第2節「尋問」
地下牢を覚悟していた。
しかし連れて行かれたのは、広い部屋だった。天井から光の結晶がぶら下がり、柔らかな光で室内を照らしている。壁は白い石。窓はない。だが息苦しさはなかった。結晶の光が、どこか温かい。
王女の計らいだろう。牢じゃなく尋問の間に通してくれたのは、たぶん彼女だ。
部屋の奥に高座がある。王女——フローシャンテリアと名乗った——がそこに座った。背筋が真っ直ぐで、姿勢だけで身分が分かる。
その周囲を小さな光の玉が漂っている。宝物庫でも見た。三つ、四つ——いや、この部屋に入ってから増えてないか。七つ。八つ。他の精霊族の周りにも光の玉はいるが、彼女の周りだけ明らかに数が多い。
あの光は何だ。生きているように動いている。ゆらゆらと、まるで彼女の息遣いに合わせるように。
俺たち三人は、高座の前に立たされていた。両脇に衛兵。逃げられる雰囲気じゃない。
「異世界から来たと言いましたね」
フローシャンテリアが口を開いた。エリカの精霊語を通して、俺にも意味が分かる。声は穏やかだが、目は笑っていない。見定めている。
「証拠はありますか」
来た。当然の質問だ。
エリカが一歩前に出た。「見せてもいいですか」と断ってから、ポーチを開ける。
最初に出したのはスマートフォン。画面をつけた。白い光が灯る。フローシャンテリアの目が、わずかに見開かれた。
「まあ\...\...」
小さな声が漏れた。
次に日本円。千円札と五百円玉。紙幣の細かい印刷を見て、衛兵の一人が身を乗り出した。こんな精密な印刷技術は精霊界にはないのかもしれない。
ボールペン。エリカがキャップを外し、近くの紙に文字を書いて見せた。インクが滑らかに走る。フローシャンテリアは興味深そうに、その紙を手に取った。
「この文字は\...\...見たことがありません」
「日本語です。私たちの世界の言葉」
エリカの説明は的確で淀みない。こういう時のエリカは頼りになる。データと論理で武装した弁護士みたいだ。俺にはこの真似はできない。
さらにポーチの中を探った。ピンクのめがねがちらりと見えたが、さすがに出さなかった。賢明な判断だ。あれを出したら証拠どころか「異世界の珍しいおもちゃ」扱いされる。
フローシャンテリアはしばらく黙っていた。スマートフォンの画面を見つめている。指で軽く触れると画面が切り替わり、また「まあ」と声を上げた。横にスワイプして写真が出た。
ゼファーの時は焦って出せなかったが、そのあとちゃんと調べてスマホに保存した写真をとっておいた。だがおかげで電源があまり残っていない。
去年の体育祭だ。
「この\...\...たくさんの人は?」
「私たちの世界の学校です。千人くらいいます」
フローシャンテリアの指が止まった。画面の中の青空と歓声と、見たこともない建物。彼女はそれを食い入るように見つめていた。
『この人、新しいもの好きだな\...\...』
沈黙が長くなる。衛兵たちが落ち着かない様子で視線を交わしている。
やがてフローシャンテリアが顔を上げた。
「この者たちの拘束を解きなさい。ただし監視はつけること」
衛兵が即座に反応した。
「王女様、危険です。宝物庫に侵入した者を——」
「私が責任を持ちます」
声を荒げたわけじゃない。むしろ静かだった。だが有無を言わさぬ響きがある。おっとりした口調の中に、鉄が一本通っている。そんな感じだった。
衛兵は口をつぐんだ。
手首の拘束が外された。血が巡る感覚が戻ってくる。じんじんする。結構きつく縛られてたんだな。
エリカが小さく息を吐いた。肩の力が抜けている。こいつも緊張してたのか。表情には出さなかったけど。
俺は手首をさすりながら、小声でエリカに聞いた。
「なんで信じてくれたんだ? 俺たち、どう見ても怪しいだろ」
「スマホのインパクトが大きかったんじゃない? あの技術は精霊界には——」
エリカの分析が始まりかけた。が、それより先にフローシャンテリアの声が聞こえた。
聞こえていたのだ。
「嘘をついている人の目は、濁るのです」
高座から降り、俺たちの前に歩み寄る。近くで見ると、瞳の緑が透き通っている。光の玉が彼女の肩の上でゆらゆら揺れていた。
「あなたたちの目は——澄んでいました」
まっすぐにこちらを見て、そう言った。
嘘の分かる目。それが本当なら、とんでもない能力だ。
隣のエリカが小さく呟いた。「\...\...光の属性と関係があるのかしら」
考察はもう始まっている。さすがだ。
『——でも、たしかに見透かされてる気がする』
この人の前では嘘はつけない。理屈じゃなく、そう感じた。
ゼファーが深く頭を下げた。「感謝する、王女殿下。我らの話を聞いてくれたこと、忘れない」
最上位の礼だ。クランの長が他国の王族に対して使う、最大限の敬意。
そう『おしゃべりしたいの』は、末裔全員に影響するみたいだ。
フローシャンテリアは少し驚いた顔をしたが、すぐに穏やかな笑みを浮かべた。
「フローシャンテリアと呼んでください。殿下は、少し堅苦しいので」
光の玉が一つ、俺の周りをくるりと回った。温かい。触れてはいないのに、肌にほんのりと熱が伝わる。
——こうして俺たちは、精霊界での最初の味方を得た。




