第十四話 執着の訳
第十四話です。よろしくお願いいたします!
「待ってくださいまし!」
私は走る。
走って、走って、走り続ける。
目の前の彼女を見失ってはいけない。
彼女には、きっと何か事情がある。
それを知らないまま彼女と付き合っていくなど、私の性に合わなかった。
「捕まえましたわよ!」
私は走りながらマーガレットの腕を掴んだ。
だが勢いが強すぎたのか、バランスを崩した彼女と共に、その場へ倒れ込んでしまう。
「いたたたっ……」
「ベルフルール様…………何故追いかけてくるのです!」
マーガレットは私と目を合わせようとしない。
ただ胸の内にある怒りを、ぶつけるように吐き出してくる。
「あなたには関係のないことでしょう!? それに、あなたも私のことが嫌いなはずです!」
「あなた“も”、ということは……マーガレット様も私のことがお嫌いで?」
「ええ、そうです。大っ嫌いです」
結構はっきり言うタイプのようだ。
分かっていたことではあるが、ここまで真正面から言われると流石に傷つく。
「確かに、私はあなたが好きではありませんわ。初対面の私に悪口を言ってきたんですもの。ですが、嫌われるようなことをした覚えはありません。何故そんなに私が嫌いなのです?」
「決まっているでしょう。ただの一方的な妬みですよ。あなたが何かしたわけではありません」
マーガレットは自嘲するように鼻で笑った。
「あなたが第三王子と、あんなにも簡単に婚約できたことが……とても腹立たしかったのです。……あなたとは違って、私はどれだけ努力しても届かなかったのに」
「どういうことです?」
「私は第一王子と婚約するために、毎日努力を重ねてきました。一日のほとんどを勉強に費やし、健康にも気を遣い、次期王妃に相応しい女性になろうと必死だったんです」
マーガレットは拳をぎゅっと握りしめる。
「ですが王子は、一向に私を見てくださいませんでした」
「ですが、第一王子からお声がかかったとおっしゃっていましたわよね?」
「ええ。それは王様からのお話でした。私の努力が王宮内でも評価され、王様の耳に入ったのです」
そう語る彼女の瞳には、うっすらと涙が滲んでいた。
「私……本当に嬉しかったんです…………やっと努力が認められたんだって…………」
震える声で笑うその姿に、胸が締め付けられる。
「……ある日、王子が私を王宮へ呼び出しました。正式に婚約のお話をされるのだと、そう思い込んで…………私、浮かれていたんです」
そこで、マーガレットの肩が小さく震えた。
「ですが…………違いました」
私は何も言わず、そっと彼女の背に手を添える。
「落ち着いて。ゆっくりでいいのですわ」
「…………っ」
マーガレットは唇を強く噛み締めると、絞り出すような声で言った。
「王子に言われたのです。君は…………美しくない。だから婚約は出来ない、と」
「…………!?」
一瞬、言葉を失った。
「……外見も、内面もだと。そう言われました」
彼女の視線が、ゆっくりと地面へ落ちる。
「……意味なんて、考えるまでもありません」
な、なんですって!?
そんな最低な男がこの世に存在するなんて…………!
「それで私、ショックで…………そのまま庭園を歩いていたら…………ベルフルール様と第三王子が仲良さそうにお話している姿を見てしまって…………」
きっと、あの日のことだ。
初めてミュゲ王子と庭園でお茶をした日のこと。
……あの場面を見られていたと思うと、少しだけ恥ずかしい。
「お二人を見て…………私は振り向いてもらえなかったのにって…………すごく悔しくて…………」
「それで私に冷たく接してしまった、と?」
私が代わりに言うと、マーガレットは小さく頷いた。
「ごめんなさい…………あんな態度を取ってしまって…………」
「…………」
「あなたを傷つけたこと、後悔していました。ですが、あなたを見るたびに悔しくなって…………謝ることもできず、また同じ態度を取ってしまったんです…………」
「……今でも、私のことがお嫌いですの?」
「分かりません。あなたのせいではないのに、心のどこかであなたが許せない…………あなたと私は、一体何が違ったのか…………私はあんなに頑張ったのに…………」
「何も違いませんわ」
私は、はっきりと言い切った。
「私だって、つい最近まで人を見た目だけで判断していた愚かな女ですもの」
「それだけで、私たちは同じだと言うのですか!?」
「いいえ。“似ている”という話ですわ。同じような環境に生まれ、同じような道を歩かされてきた仲間……とでも言えば良いでしょうか」
「どういうことです?」
理解できていない彼女の手を、私は優しく握った。
温かい。これが彼女の体温なのだ。
「私たちは貴族の娘として生まれました。これが何を意味するか、お分かりでしょう?」
「…………いずれ、どこかへ嫁ぐということですか」
「ええ。家のために婚姻する。それは、貴族として生まれた以上避けられない運命ですわ」
「…………」
「どの家も事情は大して変わりません。ですが、その先で幸せになれる者と、不幸になる者に分かれていくのです」
「……つまり、あなたは幸せで、私は不幸だと?」
その声は、擦り切れそうなほど弱々しかった。
「いいえ。まだ決まっていませんわ」
私は立ち上がる。
そして、王子たちの住む宮殿をびしりと指差した。
「ですが、このまま泣き寝入りするのは癪ではありませんこと!流石に王子を殴ることはできませんから……別の方法でやり返しますの!」
「やり返す……? どうやって?」
私は胸を張る。
今の私は、きっと少しだけ格好良い。
……たぶん。
その時のマーガレットの目には、女神のように輝いて見えていた…………はずですわ。たぶん。
そして私は、高らかに宣言した。
「そう――今こそ花言葉を使う時なのですわ!」
「………………え?」
数秒、沈黙が流れた。
「言葉ではなく花に想いを込める。これなら上品に、そして確実に――相手の心へ突き刺さりますわ!」
「いや、それ本当にやり返せています?」
「ええ、完璧ですわ!」
自信満々に頷く私を見て、マーガレットはぽかんとしていた。
だが――
「…………ふふっ」
やがて、堪えきれなくなったように小さく吹き出す。
「……本当に、あなたって変な人ね」
その声は、先ほどまでよりもずっと柔らかかった。
───なお、この後王宮へ戻った私たちが、先生にこっぴどく叱られたのは言うまでもない。
今回もお読みいただきありがとうございました!少しでも花言葉に興味を持っていただけると嬉しいです。




