第4節「王女の秘密」
客間に戻った。
光の結晶が天井からぶら下がっている。柔らかい光だ。蛍を集めて瓶に詰めたみたいな、優しい色。窓の外には世界樹がそびえている。幹だけで山一つ分はある。何度見ても慣れない。
テーブルには果物と飲み物が並んでいた。精霊族のもてなしらしい。見たこともない紫色の果実。甘い香りが鼻をくすぐる。
「さて」
ゼファーが椅子に腰を下ろした。表情を引き締めて、フローシャンテリアに向き直る。
「旅の目的を話したほうがいいのではないか」
俺とエリカは頷いた。ここまで世話になったのだ。隠す理由がない。
フローシャンテリアが正面に座った。下位精霊たちが彼女の周りをふわふわ飛んでいる。小さな光の玉。本当に蛍みたいだ。一匹がエリカの肩にとまった。エリカが「きゃっ」と小さく声を上げる。
「あら、懐かれましたね」
フローシャンテリアが微笑んだ。だがすぐに表情を改め、俺たちを見据えた。
「お聞かせください」
丁寧だが、芯のある声。さっき衛兵に対して見せた王女の顔だ。
俺は話し始めた。
末裔のこと。十二神柱のこと。覚醒具を見つけて覚醒する必要があること。世界各地に末裔が散らばっていること。
なるべく簡潔に。でも嘘はつかない。
——正直、全部説明するのは骨が折れた。俺自身、まだ理解しきれてない部分もある。
「この世界に来たのも、末裔を探すためです」
エリカが補足する。俺が端折ったところを的確に拾ってくれる。データと数字を交えた説明はエリカの得意分野だ。
「現時点でカイトとゼファーさんの二人が覚醒済みです。覚醒には覚醒具と覚醒の言葉が必要で——」
いつものコンビネーション。俺がざっくり話して、エリカが補強する。
「私は末裔ではないのですが、皆さんをサポートするために選ばれたようです」
ゼファーは黙って座っていた。時折、俺の言葉に深く頷く。四十五年分の威厳は伊達じゃない。頷くだけで説得力が三倍になる。
フローシャンテリアは一言も口を挟まなかった。表情も変えず、真剣に聞いていた。背筋が伸びている。王女の姿勢だ。
話が終わった。
しばらく沈黙が落ちた。光の結晶が微かに揺れている。窓の外を風が吹いたのだろう。世界樹の葉擦れが遠くに聞こえた。
「\...\...末裔」
フローシャンテリアが呟いた。目線を少し落としている。何かを思い出すように。
「その言葉、祖母から聞いたことがあります」
『祖母?』
「いつか世界を救う者たちが集う。その者たちは同じ印を持つ——と」
同じ印。痣のことだ。
心臓が跳ねた。まさか。
「幼い頃に一度だけ、寝物語で聞きました。てっきりおとぎ話だと\...\...」
フローシャンテリアの声が少し震えた。おとぎ話が目の前に座っている。そういう状況だ。
「その\...\...失礼を承知でお願いがあります」
フローシャンテリアが少し俯いた。頬が薄く色づいている。
「末裔の痣を見せていただけますか」
来た。
この展開は予想していた。痣が同じかどうか確認する。当然の流れだ。
問題は——場所だ。
俺の痣は左脇の下にある。つまりシャツをめくらないといけない。王女の前で。
エリカが視線を飛ばしてきた。「早く見せなさいよ」という目だ。お前は楽だよな。髪の中に隠れてるから見せなくていいし。
『わかってるよ\...\...』
覚悟を決めた。シャツの裾を持ち上げ、左腕を上げる。
脇の下に浮かぶ紋様。緑と青のグラデーション。覚醒してから色が変わった。放牧民の国に来る前は白黒だったのに。
「わ\...\...」
フローシャンテリアが目を見開いた。椅子から身を乗り出す。
「光っている\...\...こんなに美しく輝く紋様があるのですね」
『いや、脇を美しいって言われても反応に困るんだけど\...\...』
シャツを下ろした。なんか恥ずかしかった。
「ゼファーさんもお持ちなのですか」
「ああ。だが俺のは少々見せにくい場所でな」
ゼファーが苦笑した。
臀部だ。四十五歳のおっさんの尻を王女に見せるわけにはいかない。国際問題になる。
「絵で描こう」
ゼファーが紙と筆を借り、紋様をさらさらと描いた。ナイスな判断だ。
フローシャンテリアは俺の痣と、ゼファーの絵を見比べた。何度も。指先が微かに震えている。
「同じ\...\...同じ紋様です」
息を呑む声だった。下位精霊たちが一斉にざわめいた。彼女の感情に反応しているのだろう。
数秒の沈黙。フローシャンテリアは静かに立ち上がり、窓際に歩み寄った。背中を向けたまま、しばらく動かない。世界樹を見つめている。
躊躇っている。
「\...\...実は」
声が小さくなった。振り返る。その瞳に決意の色が浮かんでいた。
「私にも、あるのです」
ゆっくりとドレスの裾を持ち上げた。白い足首。
——あった。
同じ紋様だ。間違いない。ただし色は白黒のまま。俺たちのように着色していない。覚醒前の状態。
「生まれた時から、ずっと。ただの痣だと思っていました」
部屋の空気が変わった。光の結晶が揺れている。下位精霊たちも動きを止めた。まるで空気を読んでいるかのように。
「間違いない」
ゼファーが立ち上がった。声に確信があった。
「あなたは我々とおなじ末裔だ」
フローシャンテリアの瞳が揺れた。驚き。戸惑い。そして——ほんの少しの恐れ。世界を救う。そんな大きな話が自分に降りかかってきた。その重さに、一瞬だけ表情が曇った。
その時だった。
エリカが、じっとフローシャンテリアを見つめていた。動かない。息を止めるように集中している。
——不思議な感覚だった。
エリカの中に何かが流れ込んでいる。そんな気がした。根拠はない。でも横顔を見ていて、そう感じた。
エリカが小さく首を傾げた。
『\...\...この人、嘘をついていない。本当に驚いている。なんで\...\...そう分かるんだろう』
エリカは瞬きを繰り返した。自分の感覚に戸惑っている。首を振る。気のせいだと思ったのだろう。
でも——気のせいじゃない。俺はなんとなくそう思った。エリカは時々、相手の感情を見抜くことがある。偶然にしては正確すぎる。
今はまだ、追及しない。
「フローシャンテリアさん」
エリカが一歩前に出た。真っすぐな目で向き合う。
「私たちと一緒に、末裔を集め、世界を救う旅に行ってくれませんか?」
フローシャンテリアは驚いた顔をした。目が大きく見開かれる。
それからゆっくりと——微笑んだ。下位精霊たちが彼女の周りで一斉に輝いた。
「本当に私なのでしょうか。まだ夢物語を聞いているようです」
その笑顔は、窓の外の世界樹よりも眩しかった。
——なんてな。
照れ隠しに紫色の果物を掴んだ。一口かじる。甘い。めちゃくちゃ甘い。名前は知らないけど、うまかった。




