第十三話 一番でなければいけないのです!
第十三話です!よろしくお願いいたします!
しばらくミュゲ王子とは会っていない。
それもそうだ。こんなに過酷なレッスンが毎日あるのだから。
だが、ちっとも寂しいとは思っていない。
…………ちっともかどうかは、分からないが。
「ベルフルール様、もっとお早くお歩きください」
「は、はい!」
今私たちが行っているのは、頭の上に本を何冊も乗せ、落とさないよう真っすぐ歩くレッスンだ。
少しでもバランスを崩せば本が落ちて叱られるし、速度を落としても叱られる。
つまり、落とさずに早く真っすぐ歩くしかないのである。
「ベルフルール様! もっと早く!」
焦ってはいけませんわ、マルグリット・ド・ベルフルール。
落ち着くのです。落ち着きながら速度を上げるだけですわ。
私は拳をぎゅっと握りしめ、必死にバランスを保ちながら足を動かした。
そして何とか向こう側の壁までたどり着く。
「はい、よくできました。完璧とは言えませんが、まあまあでしょう」
良かった……。
本を落とさず歩き切れただけでも上出来だ。
椅子に腰を下ろした瞬間、全身から一気に力が抜けた。
「では次、マーガレット様」
「はい!」
先日のテストでも思ったが、彼女は自分に絶対の自信を持っている。
大きく返事をすると、笑顔で本を頭に乗せた。
そして何故か私をちらりと見てから、そのまま優雅に歩き始める。
「いいですよ、マーガレット様。その速度をお保ちください」
少しも揺らがない。
背筋は真っすぐに伸び、視線は美しく斜め上へ向けられている。
まるで見本のような歩き方だった。
だが────
「あっ!」
ゴールまであと一歩というところで、マーガレットの体が大きく傾いた。
次の瞬間、本が床へ散らばり、彼女自身も倒れ込む。
「マーガレット様!」
私は反射的に駆け寄っていた。
性格は好きではない。だが、それでも体が勝手に動いたのだ。
「マーガレット様、お怪我は────」
パチンッ
差し伸べた私の手が、強く払いのけられた。
「っ…………!」
「心にもないご心配は不要です。私は大丈夫ですので、お気になさらず」
声が震えている。
前髪で表情は見えないが、まさか泣いているのか?
「……そうですか。要らぬ心配だったようですね」
私は怒りを押し殺しながら立ち上がり、自分の席へ戻った。
「マーガレット様、一体何があったのですか」
先生は表情一つ変えずに問いかける。
「いえ、ただドレスを踏んでしまっただけです」
「そうでしたか。あと少しでしたのに、残念でしたね」
「先生、もう一度やり直させてください! 次は成功してみせます!」
「何故です? ここで失敗したからといって、不合格にするわけではありませんよ」
「私の気が済まないのです! 次こそは必ず成功してみせます!」
よほど悔しかったのだろう。
ここまで彼女を突き動かすものは、一体何なのだろうか。
「……分かりました。許可します」
「ありがとうございます!」
顔をぱっと明るくしたマーガレットは、再び本を頭に乗せ、スタート位置へ戻った。
そして先ほどと同じように、美しい歩き方を披露する。
彼女の動きは、やはり完璧に見えた。
無駄が一切なく、気品すら感じられる。
だが────
「あっ!」
再び。
信じられないことに、またゴール直前でバランスを崩したのだ。
「……何故…………どうして…………!」
マーガレットは床を叩いた。
何度も、何度も。
悔しさをぶつけるように。
「先生! お願いです! もう一度だけやらせてください!」
「マーガレット様……」
「先生もご覧になりましたよね!? 私の歩き、完璧でしたよね!? 最後だけで、あとは全部……全部完璧にできていたのに……!」
いつもの彼女ではない。
こんなにも追い詰められた姿を、私は初めて見た。
「マーガレット様……随分とベルフルール様を意識していらっしゃるようですね」
「ええ、そうです」
「そんなに一番になりたいのですか?」
「もちろんです! 私が一番努力していますし、一番優秀なのです! 今回の失敗はたまたまで、本当はもっと────」
「いい加減になさい!」
「っ…………!」
先生の鋭い声が部屋中に響き渡る。
その迫力に、私の肩までびくりと震えた。
「あなたは自分自身を分かっていません。あなたは勝ちたいという欲に囚われ、周囲が見えなくなっているのです。今回の失敗は偶然ではありません。ゴールが見えたことで、心が緩んだのですよ」
「で、ですが……!」
「まだ分からないのですか! 一番にこだわらず、ただ立派な女性になりたいと願っていれば、心穏やかに過ごせるのです。あなたは焦りすぎています。完璧を求めすぎているのですよ」
「っ…………………」
「何故そこまで自分を追い込むのですか。あなたは今のままでも十分優秀です。努力家で、その努力はきちんと結果に繋がっているではありませんか」
「…………ダメなんです」
マーガレットは消え入りそうな声で呟いた。
「それじゃあダメなんです……! 一番じゃなきゃ、意味がないんです!」
「だから、それは何故────」
「先生には関係ないでしょう!」
マーガレットは顔を上げ、叫ぶ。
「私のことなんて気にかけなくて結構です! どうせ私の気持ちなんて、誰にも分からないんですから!」
そう吐き捨てると、彼女は勢いよく部屋を飛び出していった。
その場には、走る途中で脱げてしまったのだろう靴が片方だけ残されている。
「マーガレット様!」
私は咄嗟にその靴を拾い、彼女の後を追いかけた。
私は咄嗟にその靴を拾い、彼女の後を追いかけた。
遠い昔の記憶が蘇る───
❀
“あの娘”に認められたくて。
必死に努力して。
それでも空回りして、周りが見えなくなっていた頃の自分。
“あの娘”のためだけに、毎日必死に足掻いていた。
そんな、あの頃の自分。
❀
まるで、過去の私を見ているようで…………
今回もお読みいただきありがとうございました!読んでくださる方がいるからこそ、私も頑張って書けるのでとても嬉しいです!




