それは〜、外見ではなく内面を見なさいという、神のお導きなのであ〜る」
リラが大きく頷くと、イリスも小さく頷いた。
「スタイル抜群の美形に執着していたあなたへの罰ですね。ありがたく受け入れてください」
「イケメン好きの何が悪いのですか!」
私が反論すると、イリスは小さく肩をすくめた。
「イケメン好きなのは構いません。ですが、このままでは変な男に引っかかって、傷つくのはあなたですよ」
「そうそう。ほら、あの有名なラヴァーンド伯爵家の次男。あいつ、またどこかの令嬢をたぶらかして、その婚約者と揉めたらしいよ」
「あの男ですか……。本当に、一体何人の女性と遊べば気が済むのでしょうね」
「ベルも気をつけなよ?あんな男と結婚したら絶対幸せになれないから」
「分かっていますわ!」
私はむくれながら紅茶を口へ運ぶ。
「それよりさ、第三王子との婚約はどうなったの?」
「ゴホッ!?」
思わず口の中の紅茶を吹き出してしまった。
「ちょっ、大丈夫!?」
「ゲホッ、ゲホゲホ…………」
「その反応を見る限り、婚約は破棄できなかったのですね」
「イリス、流石ですわね…………」
私はハンカチを取り出し、濡れた口元を押さえる。
「お父様が、そう簡単には婚約解消などできないと…………」
「そりゃそうでしょ。“細身の男性をお願いしたつもりが、意味を勘違いしてぽっちゃり王子と婚約してしまいました!だから別れてくださ〜い!”なんて、失礼すぎるもん」
「名高い侯爵家の令嬢が、実は無知で失礼で、しかも面食いだったと知れ渡りますからね」
イリスは言い終わった後、「あっ」と口を押さえた。
「失礼しました。つい心の声が」
「イリス…………あなた、私のことをそんな風に思っていましたのねぇ……?」
私がじとりと睨むと、イリスは珍しく慌てたように頭を下げた。
「…………言いすぎました」
その姿が妙に可笑しくて、私は吹き出してしまう。
「ふふっ、いいのですよ。そんなあなただからこそ、私はあなたと友人でいられるのですから」
私はこの国、フィザリス王国でも指折りの名門公爵家の娘。
祖父は王族で、私自身にも王家の血が流れている。
それに対してイリスとリラは男爵家の娘。
本来であれば、二人が私に気軽な口を利ける立場ではない。
「前にも言ったでしょう?私は、公爵令嬢だからと媚びを売ってくる人間が一番嫌いですの。だから、これからもそのままでいてくださいまし」
「本当にいいの?もっと位の高い、上品な令嬢だっているのに」
「良いのですよ。お上品じゃなくても」
「ベル自身、そこまで上品ではありませんし」
「「イーリースー!」」
「し、失礼しました…………」
肩をすぼめながら紅茶をすするイリスを見て、私たちは笑いを堪えきれなかった。
「お嬢様。そろそろお時間です」
庭園を渡るやわらかな風が、楽しい時間の終わりを告げるように頬を撫でる。
気づけば、紅茶もすっかり冷めていた。
「もうそんな時間なのね」
席を立つと、リラが不思議そうに首を傾げた。
「何の時間?」
「今から王宮へ向かうのですわ」
「王宮!?なんで!?」
私は重たい足取りでため息をつく。
「あの“ぽっちゃり”王子との顔合わせをしなければなりませんの」
「「ええっ!?」」
二人は顔を見合わせ、不安そうな表情を浮かべた。
「ベルって、まだ相手の顔見たことないんだよね?」
「タイプではないからといって、平手打ちなんてしないでくださいね」
「何があっても落ち着いて。ね?優しい人だって有名だし!」
「そうです。少し変わり者だとは聞きますけど…………まあ、“スマート”ですから」
「ぷっ……!そうそう、“スマート”だからねぇ!」
さりげなく“スマート”をネタにして笑う二人に、私は作り笑いを浮かべながら王宮へ向かうことになった。
記念すべき二作目第一話を、お読みいただきありがとうございました!




