表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
89/132

第6節「女王への謁見」


 女王の私室は、とんでもなく広かった。


 私室と聞いて、普通の部屋を想像していた。甘かった。体育館くらいある。壁には精霊界の歴史を描いた絵画がずらりと並び、天井には巨大な光の結晶が輝いている。一つじゃない。何十もの結晶が、まるで星空のように散りばめられていた。


 『これで私室って\...\...リビングだったらどうなるんだ』


 女王は玉座にいなかった。


 窓際の椅子に座っていた。銀色の長い髪。フローシャンテリアによく似ている。だが重みが違う。年齢を重ねた分だけ、威厳が上乗せされている。


 フローシャンテリアが先に進み出て、跪いた。俺たちも慌てて同じようにする。ゼファーだけは落ち着いた動作だった。こういう場を知っている男だ。


 「顔を上げなさい。異世界からの客人と聞いている」


 穏やかな声だった。だが甘くはない。


 顔を上げた。女王と目が合った。


 ——鋭い。


 穏やかな顔をしているのに、目の奥に刃物がある。一瞬で人を見抜くような眼光。フローシャンテリアの「嘘をついている人の目は濁る」という言葉を思い出した。あれは母親譲りか。


 「遠い世界からよう参った。まずは名を聞こうか」


 「橘カイトです」


 敬語を意識した。噛まなかった。よし。


 「中島エリカです」


 エリカは自然に頭を下げた。こういう場面ではエリカのほうが俺より百倍マシだ。


 「風の草原クランの長をしておりましたゼファーと申します」


 ゼファーの声には自然な敬意があった。クランの長としての経験が、そのまま礼儀作法になっている。


 女王は三人の顔を順に見つめた。品定め。そう感じた。でも悪意はない。ただ、見ている。


「我はセレナヴァンテリア。この世界を統治している」


 「うむ。良い目をしておる」


 一言で終わった。合格、ということだろうか。正直ホッとした。この人に睨まれたら、心臓が三つあっても足りない。


 女王がフローシャンテリアに目を向けた。娘を見る目だ。さっきまでの品定めとは違う、柔らかい視線。


 「フローシャンテリア。この者たちを連れてきたのはお前か」


 「はい、母上」


 フローシャンテリアが一歩前に出た。背筋を伸ばし、はっきりとした声で告げる。


 「母上。報告がございます」


 さっきまでの柔らかい口調ではない。王女の声だ。


 「宝物庫の点検で『人々を癒す杖』の消失が確認されました。昨夜、この方たちが転移したあとに別の侵入者がおり、その者が持ち去ったと見られます」


 女王の眉が動いた。ほんの僅かだが、確かに動いた。


 「\...\...その名を久々に聞いたのう」


 女王は窓の外に視線を移した。世界樹の巨大な幹が見える。


 「『人々を癒す杖』か\...\...」


 しばらく考え込んでいた。光の結晶が静かに揺れている。下位精霊たちも音を立てずに漂っていた。


 「なぜそんな古きものを盗むのじゃ」


 女王がこちらを向いた。


 「宝物庫にはもっと価値あるものが他にあるじゃろう」


「はい。母上、私もそう思いました。」


 エリカが一歩前に出た。


 「セレナヴァンテリア女王陛下、失礼ですが」


 エリカの声は落ち着いていた。緊張はしているはずだ。でも声に出さない。さすがだ。


 「その杖の伝承が書かれているものは何かありますか?」


 女王がエリカを見つめた。真っすぐに。


 「ほう、娘よ。なぜそのようなことを聞く」


 「私たちは末裔を探しています」


 エリカは一切怯まなかった。


 「もし杖が末裔に関係するものなら\...\...盗まれた理由が分かるかもしれません」


 女王の目が細くなった。笑ったのではない。感心したのだ。


 「なかなか鋭い娘じゃの」


 「我のことはセレナと呼ぶがよい」


 少し考え込んでから、女王は口を開いた。


 「そうじゃな。確かあの杖は賢者ソルジュ殿がお使いになられていたもののはず」


 『ソルジュ?』


 初めて聞く名前だ。エリカの目つきが変わった。新しい固有名詞が出ると、エリカの頭の中でファイルが開く。そういう顔だ。


 「賢者ソルジュ。その時代のものとなると、ほとんど残っておらんのう。千年以上前じゃ。文献どころか、石板くらいしかないかの」


 エリカが身を乗り出した。目が輝いている。情報に食いつく目だ。


 「セレナさま、その石板を見せていただけませんか。謎が解けるかもしれません」


 「それは構わぬが——」


 女王は少し首を傾げた。


 「石板と言っても一行くらいしか書かれておらんぞ」


 一行。たった一行。千年以上前の賢者の言葉が、たった一行だけ残っている。


 女王が遠い目をした。何かを懐かしむような表情だった。


 「『我は人を癒すものにあらず、人々から愛されし幸せ者なり』」


 静かに、噛みしめるように。


 「好きな言葉での、覚えておる」


 その一言に、千年分の重みがあった。


 エリカが俺に視線を寄越した。目が「何か引っかかる」と言っている。俺も同感だ。この言葉、ただの碑文じゃない気がする。


 「石板は悠久の神殿にある」


 女王が立ち上がった。思ったよりも背が高い。フローシャンテリアより頭一つ分は大きかった。


 「案内しよう。妾も久しぶりに訪れたくなった」


 女王自ら案内してくれるらしい。ゼファーが俺に小さく頷いた。断る理由はない。


 部屋を出る時、フローシャンテリアが少しだけ微笑んだ。母が動いてくれた。その安堵が横顔に滲んでいた。王女の顔の奥に、娘の顔が覗いていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ