表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
92/132

第1節「調査開始」


 宝物庫の扉が開いた。


 冷たい空気が頬を撫でる。地下に続く石造りの部屋は薄暗く、松明の炎が壁を揺らしていた。


 俺たちは中に足を踏み入れた。


 カイト、エリカ、ゼファーさん、そしてフローシャンテリア。四人で宝物庫の調査を行う。昨日盗まれた覚醒具——「人々を癒す杖」の手がかりを探すためだ。


 宝物庫には様々な品が並んでいる。古い書物、水晶の器、銀細工の装飾品。精霊界に伝わる宝の数々だ。


 だが——何かがおかしい。


 宙を漂う小さな光。妖精たちだ。普段は陽気に飛び回っているはずの彼らが、棚の隅や天井の梁にしがみついている。光が弱い。震えている。


 『なんだ、あいつら\...\...』


 妖精は精霊の下位に位置する存在で、精霊族と共に暮らしている。精霊界では、どこにでもいる。花の上、噴水のそば、窓辺。いつも楽しそうにきらきら飛んでいた。


 それが——こんなに怯えている。


 フローが足を止めた。


 「妖精たちが\...\...こんなに怯えている\...\...」


 その声は小さかった。だが確かに震えていた。


 フローは膝を折り、棚の隅にしがみつく妖精たちに手を差し伸べた。指先に淡い光が灯る。


 「大丈夫よ。ここにいるから」


 一匹の妖精が、おずおずとフローの掌に降り立った。掌に収まるほど小さな体が、がたがたと震えている。


 「どうしたんですか? 何かあったんですか?」


 俺は近づいて、膝をついた。妖精の顔が見える。泣きそうな目をしていた。


 妖精が口を開いた。かすれた声。


 「悪しき\...\...悪しき気配が\...\...ここに、いた\...\...」


 ——悪しき気配。


 「悪しき気配、って——」


 フローが俺たちに振り返る。その顔は青ざめていた。


 「妖精たちは、この宝物庫に何か恐ろしいものがいたと言っています」


 恐ろしいもの。杖を盗んだ奴か。


 「彼らがこれほど怯えるなんて\...\...一体、何者が\...\...」


 フローの声が途切れた。答えは誰にもわからない。


 ゼファーさんが壁に近づいた。


 「カイト。こちらを見ろ」


 壁に何かが刻まれていた。


 三本の爪痕。深く、鋭く、石壁をえぐっている。人間の爪ではない。獣でもない。何か——もっと異質なもの。


 爪痕の周囲に、黒い靄のようなものが漂っていた。触れてはいけない。本能がそう告げる。


 「見たことのない紋様だ」


 ゼファーさんが腕を組んだ。


 「精霊界のものではないな」


 エリカも近づいて、目を細めた。


 「私も見たことがない。『アマルの世界』にも、こんな紋様の記述はなかったはず」


 フローシャンテリアも首を横に振った。


 「私も\...\...見たことがありません」


 四人とも、手詰まりだった。


 爪痕を見る。黒い靄を見る。何もわからない。妖精たちは怯えている。杖は消えた。犯人の手がかりはこの爪痕だけ。


 沈黙が流れた。


 松明の炎が、ぱちり、と弾けた。


 エリカが溜息をついた。


 「\...\...仕方ないわね」


 鞄に手を突っ込む。取り出したのは——ピンクのめがね。子供用の、やたらキラキラした、あのめがねだ。


 出た。


 「後ろを向いて、耳をふさいで」


 出たよ、このセリフ。


 「\...\...いい加減慣れろよ、そのセリフ」


 「慣れるわけないでしょ! 恥ずかしいんだから!」


 「毎回やってんだから、もう俺たち見慣れてるって」


 「見慣れてても恥ずかしいの! いいから後ろ向いて!」


 ゼファーさんが苦笑しながら後ろを向いた。フローも、小さく微笑んで背を向ける。


 「\...\...ゼファーさんまで素直に従ってんの、なんか面白いな」


 「カイト! あんたも早く後ろ向きなさい!」


 「はいはい」


 俺も後ろを向いた。耳をふさぐ。


 ——が、聞こえる。


 小さな声。


 「\...\...おりこうさんになあれ」


 『聞こえてんだよなあ、毎回』


 背中越しに、淡い光を感じた。めがねが起動した合図だ。


 しばらく待つ。


 「\...\...もういいわよ」


 振り返ると、エリカがめがねをかけたまま壁の爪痕を睨んでいた。いつもなら、めがねをかけた瞬間に情報が流れ込んでくるはずだ。


 だが——エリカの顔が険しい。


 「\...\...読めない」


 「読めない?」


 「印を読み取ろうとしても、黒い靄がかかったように見えない。何かで——遮断されている」


 エリカがめがねを外した。その手が、微かに震えていた。


 「今まで、めがねで読めなかったものはなかった」


 エリカの声が低い。


 「本も、魔道具も、建物の歴史も。全部読めた。放牧民の国でも、精霊界に来てからも——一度も」


 めがねを握る指に力が入った。


 「それが——読めない。黒い魔力が、壁みたいに立ちはだかってる」


 エリカが俺を見た。その目には、珍しく焦りがあった。


 「カイト。これは、今までとレベルが違う」


 沈黙が落ちた。


 妖精たちの震え。壁の爪痕。黒い靄。そして——めがねでも読めない何か。


 『こいつは\...\...想像以上にやばいかもしれない』


 俺は爪痕を見つめた。三本の溝が、松明の明かりに黒く光っている。


 犯人は、俺たちが知らない何かだ。


 精霊界の住人でもない。エリカの知識にもない。フローすら見たことがない存在。


 宝物庫の空気が、じわりと冷たくなった気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ