第五話 兄として、弟として
第五話です。四話よりは少し文字数が多めになります。
「だ、第三王子……!?」
「ええ、そうですわ。彼こそが、ミュゲ王子殿下です」
「ちょ、ちょっとベルフルール嬢……。あまり大げさに紹介されると、照れてしまいます」
ミュゲ王子は耳まで赤くしながら、小声でそう囁いた。
「お兄ちゃん、王子様なの?」
アネモヌが不思議そうに近寄る。
王子は彼女と目線を合わせるように膝をつき、優しく頭を撫でた。
「はい。そうですよ」
その柔らかな笑みに、普通の子供なら目を輝かせるところなのだろう。
だが、アネモヌはなぜか納得いかないような顔で、じーっと王子を見つめていた。
「アネモヌ? どうしましたの?」
「だって……」
言いづらそうに口をもごもごさせたあと、彼女はついに言ってしまった。
「王子様って、もっとカッコいいもん」
「「……………………」」
その瞬間、空気が凍りついた。
父親も母親も、口元を押さえたまま固まっている。
――まずい。
これは不敬罪で牢へ入れられても文句は言えない失言だ。
「あ、えっと……その……」
ミュゲ王子は困ったように視線を泳がせる。
そして、少しだけ眉を下げて笑った。
「ご、ごめんね……。僕みたいなのが王子で……」
「そんなことありません!」
私は思わず叫んでいた。
「ミュゲ王子はとても素晴らしいお方です! 優しくて聡明で、わたくしの自慢の婚約者ですわ!」
必死に励ます。
だが、その努力を粉々に打ち砕いたのは――やはりアネモヌだった。
「ごめんなさい。でも、絵本の王子様って、みんな細くて綺麗だったんだもん」
――グサッ!
目には見えない言葉の剣が、深々と王子の胸へ突き刺さった。
これはもう、私でも抜けない。
「も、申し訳ございません!」
父親と母親が慌てて頭を下げる。
「まだ幼い子ですので、どうかお許しください!」
「い、いえいえ! お気になさらず……!」
王子はぶんぶんと手を振った。
「悪いのは僕ですから……」
「そんなことありません!」
お母様が必死にフォローする。
「王子様は国の宝です! お優しくて、本当に立派なお方で……!」
その後もしばらく、
“そんなことありません”
“いえ、僕なんて……”
という会話が続いたが、ついにポアがしびれを切らした。
「兄ちゃんを助けるんじゃないの!?」
その一言で、場の空気が一変する。
「あ……そうだったね」
ミュゲ王子は我に返ったように顔を上げた。
「ごめん。僕のせいで話が逸れてしまった。――サントゥール君のことを聞かせてくれるかな」
「ですが、本当に力を貸してくださるのですか……?」
母親が不安そうに問いかける。
「もちろんです」
王子は真っ直ぐな瞳で答えた。
「僕はこの国の王子として、民を守る義務があります。どうか、サントゥール君を助けさせてください」
その言葉に、お父様たちは深く頭を下げた。
「……ありがとうございます。どうか、よろしくお願いいたします」
こうして――
サントゥール救出作戦会議が始まった。
「まずは詳しい事情を聞かせてください。どうして連れて行かれることになったのですか?」
「その件については、子供たちから説明させます」
お父様に促され、ポアがすっと手を挙げた。
「僕たち、いつものようにボール遊びをしてたんだ。お姉ちゃんの屋敷の近くだと迷惑になるから、別の場所で遊ぼうって話になって……」
「川辺に広い場所があるの!」
アネモヌも身を乗り出す。
「誰にも迷惑かけないし、そこで遊んでたんだけど……」
そこで二人の表情が曇った。
「……あいつらが来たんだ」
「あいつら?」
私が聞き返すと、二人は小さく頷く。
「前から有名だったんだ。少しでも気に入らないことがあると、すぐ人を殴るし、逆らった人は行方不明になる。僕たちの間じゃ、“キラーズ”って呼ばれてた」
「殺し屋、って意味ですね」
ミュゲ王子が静かに呟く。
「うん……。実際、あいつらに連れていかれて帰ってこなかった人もいるんだ。僕の友達も……」
ポアは唇を噛みしめた。
まだ幼いのに、泣くのを必死に堪えている。
「キラーズは急に殴りかかってきたんだ。兄ちゃんが理由を聞いたら……」
「『ここは俺たちの縄張りだ。入ってきた奴は全員獲物だ』って」
「縄張り?」
私は眉をひそめた。
「その川辺は、彼らの所有地なのですか?」
「そんなわけないよ!」
ポアが勢いよく首を振る。
「確かに伯爵家が後ろ盾らしいけど、土地なんてもらえるはずない! 勝手に自分たちの領地って言ってるだけだよ!」
「子供たちの言う通りです」
お父様も頷いた。
「この辺りには持ち主のいない荒れ地が多いのです。貧しい者たちが肩を寄せ合って暮らしておりますが、本来は誰のものでもありません」
「なるほど……」
ミュゲ王子は静かに腕を組む。
「後ろ盾があるだけで、自分たちまで貴族になった気分なんでしょうね」
そう言って、彼はしばらく考え込んだ。
――来た。
この王子、普段は自己肯定感が低いのに、頭脳戦になると途端に頼もしくなるのだ。
「アネモヌちゃん、ポア君」
王子は静かに問いかけた。
「もしかして、サントゥール君は自分から連れて行かれることを選んだんじゃないかな?」
「えっ……!?」
二人が同時に目を見開く。
「どうして分かったの?」
「君たちには目立った怪我がない。でも、サントゥール君だけが連れて行かれた。つまり、彼が二人を庇った可能性が高いと思ったんだ」
「すごい……当たってる」
ポアが呆然と呟く。
アネモヌも涙ぐみながら続けた。
「お兄ちゃん、私たちを守るために一人で殴られたの……。三人分、全部」
「気絶したあと、そのまま連れていかれたんだ」
ポアは拳を震わせた。
「……僕たちだけ逃げた。兄ちゃん置いて。最低だよ、僕……」
「そんなことないよ」
ミュゲ王子は二人をそっと抱き寄せた。
「逃げることは、悪じゃない」
優しい声だった。
「もし三人とも捕まっていたら、ご両親はもっと苦しんでいたはずだ。君たちが逃げたからこそ、今こうして助ける方法を考えられる」
「でも……」
「君たちは、生き延びたんだ。それは勇気ある選択だよ」
その言葉を聞いた瞬間、二人は堪えていたものを決壊させた。
「う、うぅ……っ」
「お兄ちゃぁん……!」
泣きじゃくる二人を、ミュゲ王子は黙って抱きしめ続ける。
まるで本当の兄のように。
――この人はきっと、王子としてだけじゃない。
誰かの痛みに寄り添える、“優しい兄”になれる人なのだ。
次回も是非お楽しみに!




