第6節「女王への謁見」
女王の私室は、とんでもなく広かった。
私室と聞いて、普通の部屋を想像していた。甘かった。体育館くらいある。壁には精霊界の歴史を描いた絵画がずらりと並び、天井には巨大な光の結晶が輝いている。一つじゃない。何十もの結晶が、まるで星空のように散りばめられていた。
『これで私室って\...\...リビングだったらどうなるんだ』
女王は玉座にいなかった。
窓際の椅子に座っていた。銀色の長い髪。フローシャンテリアによく似ている。だが重みが違う。年齢を重ねた分だけ、威厳が上乗せされている。
フローシャンテリアが先に進み出て、跪いた。俺たちも慌てて同じようにする。ゼファーだけは落ち着いた動作だった。こういう場を知っている男だ。
「顔を上げなさい。異世界からの客人と聞いている」
穏やかな声だった。だが甘くはない。
顔を上げた。女王と目が合った。
——鋭い。
穏やかな顔をしているのに、目の奥に刃物がある。一瞬で人を見抜くような眼光。フローシャンテリアの「嘘をついている人の目は濁る」という言葉を思い出した。あれは母親譲りか。
「遠い世界からよう参った。まずは名を聞こうか」
「橘カイトです」
敬語を意識した。噛まなかった。よし。
「中島エリカです」
エリカは自然に頭を下げた。こういう場面ではエリカのほうが俺より百倍マシだ。
「風の草原クランの長をしておりましたゼファーと申します」
ゼファーの声には自然な敬意があった。クランの長としての経験が、そのまま礼儀作法になっている。
女王は三人の顔を順に見つめた。品定め。そう感じた。でも悪意はない。ただ、見ている。
「我はセレナヴァンテリア。この世界を統治している」
「うむ。良い目をしておる」
一言で終わった。合格、ということだろうか。正直ホッとした。この人に睨まれたら、心臓が三つあっても足りない。
女王がフローシャンテリアに目を向けた。娘を見る目だ。さっきまでの品定めとは違う、柔らかい視線。
「フローシャンテリア。この者たちを連れてきたのはお前か」
「はい、母上」
フローシャンテリアが一歩前に出た。背筋を伸ばし、はっきりとした声で告げる。
「母上。報告がございます」
さっきまでの柔らかい口調ではない。王女の声だ。
「宝物庫の点検で『人々を癒す杖』の消失が確認されました。昨夜、この方たちが転移したあとに別の侵入者がおり、その者が持ち去ったと見られます」
女王の眉が動いた。ほんの僅かだが、確かに動いた。
「\...\...その名を久々に聞いたのう」
女王は窓の外に視線を移した。世界樹の巨大な幹が見える。
「『人々を癒す杖』か\...\...」
しばらく考え込んでいた。光の結晶が静かに揺れている。下位精霊たちも音を立てずに漂っていた。
「なぜそんな古きものを盗むのじゃ」
女王がこちらを向いた。
「宝物庫にはもっと価値あるものが他にあるじゃろう」
「はい。母上、私もそう思いました。」
エリカが一歩前に出た。
「セレナヴァンテリア女王陛下、失礼ですが」
エリカの声は落ち着いていた。緊張はしているはずだ。でも声に出さない。さすがだ。
「その杖の伝承が書かれているものは何かありますか?」
女王がエリカを見つめた。真っすぐに。
「ほう、娘よ。なぜそのようなことを聞く」
「私たちは末裔を探しています」
エリカは一切怯まなかった。
「もし杖が末裔に関係するものなら\...\...盗まれた理由が分かるかもしれません」
女王の目が細くなった。笑ったのではない。感心したのだ。
「なかなか鋭い娘じゃの」
「我のことはセレナと呼ぶがよい」
少し考え込んでから、女王は口を開いた。
「そうじゃな。確かあの杖は賢者ソルジュ殿がお使いになられていたもののはず」
『ソルジュ?』
初めて聞く名前だ。エリカの目つきが変わった。新しい固有名詞が出ると、エリカの頭の中でファイルが開く。そういう顔だ。
「賢者ソルジュ。その時代のものとなると、ほとんど残っておらんのう。千年以上前じゃ。文献どころか、石板くらいしかないかの」
エリカが身を乗り出した。目が輝いている。情報に食いつく目だ。
「セレナさま、その石板を見せていただけませんか。謎が解けるかもしれません」
「それは構わぬが——」
女王は少し首を傾げた。
「石板と言っても一行くらいしか書かれておらんぞ」
一行。たった一行。千年以上前の賢者の言葉が、たった一行だけ残っている。
女王が遠い目をした。何かを懐かしむような表情だった。
「『我は人を癒すものにあらず、人々から愛されし幸せ者なり』」
静かに、噛みしめるように。
「好きな言葉での、覚えておる」
その一言に、千年分の重みがあった。
エリカが俺に視線を寄越した。目が「何か引っかかる」と言っている。俺も同感だ。この言葉、ただの碑文じゃない気がする。
「石板は悠久の神殿にある」
女王が立ち上がった。思ったよりも背が高い。フローシャンテリアより頭一つ分は大きかった。
「案内しよう。妾も久しぶりに訪れたくなった」
女王自ら案内してくれるらしい。ゼファーが俺に小さく頷いた。断る理由はない。
部屋を出る時、フローシャンテリアが少しだけ微笑んだ。母が動いてくれた。その安堵が横顔に滲んでいた。王女の顔の奥に、娘の顔が覗いていた。




