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使徒がドジすぎて、巻き込まれた高校生が、破壊神と交渉してきます  作者: 松本正樹
第9章「風の歌を奏でん」
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第9節「エリカの決意」


 白い光の中にいた。


 体が浮いている。上も下もわからない。音がない。風もない。ただ白い光だけが、どこまでも広がっている。


 二度目の転移だ。最初の時は何が起きたかもわからなかった。今は少しだけ慣れている。少しだけ。


 ゼファーが近くにいるのがわかった。目を閉じて、静かに佇んでいる。弓を------千射弓を胸に抱えたまま。穏やかな顔だった。覚悟を決めた人間の顔だ。


 エリカは------少し離れたところにいた。


 手を伸ばせば届きそうな距離。だが光の中では距離感がおかしくなる。近いのか遠いのか、わからない。


 エリカの表情が見えた。


 ------暗い顔だった。


 目を伏せて、唇を噛んで、何かを考え込んでいる。さっきまでタクシマルに笑顔を向けていた顔とは別人のようだ。


声をかけようとした。だが------言葉が出なかった。光の中では声が届かないのか。それとも、声をかけるべきではないのか。


わからないまま、俺はエリカを見ていた。



 エリカは考えていた。


 光に包まれた白い空間の中で。一人きりで。


『私は------末裔じゃない』


 カイトには痣がある。ゼファーにも痣がある。覚醒して、色が変わった。緑と青のグラデーション。風の柱の証。


自分にはない。


どこを探しても、あの紋様はない。


『カイトやゼファーさんのように特別な力を持っていない。この旅についていっても------いいのかしら』


 ピンクのめがね。あれがなければ、星の遺跡の壁は読めなかった。風のさかずきも見つけられなかった。転移の言葉も解読できなかった。


でも------それは魔道具の力だ。


自分の力じゃない。


めがねを外したら、自分には何が残る? 学校の成績がいいだけの、普通の女の子。確率を計算して、データを並べて、分析する。それだけ。


『二人は旅を続けられる』


 カイトには直感がある。考えるより先に体が動く。ゼファーには四十五年の経験がある。二人とも末裔だ。覚醒具を見つける使命がある。


自分には------ない。


『むしろ足手まといなんじゃ......』


 弱気が、胸の底から湧き上がってきた。


白い光の中で、エリカは自分の手を見つめた。何も持っていない手。めがねも、覚醒具も、痣もない、ただの手。


 しかし------。


 不意に、顔が浮かんだ。


カイトの顔。


あの無責任で楽観的で、でも絶対に逃げない男の子の顔。養子縁組の時、泣きそうになりながらタクシマルを抱き上げていた顔。


『お前も強くなれよ』------タクシマルにそう言っていた。自分も大して強くないくせに。


 タクシマルの笑顔が浮かんだ。


泣き笑い。涙をぼろぼろ流しながら、それでも「なるよ!」と叫んでいた顔。三歳の子供が、あんなに強く笑えるのだ。


ソクタンの声が浮かんだ。


『私たちの家族に------』


 聖油の温かさを思い出した。タクファーの指の温度。ソクタンの笑顔。


あの温かさは------末裔かどうかなんて関係なかった。


 エリカは拳を握りしめた。


 白い光の中で。一人きりで。


でも------一人じゃない。


『末裔じゃなくても------二人の力になりたい』


 めがねの力かもしれない。自分の力じゃないかもしれない。でも、あの壁の文字を読んだのは自分だ。覚醒の言葉を見つけたのは自分だ。ゼファーの覚醒を------自分が助けたのだ。


道具だろうが何だろうが、やれることがあるなら、やる。


『たとえ私に特別な力がなくても------』


 顔を上げた。


『だから------私は、この旅を続ける』


 光が------変わり始めた。


 白一色だった空間に、色が差してきた。薄い緑。淡い金。見たことのない色彩が、光の向こうから滲んでくる。


エリカの顔が見えた。


さっきまでの暗い表情は------消えていた。


何かを決めた顔だった。目に力がある。唇が引き結ばれている。泣きそうなのを堪えているようにも見えたが------弱さじゃない。覚悟だ。


何があったかは聞かなかった。


聞かなくても、わかる。


こいつは------大丈夫だ。


 光が晴れていく。


色が溢れてきた。緑、金、青------見たことのない鮮やかさ。空気が変わった。草原の乾いた風じゃない。湿り気のある、甘い空気。花の匂い。


足元に地面が戻った。柔らかい。草じゃない。苔------いや、何か別のものだ。


目の前に------世界が広がっていた。


巨大な樹が見えた。空を突き破るほどの大樹。幹が金色に輝いている。枝には光る葉が揺れていた。あれは------木の葉じゃない。光そのものだ。


空は薄い紫色。雲が虹色に輝いている。


遠くに、白い塔が見えた。いくつも。尖塔が空を指している。その周りを------何かが飛んでいる。鳥? いや、違う。光の粒だ。意志を持ったように漂っている。


次の世界。


隣でエリカ息を呑んだ。


「きれい......」


 その声に、もう迷いはなかった。



**第9章「風の歌を奏でん」 了**


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