第二十一話 薔薇より甘く、罪深く
第二十一話です。どうぞお読み下さい!
「ベル、昨日は大変だったらしいじゃん」
「大丈夫でしたか?奇声女が王宮に忍び込んだらしいですが」
どういう訳か、昨夜の私の悲鳴は“王宮に侵入した部外者の女が奇声を上げた”という話になっていた。
しかもその女、相当な変人扱いされているらしく、人々の間では既に“奇声女”という名前まで広まっているらしい。
……私だとバレなかっただけ、まだ幸運だったと言うべきだろう。
きっとグリシーヌ王子とミュゲ王子が、上手く手を回してくださったのだ。
本当に申し訳ないことをしてしまった。
「まさか二人にまで、この話が広まっているなんて……」
「そりゃ広まるよ。結構な騒ぎだったらしいじゃん? ベルに何かあったんじゃないかって心配したんだからね」
「無事で何よりです。怪我もなさそうですし」
二人に余計な心配をかけてしまったようだ。
その原因が私だなんて、口が裂けても言えない。
ましてや、昨夜の“あれ”とのキスのことなど…………。
「お嬢様、王宮より贈り物が届いております」
控えていたメイドが、そっと耳元で告げた。
「贈り物? どなたから?」
別にやましい贈り物ではないだろうと思い、私は二人の前で受け取ることにした。
「第一王子である、グリシーヌ様からです」
「なっ!?」
思わず椅子から腰が浮いた。
何であいつが!?
「えっ、ベル!? どういうこと!?」
「第一王子と、お知り合いだったのですか?」
まずい。
まずすぎる。
興味津々になった二人が、このまま簡単に引き下がる訳がない。
絶対に納得するまで問い詰めてくる。
あの事件を隠したまま、どう説明すれば…………!?
「え、ええと……とにかく、何が届きましたの?」
私が話題を逸らすように尋ねると、別のメイドが大きな花束を抱えてやってきた。
「ば、薔薇…………しかも真っ赤!」
「こちらの花束と、そして…………」
メイドはポケットから手紙を取り出し、私へ差し出した。
「な、何かしら……」
恐る恐る受け取る。
だが、私が開こうとした瞬間。
「見せて見せて!」
「気になりますね」
二人が左右から覗き込んできた。
「ちょっ、二人とも!」
嫌な予感しかしない。
あの王子からの手紙に、まともなことが書かれているはずがなかった。
良い予感など、一つもしない。
私は慌ててその場を離れると、庭の隅へ逃げ込み、小さく手紙を広げた。
❀
親愛なるベルフルールへ。
昨夜は最高の夜をありがとう。
君の、あの柔らかい感触が忘れられない。
君からの花束は、大切に保管させてもらっている。
元々枯れていたから、ドライフラワーにして部屋へ飾ろうと思ってね。
そして、私からもささやかな贈り物を用意した。
百一本の薔薇だ。この花言葉の意味は、もう分かるね?
“これ以上のない愛”
そう。
君のことが頭から離れない。
まるで、愛の迷宮へ迷い込んだようにね。
グリシーヌより
❀
「ひっ…………!」
私は思わず手紙を放り投げた。
だが、その隙を狙っていたかのように、イリスが素早く手紙を拾い上げる。
「どれどれ?」
「ちょっ……返してくださいまし!」
慌てて取り返そうとしたが、もう遅い。
二人は顔を寄せ合いながら手紙を読み、やがておぞましいものを見るような目で私を見た。
「ベル、これどういうこと?」
「まさかとは思いますが、ミュゲ王子を捨てて、別の男性と一夜を共にしたのではありませんよね?」
二人の冷たい視線に、思わず泣きそうになる。
「わ、私だって、本当はしたくありませんでしたのよ!」
私は半ば叫ぶように言い返すと、昨日の出来事を包み隠さず話した。
話を聞くにつれ、二人の顔色が段々と青ざめていく。
「嘘…………ファーストキス、取られちゃったの!?」
「しかも第一王子に…………」
私は静かに頷くしかなかった。
「ちょっと、ミュゲ王子かわいそう……」
「そうですよ。ミュゲ王子に申し訳ないと思わないのですか?」
「どうして私が悪いみたいになっていますの!?」
私が叫ぶと、二人は腕を組みながらこちらを見る。
「どうせ、少しはときめいたんでしょ?」
ギクッ。
「恐らく、甘いマスクに油断したんですよ」
「うっ……」
「ほら、やっぱり」
「だからあれほど、顔に惑わされないよう言ったのに…………」
二人に図星を突かれ、私はしゅんと肩を落とした。
「わ、私だって結構気を付けていた方ですわ……」
「その結果がこれ?」
「うう…………」
何も言い返せない。
確かに、気を抜いていた私も悪いのだ。
舞踏会に出席して、先生にも再会できて、その上あんな美形に話しかけられたら…………。
「あの時の私は、どうかしていましたわ…………」
私は頭を抱えた。
「あーもう! 起きちゃったことは仕方ない!」
「ええ。今更責めても、何も解決しませんし」
急に二人が前向きになる。
だが私は、ちっとも前向きになれなかった。
「ベルだって、逃げようとしてたんだし」
「ミュゲ王子に気を取られていた隙を突かれたようなものですからね」
二人は深くため息を吐いた後、いつもの笑顔へ戻った。
「ベル、あんまり気にしすぎないの」
「そうですよ。あなたが全部悪い訳ではありませんから」
先ほどまで散々責めていたではないか。
「……もう遅いですわ。私の心は罪悪感でいっぱいですもの」
私は机に突っ伏した。
すると、二人の会話が耳に入ってくる。
「それにしても、この手紙を見る限り、第一王子は完全にベルに夢中だね」
「困りましたね。このままでは、ミュゲ王子からベルを奪い取る気ですよ。“奪略結婚”なんて、まるで大人向け恋愛小説です」
その時の私には、二人の会話などほとんど耳に入っていなかった。
ただ、昨夜の記憶だけが何度も脳裏を過る。
唇へ触れた熱。
耳元へ落とされた甘い声。
あの、逃げ場のない視線。
思い出すたび、ミュゲ王子への罪悪感が強くなる。
そして同時に――
グリシーヌ王子の視線を、忘れられずにいる自分が何より嫌だった。
お読みいただきありがとうございました。これからどうなるのか、是非お楽しみに。




