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第3節「精霊界」


 王宮の廊下を歩いた。


 それだけで、目が足りなかった。


 壁は白い石と、木の幹が融合している。生きた木だ。枝が天井に広がり、葉の隙間から光の結晶が覗いている。自然と建築が完全に一体化していた。窓枠に苔が生えていて、それすら美しい。


 「こちらです」


 フローシャンテリアが先を歩く。その足取りに合わせるように、下位精霊の光が廊下を照らしていた。松明もランプもない。光の玉が、彼女の代わりに道を照らしている。


 便利だな——と思ったけど、口にはしなかった。便利とかそういう問題じゃない気がする。


 窓の外に目をやって、足が止まった。


 「——なんだ、あれ」


 巨大な樹。


 遠くにそびえる、山のような樹。幹だけで一つの山に匹敵する太さで、枝は空を覆い尽くすように広がっている。葉の一枚一枚が淡い光を放ち、夜空に浮かぶ緑の雲のようだった。


 「世界樹です」


 フローシャンテリアが微笑んだ。


 「この国の中心であり、すべての命の源です。根はこの大陸全土に広がっていて、精霊界の生命力を支えています」


 風が吹いた。世界樹の方角から。甘い匂いがする。宝物庫でも嗅いだ、あの花の香り。あれは世界樹から来ていたのか。


 でかい。でかすぎる。東京タワーとかスカイツリーとか、そういう比較が馬鹿らしくなるスケールだ。あんなものが「生きている」。根が大陸全土に。想像が追いつかない。


 そしてその上に——月が三つ。


 白。青。淡い金色。


 三つの月が、それぞれ違う高さに浮かんでいた。空は暗いのに真っ暗じゃない。三つの月が互いの光を補い合って、街全体を薄明るく照らしている。


 「月が\...\...三つある」


 「ええ。私たちは白の月、青の月、金の月と呼んでいます。それぞれ巡る速さが違うので、三つが並ぶ夜はとても珍しいんですよ」


 放牧民の国の空には太陽が二つあった。ここは月が三つ。


 異世界って、空から違う。


 エリカがいつの間にかメモを取っていた。小さなノートにびっしりと文字を書き込んでいる。


 「三つの月の公転周期は? 潮汐への影響は?」


 「え\...\...と、潮汐というのは\...\...」


 フローシャンテリアが困った顔をした。エリカの質問が専門的すぎたらしい。


 「おい、インタビューじゃないんだから」


 「データは大事よ。新しい世界に来たら、まず観測」


 こいつは本当にぶれない。


 廊下を抜けると、バルコニーに出た。眼下に街が広がる。


 王都シルヴァーナ。


 世界樹を中心に、同心円状に広がる街並み。建物は木と光の結晶で作られていて、屋根の形が花びらのように丸い。通りを歩いているのは精霊族——全員が整った顔立ちで、耳が尖っている。背が高い。男も女も、モデルみたいだ。


 街路には水路が走っていた。透き通った水が、光の結晶に照らされてきらきら光っている。橋の欄干には蔦が絡まり、花が咲いていた。夜なのに花が開いている。月の光で咲く花なのだろうか。


 その周囲を、下位精霊が飛び交っていた。光の玉が街全体に漂い、夜なのに活気がある。街灯の代わりに精霊が飛んでいる。そういう世界だ。


 「あの光の玉は、下位精霊と呼ばれています」


 フローシャンテリアが説明してくれた。


 「精霊族と共に暮らす存在です。感情を持ち、主人の気持ちに寄り添います。悲しい時はそばに集まり、嬉しい時は明るく光るのです」


 なるほど。だから彼女の周りにやたら多いのか。


 『\...\...いや、なるほどじゃないな。なんで多いんだろう』


 疑問は残ったが、今は流した。


 「辺境にはエルフの村々があります」


 フローシャンテリアはバルコニーの先を指した。世界樹の向こう、森が深くなるあたり。


 「彼らは私たち精霊族とは異なる文化を持っていますが、この世界で共に暮らしています。特にサルーラ村は薬草の知識で有名で、王都とも交易があるんですよ」


 エルフ。ファンタジーの定番だ。でもここでは「定番」じゃなくて、本物の隣人。


 ゼファーが静かに頷いた。放牧民の長として、異文化の共存には敏感なのだろう。「精霊族とエルフが共に暮らしているのか。良い国だな」


 フローシャンテリアが嬉しそうに微笑んだ。「ありがとうございます」


 エリカはまだメモを取っていた。ノートを覗くと、「精霊族:耳が尖っている、高身長、美形」「下位精霊:感情を持つ、主人に寄り添う」「エルフ:辺境、薬草知識、サルーラ村」と箇条書きがびっしり。


 旅が始まってからずっとこうだ。放牧民の国でもノート三冊分のデータを集めていた。こいつの頭の中には、たぶん俺の百倍どころじゃない情報が入っている。


 バルコニーからの景色を眺めながら、俺は放牧民の国を思い出していた。


 あの草原も美しかった。風と空と馬。どこまでも続く地平線。でもここは——別格だ。自然と文明が喧嘩していない。溶け合っている。まるで夢の中にいるみたいだった。


 「さ、客間にご案内しますね」


 フローシャンテリアが歩き出す。光の玉がふわりと彼女を追いかけた。


 俺たちもその後に続く。


 廊下の窓から、世界樹が見えた。三つの月が枝の間に光っている。


 ——精霊界。


 俺たちの旅の、次の舞台だ。


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