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第二十話 月光下の三角関係

ついに第二十話まで書き進めることが出来ました!皆さんのおかげです。ありがとうございます!

月明かりに照らされた静かな庭園。


その中央には、ぽつんと一つだけ噴水が佇んでいた。

そこまで走ってきて、私たちはようやく足を止める。



「ミュゲ王子…………何故…………」



乱れた息のまま尋ねると、王子は静かに微笑んだ。


「あなたを兄さんから離す絶好の機会を、逃すわけにはいきませんから」


「ですが、あの暗闇の中で、どうして私が分かったのですか?」


私ですら何も見えていなかった。

まさか王子が暗闇を見通せる特別な目を持っているわけでもあるまい。


「僕はずっと柱の陰にいましたから。暗闇に目が慣れていたんですよ」


「なるほど…………」


それなら納得がいく。


彼だからこそ──社交界が苦手な彼だからこそ、気づけたのだ。



「…………申し訳ありません」



そう呟くと、王子はゆっくりと首を横に振った。


「何故、あなたが謝るのです?」


王子は私に背を向けたまま、噴水の水面を見つめている。


「あなたの意思ではなかったのでしょう?」


「ええ、ですが…………」


「もう謝らないで下さい」


王子の声が、少しだけ低くなる。



「悪いのは全部、僕なんですから」



「そ、そんなことは!」



「いいえ」



その言葉は、夜風よりも冷たかった。


「僕が兄さんより先に、あなたを見つけなければいけなかったんです。そうすれば、あなたを奪われずに済んだ…………」


声が徐々に震え始める。


「僕があんなところに隠れていないで、もっと堂々と光の下へ行くべきだった。ですが、それが出来なかった…………怖かったんです」


そう言って振り向いた王子の瞳には、涙が滲んでいた。

月明かりがそれを淡く照らし、静かに揺れる。


「ですが今夜、兄さんに何もかも奪われて…………そっちの方が、何倍も、何百倍も怖かった」


「ミュゲ王子…………」


「僕は、なんて情けない男なんだろうって思いました。何も出来ず、ただ立ち尽くして見ていることしか出来なかった自分が…………誰よりも嫌いだった…………」


静かな庭園に響くのは、噴水の音と、彼の震える声だけだった。


「僕が嫌いだったのは兄さんじゃない。何も出来ない、意気地なしの僕自身だ!」


「そんなことありません!あなたは十分頑張ってきたではありませんか!」


「その結果が、このザマです!」


「…………っ」


私は言葉を失った。


今の彼に必要なのは慰めではない。きっと、自分の弱さを認めてくれる誰かだったのだ。


しばらく沈黙が続いた後、王子は小さく息を吐いた。



「ベルフルール嬢。一つだけ、聞いてもいいですか?」



「…………何でしょう」



ここで初めて、王子がわずかに笑みを浮かべた。



「僕よりも、兄さんの方が好きですか?」



「…………っ」



胸が大きく揺れる。


「ベルフルール嬢が僕に抱いている感情が、恋ではないことくらい分かっています。ですが、いつかあなたを振り向かせたいと思っていた」


その瞳には、真っ直ぐな想いが宿っていた。


「それでも、もし兄さんの方が好きだと言うのなら…………僕はあなたを解放します」


それは彼なりの優しさだった。


今のままなら、私はいずれ彼の婚約者になる。

たとえ私が拒んでも、王家が決めれば覆すことは難しい。


それでも彼は、私自身の気持ちを聞こうとしている。


彼への気持ちが恋なのかは、まだ分からない。

けれど、私の答えは決まっていた。



「私は、あなたと婚約破棄するつもりはありません」



王子の瞳が大きく揺れる。


「それに、グリシーヌ王子のことも好きではありませんわ」


「…………それは、本当ですか?」


「はい。この世で一番まともで、なおかつ私についてこられる男は、あなたしかいないでしょうから」


照れ隠しのようにそう言うと、ミュゲ王子の表情がふっと和らいだ。



「ベルフルール嬢…………」



そして彼はゆっくりと私の前に立つと、そっと抱きしめた。



「ミュ、ミュゲ王子…………!?」



突然のことに、体が固まる。



「すまない…………これくらいしか出来なくて」


王子は恥ずかしそうに視線を逸らした。


「兄さんみたいに、君に口づけをする勇気は、まだないんだ…………」


月明かりのせいで顔色など分かるはずもないのに、彼が真っ赤になっていることだけは不思議とはっきり分かった。


「ふふふっ、変な人ですね」


笑いながら答える私の頬も、きっと薔薇のように赤く染まっていたのだろう。





──だが、その様子を遠くから見つめる影があった。



月光に照らされた、美しい黒髪の男。


グリシーヌは小さく舌打ちをすると、静かにホールへと戻っていった。


そのことに、私たちは最後まで気づかなかった。

是非次回もお読みください!

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