第十五話 愛の薔薇
第十五話です!どうぞお読みください!
ある日の朝、ミュゲ王子は兄に呼び出され、その部屋を訪れていた。
「兄さん、どうしたんですか」
扉を開けて中へ入ると、兄は腕を組み、机の上に置かれた二つの花束をじっと見つめていた。
「兄さん、それは?」
問いかけても、兄はこちらを見ようとしない。
いつものことだ。兄は昔から、僕にほとんど興味を示さなかった。
「ミュゲ、お前あてに花束が届いている」
「え、この二つとも僕にですか?」
「いや。左の枯れた花束は私あてだ。お前は右の方だ」
近づいて見てみると、僕あての花束はオレンジ色の薔薇だった。
尊敬、信頼、絆。
そんな意味を持つ花だ。
だが次の瞬間、自然と視線は兄あての花束へ向いてしまう。
そして、思わず息を呑んだ。
この花、そしてこの色は────
「お前なら花言葉が分かるだろう。私あての花束には、どんな意味が込められている」
「に、兄さん…………」
「遠慮は不要だ。私は花言葉など知らんが、見ただけでこれが好意的なものではないくらいは分かる。教えろ」
その声は、いつも以上に冷たかった。
もし本当の意味を伝えれば、さらに機嫌を損ねてしまうかもしれない。
それでも誤魔化すことはできず、僕は花束をそっと持ち上げた。
「…………棘だけを残した、枯れた白薔薇です」
たった一つの花束の中に、あまりにも多くの感情が込められている。
それを言葉にするのは、とても難しかった。
「白薔薇は、尊敬や誠実を意味します。ですが……枯れている。つまり、その感情はもう死んだ、ということでしょう」
僕は慎重に言葉を選びながら続ける。
「そして棘だけを残しているのは…………傷や恨みだけは、今も消えていない。そういう意味かもしれません」
「…………そうか」
兄の声は、普段とほとんど変わらなかった。
だが僅かに、ほんの僅かにだけ空気が重くなった気がした。
「兄さん、これは誰からのものなんです? こんな失礼なものを贈るなんて……!」
「オルタンシアン侯爵の娘、マーガレットと…………」
そこで初めて、兄はゆっくりとこちらを見た。
「……もう一人は、お前の婚約者であるベルフルールからだ」
「…………!?」
僕は驚きのあまり目を見開いた。
ベルフルール嬢が、こんなことを……?
「あえてお前への花束と共に送ってきたのだろう。比較させることで、分かりやすく嫌味を演出している」
「…………申し訳ございません」
「何故お前が謝る」
「彼女は僕の婚約者です。そして、彼女に花言葉を教えたのも僕ですから…………」
「ほう」
兄は大して興味もなさそうに呟くと、再び窓の外へ視線を向けた。
「マーガレットではなく、ベルフルールが主導したと?」
「はい。恐らくは」
彼女なら、やりかねない。
王子相手に平手打ちできる女性なのだ。
きっと何か理由があったのだろう。
……だが、もし王族侮辱などの罪に問われたらどうするつもりなのだ。
「面白い女がいるものだ」
「え?」
「マルグリット・ド・ベルフルール、か。一度会ってみたいものだな」
「…………兄さん?」
僕が名前を呼ぶと、兄は視線を花束へ戻し、僕あての薔薇を手に取った。
「ほら、お前の婚約者からの贈り物だ。早く受け取れ」
「は、はい」
慌てて受け取ると、兄は立ち上がり、窓際へ歩いていく。
「もう下がっていい。お前を呼んだのは、花言葉の意味を聞くためだったからな。もう用はない」
「…………………」
もう用はない。
その言葉が、ゆっくりと心を蝕んでいく。
やはり兄にとって僕は、邪魔な弟でしかないのだろうか。
「……それでは、失礼します」
泣きそうになる気持ちを押し殺し、僕は部屋を後にした。
兄弟らしく接する日は、いつか来るのだろうか。
来ないと分かっているのに、それでも兄たちからの愛情を求めてしまう自分が情けなかった。
ふと、手の中の花束へ視線を落とす。
明るいオレンジの薔薇が、まるで優しく慰めてくれているようだった。
……何故だろう。
少しだけ、自分の方が兄より幸せな気がした。
少しだけ、兄の悲しそうな顔に心が躍った。
兄さんは、マーガレット嬢に拒絶された。
けれど僕には、想ってくれるベルフルール嬢がいる。
「ああ、ベルフルール嬢……僕の愛しい婚約者…………」
僕は花束を抱きしめる。
「好きです……誰よりも、誰よりも……」
彼女から初めて贈られた花束を、壊れ物のように優しく抱えながら。
───同じ頃、王宮では。
「ハ、ハクション!」
急に悪寒がして、体が震えた。
「ベルフルール様? 風邪でも引かれたのですか?」
レッスン中、先生に声を掛けられ、私は慌てて首を横に振る。
「いいえ、大丈夫ですわ。少し寒気がしただけですので」
「そうですか。ですが、お気をつけくださいまし。女性にとって健康は何より大切ですからね」
「はい、心に留めておきます!」
……あの寒気の原因が、ミュゲ王子だったと知らなかったことは幸いだった。
そうでなければ、寒気程度では済まなかっただろうから。
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