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第十一話 社会の窓と失恋

第十一話です!よろしくお願いいたします。

「ジャスマン、そちらはどうだ」


「問題ありません。全て片付きました」


「そうか……それは良かった」


ミュゲ王子は机の上に積み上がっていた資料を端へ寄せ、大きく息を吐いた。


誘拐事件の後処理。

被害者の保護。

捕らえた者たちの取り調べ。


ここ数日、休む暇などほとんどなかった。



「ああ……疲れた……」


「ですね」


王子がぐっと背筋を伸ばすと、隣のジャスマンも珍しく小さなあくびを漏らす。


「ここ数日、まともに眠れていませんでしたからね。今日はゆっくりお休みください」


「それを言うなら、お前もだろう。休暇を与えるから、少しは体を休めてくれ」


「私は王子の執事ですよ? これくらい大したことではありません」


そう言って肩をすくめるジャスマンに、王子は苦笑した。


「相変わらず頑固だな」


「王子ほどではありません」


二人は顔を見合わせ、小さく笑う。


ようやく訪れた平穏だった。



――だが。



「ベルフルール嬢に会いたいなぁ……」


王子がぽつりと呟くと、ジャスマンは露骨に呆れた顔をした。


「またベルフルール嬢ですか。随分とご執心ですね」


「なっ……! べ、別にそういう訳では……!」


「母親違いとはいえ、血は争えませんね」


誰の事を指しているのか、聞かずとも分かる。


兄――グリシーヌ王子の事だ。


確かに兄も執着質ではあった。

だが、最近の自分も人の事は言えない。


「……嫌われない程度に留めるのですよ」


「い、言われなくても分かっている!」


王子はそう反論したものの、すぐに肩を落とす。


「ただ……」


「王子、下を向くと二十顎が目立ちますよ」


「はっ!?」


王子は慌てて顔を上げ、首元を押さえた。


「きょ、今日は顔がむくんでいる気がする……」


「そうでしょうか。いつもとあまり変わりませんが」


「それ、全く慰めになっていないからな!?」


ジャスマンに悪気がない事だけは分かる。

だから余計に傷つく。


「うぅ……やはり少し痩せるべきか……」


「その前に、服装を整えた方がよろしいかと」


「ん?」


「いえ、何でもありません」



その時だった。



「ミュゲ王子。ベルフルール様がお越しです」


扉の向こうから聞こえた言葉に、王子の肩がビクリと跳ねた。



「べ、ベルフルール嬢が!?」



「噂をすれば、ですね」


王子は慌てて立ち上がる。


服を整え、髪を撫でつけ、頬を軽く叩いた。


落ち着け。

大丈夫だ。

自然に、紳士的に振る舞うんだ。


「お、お通ししてくれ」


少し声が裏返った。

だが、きっと許容範囲だ。


扉が静かに開く。


「失礼いたしますわ」


そこに立っていたのは、いつも通り美しいベルフルール嬢だった。

その姿を見ただけで、胸が跳ねる。


「ベルフルール嬢。今日はどうされたのですか?」


「ええっと……少し、お話がありまして」


「でしたら、どうぞこちらへ」


ソファへ座るよう勧める。

しかし彼女は小さく首を振った。


「いいえ。すぐに終わりますので」


「そうですか」


どこか緊張した様子で、彼女は胸元で手を握り締める。


「その……私、ようやく分かったんです」


「……!」


王子の喉が鳴った。


「あなたに対する、自分の気持ちが……」


ゴクリ。


ついに。


ついに、この時が来た。


神よ――どうか。


どうか、私の望む言葉を……!



「私は、あなたの事が――」



ベルフルール嬢の頬が赤く染まる。



そして次の瞬間───



彼女の視線が、ある一点で止まった。


目が見開かれる。


「…………え?」


嫌な予感がした。

とても嫌な予感が。





「いやああああああああああああ!!!!」





王宮中に響き渡るほどの悲鳴だった。


「べ、ベルフルール嬢!? 一体どうされ――」


「お、王子……!」


ジャスマンが手で口元を押さえながら、震える指で下を指差している。


「……?」


王子もゆっくり視線を落とす。


そして───


理解した。


いや…………


理解してしまった。




ズボンのチャックが、全開だった。




「……………………」




空気が止まる。



「わああああっ!? べ、ベルフルール嬢! 違うんです! これは、その……!」



王子は真っ赤になりながら慌ててチャックを閉めた。


だが、時すでに遅し。


「い、いやっ! 近寄らないで下さいまし!」


ベルフルール嬢は顔を真っ赤にしたまま、後ずさる。




「わ、私はそのような破廉恥なお方との結婚など断じて――断じてありえませんわー!!」




「ベルフルール嬢ーーー!!」




叫びも虚しく──


彼女はそのまま逃げるように部屋を飛び出して行った。



静寂。



王子はその場へ崩れ落ちた。



「終わった……」



魂が抜けたような声だった。


数秒前まで、告白されるはずだった。

少なくとも、自分はそう信じていた。


それなのに。


それなのに――



「よりによって、社会の窓で失恋するとは……」



王子は顔を覆う。

人生最悪の瞬間だった。


「ミュゲ王子……」


ジャスマンが哀れむような視線を向けてくる。


「……言わないでくれ」


「いえ、ですがこれはさすがに……」


「言わないでくれぇ……!」



こうしてミュゲ王子は…………


人生で最も情けない理由により、失恋したのだった。


いかがだったでしょうか。笑って頂けたら嬉しいです。

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