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第十一話 徹夜の勉強は孤独?

第十一話です。ここからテンポアップしていけるように頑張りたいと思います。

分厚い本を開いてから、わずか三分。


私の心は折れた。

まるで細い枝のように、あっさりと。



「無理無理無理! こんな量の知識を一日で頭に入れろだなんて、無茶にも程がありますわ!」



私は勢いよく本を閉じた。


ドスッ――と鈍い音が机に響く。


この重低音、もはや辞典かなにかですわよ。



窓の外には静かな夜。美しい月。



それなのに、目の前に並ぶ美しい文字たちは、私を容赦なく苦しめてくる。


「もう無理ですわ……私にはできません……」


ここで失敗すれば、ミュゲ王子との婚約は破棄される。

そう分かっているのに、頭は全く働かなかった。



「……何故、私はこんなにも婚約破棄を恐れているのですの?」



私はぽつりと呟いた。


少し前まで、あれほど嫌がっていたではないか。

見た目がどうだの、弱虫だの。


結局私は、マーガレットと同じだった。


彼女の言葉に腹を立てておきながら、私自身もまた、王子を表面だけで見ていたのだ。


――それなのに。


今更、婚約破棄を恐れるだなんて。



「こんな最低な女の、どこがいいのよ……」



ミュゲ王子が、何故わざわざ婚約を結び直そうとしたのか分からない。

私なんかより、もっと優しくて素敵な女性は世の中にたくさんいる。


私は最低だ。

少なくとも、胸を張って誇れるような人間ではない。


むしろ、ここで婚約破棄された方が王子のためなのではないか。



「……ですのに」



私はぎゅっと胸元を押さえた。



「それが、少し寂しい……」



机に額を押し付ける。


過去の自分の幼さと、身勝手さが胸を締め付けた。



「ごめんなさい……ミュゲ王子……」



彼を愛しているわけではない。


結婚に抵抗がないと言えば、それは嘘になる。



けれど――寂しいのだ。



もう彼と会えなくなるかもしれないと思うと、胸の奥が痛かった。


この気持ちは、一体何なのだろう。


胸を締め付けるこれは、後悔――?



それとも……。



その時だった。



静かな夜を切り裂くように、突然声が響いた。


「愛だよ」


「ですね」



「…………え?」



聞き覚えのある声に、私は勢いよく顔を上げた。



すると目の前には――



イリスとリラの顔があった。



「うわああああっ!?」



思わず椅子ごと飛び退く。


二人はケラケラ笑いながら手を振った。


「ごめんごめん。ちゃんとノックしたんだけど、ベル全然気付いてなかったからさ」


「私が“入りましょう”とリラを誘惑しました。責任は私にあります」


「いやいや、その誘惑に乗った私も悪いって!」


「そ、そういう問題ではありませんわ! というか、いつからそこに!?」



そして何より――



「な、何故私の心の声を!?」


「何を言っているんですか?」



イリスは不思議そうに首を傾げた。



「全部口に出ていましたよ」


「えっ!?」


その瞬間、血の気が引いた。


すると二人は面白がるように、芝居がかった口調で私の真似を始める。


「“彼を愛しているわけではない。彼と結婚することに抵抗がないと言えば噓になる……”」



「なっ……!」



「“だが、寂しい。彼ともう会えなくなるのは寂しい……”」



「や、やめなさいいいい!」



「“この気持ちは一体何なのだろう。胸が締め付けられているのは後悔か、それとも――”」




「いやああああああああ!」




羞恥のあまり、私は勢いよくバルコニーへ駆け出した。



「ちょ、ベル!?」



「何してるんですか!」



二人が慌てて追いかけてくる。


「恥ずかしすぎて生きていけませんわ! いっそ月へ帰ります!」


「帰る場所そこなの!?」


「落ち着いてください!」



二人が必死に私の腕を掴む。



だが、こちらも本気だった。



……せめて!



せめて、記憶だけでも消してくださいまし!



しかし二対一では勝てるはずもなく、私はずるずると室内へ引き戻された。


そのまま三人まとめて床へ倒れ込む。



「はあ……はあ……」


「ベル……本当に危ないからね!?」


「あと少しで転落事故でしたよ……」


「はあ……はあ……わ、私が悪かったですわ……もう二度としませんので……」


「ほんとにもう……」



二人は大の字になって寝転び、深いため息を吐いた。



少しの沈黙の後、リラがこちらを見る。


「ベル、何か困ってることあるんでしょ?」


「私たちに相談してください。友達なんですから」


その言葉に、私は観念した。


今日の出来事。

明日までに本を暗記しなければ婚約破棄になること。



そして――婚約破棄されたくないと思っている自分がいること。



全部、正直に話した。


「なるほどねえ。王子の妃って大変なんだ」


「当然ですよ。妃が頼りなかったら、どうやって国を支えるんです?」


「イリス、やめてくださいまし……今日先生にも同じことを言われたのです……」


「ふふっ、それは面白いですね」


「リラ!」


「ごめんごめんって!」



リラは笑いながら頭を掻くと、話を戻した。


「それで、イリス。どうする?」


「もちろん決まっています」


二人は顔を見合わせ、小さく頷く。


そして机の上の本へ視線を落とした。


「これが例の本ですか。確かに重そうですね」


「論理的に考えて、一人では無理だね」


「でしょう!?」


「ですが――」


イリスは平然とした顔で言った。



「三人で徹夜すれば、なんとかなります」



「え……?」


私は呆然と二人を見る。


リラがにっと笑った。



「手伝うよ、勉強」



「今夜だけ特別ですからね?」



「っ……!」



気付けば私は、二人に飛びついていた。




――ああ。




やっぱり私は、この二人が大好きですわ。



優しくて、騒がしくて、呆れるほどお人好しで。


こんな素敵な友人、他にはいない。



少なくとも、マーガレットの何億倍も。

……まあ、比べること自体失礼ですけれど。


今回も最後までお読みいただきありがとうございました!

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