第5節「異変の報告」
翌朝。
目が覚めると、窓から柔らかい光が差し込んでいた。三つの月が沈み、精霊界の太陽が昇ったらしい。白い光だ。
人間界の朝日より淡くて、目に優しい。
鳥の声が聞こえる。見たことのない音色。笛を吹いているみたいな、澄んだ鳴き声だった。
客間のベッドは信じられないほど柔らかかった。雲の上で寝てるような感覚。放牧民の国のテントも悪くなかったが、これは別格だ。
『王宮ってすげえな\...\...』
隣のベッドではゼファーがすでに身支度を終えていた。朝が早い。さすが四十五年の生活習慣だ。
「起きたか」
「おはようございます」
「顔を洗ってこい。朝食が来る」
精霊族の侍女が果物と焼き菓子を運んできた。昨日の紫の果実もある。あれ、うまかったな。
エリカとフローシャンテリアも合流した。別室を用意してもらっていたらしい。エリカの髪がいつもより丁寧にまとまっている。編み込みだ。普段はやらないやつ。
「なに見てんのよ」「いや、別に」
『フローに整えてもらったのかな。似合ってるけど、言ったら殴られそうだ』
四人でテーブルを囲んだ。フローシャンテリアが果物の食べ方を教えてくれる。紫の果実は皮をむいて食べるらしい。中身は白くて、果汁がたっぷりだった。穏やかな朝だった。
焼き菓子を一つ口に放り込んだ時——。
廊下から足音が響いた。速い。走っている。
扉が勢いよく開いた。衛兵だ。銀の鎧が朝日を反射している。息を切らしていた。顔が青い。
「王女様、大変です」
フローシャンテリアが焼き菓子を置いた。表情が切り替わる。
「何がありましたか」
「再び宝物庫に盗賊が入った模様です」
「何が盗まれたのですか?」
「『人々を癒す杖』が消えております」
空気が凍った。
フローシャンテリアの手が止まった。微かに震えている。
「\...\...なんですって」
声が低くなった。昨日の柔らかい声とは違う。
「昨夜の巡回では封印に異常はございませんでした。しかし先ほど、封印の残留魔力に乱れがあると術師が報告し、確認したところ——扉の封印が破られておりました。何者かが夜のうちに\...\...」
「私が生まれてから、宝物庫に不審者が入ったのはこれでたったの2回になりましたね」
「すみません\...\...」
カイトは目を泳がせた。
夜のうちに。つまり俺たちが寝ている間に、誰かが宝物庫に忍び込んだ。
『人々を癒す杖\...\...? 何だろう』
聞いたこともない。この世界の宝物だろうが、俺たちには縁のない話——のはずだ。
なのに、妙に引っかかる。
「あの杖は\...\...精霊界の古い時代から伝わる大切な宝物です」
フローシャンテリアが立ち上がった。声は震えていたが、目は真剣だった。
「なぜ、そんな古いものを\...\...」
衛兵が続ける。
「宝物庫には他にも高価な品々がございましたが、盗まれたのは杖のみです。他は一切手つかずで\...\...」
エリカの目が光った。
来た。この顔は知っている。分析モードだ。
「カイト」
小声で呼ばれた。
「おかしいわ」
「宝物庫には光の結晶とか、見るからに価値のあるものがたくさんあった。なのに古い杖だけ盗んだ。つまり——高価な品に手をつけず、古い杖だけ盗んだ。犯人は最初からあの杖が目的だった。あの杖には私たちが知らない価値があるのよ」
「しかもこのタイミング。私たちと無関係ではないはず。むしろ大ありだわ」
確かにおかしい。金目のものには目もくれず、古い杖だけ持ち去った。ただの盗賊なら、光の結晶の方がよっぽど高く売れるだろう。
フローシャンテリアが立ち上がった。
「母に報告しなければなりません。皆さんも一緒に来ていただけますか」
俺たちは立ち上がった。
朝食は半分残ったまま。焼き菓子の甘い匂いだけが、さっきまでの穏やかな朝を覚えていた。




