第7節「千射弓」
養子縁組の余韻も束の間。現実が待っていた。
「次の世界に行くには、ゲートの鍵が必要だ」
ゼファーのテントに集まった三人。エリカが切り出した。
テントの中は薄暗い。入口から差し込む光だけが頼り。地面に敷かれた毛皮の上に座り、俺たちは輪になっていた。
「カイトの勾玉は最初の転移で使った。もう鍵としては機能しない。つまり------新しい鍵がいる」
「どこにあるんだ?」
「わからない」
わからないのか。
『ここまで来て、行き方がわからないって------』
俺は勾玉を握った。首から下げたまま、いつも身につけている。あの日、「放牧民の国」と唱えて光に包まれた。あれが最初で最後の転移だった。
エリカが腕を組んだ。眉間に皺を寄せて考え込んでいる。分析モードだ。
「覚醒具が星の遺跡にあったんだから、ゲートの鍵もこの国のどこかにあると思うんだけど------」
「ある」
ゼファーが立ち上がった。
テントの奥に歩いていく。布に包まれた長いものを持って戻ってきた。床に置く。布を開く。
古びた弓だった。
木製。弦は切れている。柄には亀裂が入り、先端は欠けていた。どう見ても使い物にならない。博物館行きだ。
だが------不思議な存在感があった。古いだけじゃない。何かを宿している感じ。勾玉を初めて見た時に似ている。
「『静寂の弓』------先祖代々伝わる弓だ」
ゼファーが弓を見下ろした。
「もう使えないほど古いが、捨てられずに保管されていた。なぜ捨てられなかったのか------昨日までわからなかった」
覚醒して、わかったのだ。この弓がただの弓ではないことを。
「覚醒の時に、見えたのか?」
「はっきりとではない。だが------この弓が次の道に繋がると、確信がある」
エリカがすでにめがねに手をかけていた。目が輝いている。新しい謎。新しい古代文字。この子にとっては最高のご馳走だ。
「見せてください」
エリカが弓を手に取った。丁寧に。壊れそうなほど古い。両手で支えて、ゆっくりと回す。
「......美しい弓だったんでしょうね、これ。曲線が綺麗。材質は------何だろう、見たことのない木だわ」
「柄に文字がある......」
エリカが弓の柄を指でなぞった。確かに、何か刻まれている。肉眼では風化して読めないが、模様の痕跡は残っていた。
「めがねで読める?」
「たぶん。でも------」
エリカが俺たちを見た。
「後ろを向いて」
「知ってた」
俺とゼファーは背を向けた。もう手慣れたものだ。ゼファーも二回目なので渋らない。
背後で、あの恥ずかしい呪文が小さく聞こえた。
「読めた」
振り返る。エリカがめがねをかけたまま、弓の柄を凝視していた。
「転移の言葉が刻まれてる」
「なんて書いてある?」
エリカの頬が赤くなった。
嫌な予感がした。
「......『旅人よ風を切り進め』」
「普通じゃん」
「普通じゃないわよ! これ私が読み上げるんでしょ!? 『旅人よ風を切り進め』って------なんかこう------恥ずかしくない!?」
「いや、俺のは『世界で一番愛してる』だったぞ。それに比べたらマシだろ」
「それはそうだけど!」
エリカが弓を抱えたまま唸った。顔が真っ赤だ。
「なんでこう......恥ずかしい言葉ばっかりなの......」
「アマルの趣味だろ」
「神様の趣味にしては悪趣味すぎない!?」
ゼファーが腕を組んで黙って聞いていた。口元がわずかに緩んでいる。笑いを堪えている。覚醒して一日で、もうこの二人の掛け合いに慣れたらしい。
「それでだ」
俺はエリカに言った。
「お前がめがねで調べるから、お前が言うことになるんだよな。毎回」
エリカが固まった。
「......たしかに」
「ゼファーに教えて、ゼファーが言えばいいんじゃないか?」
「あ」
エリカが目を丸くした。そこに気づいていなかったらしい。
「そ、そうよね! 転移の言葉を唱えるのは、鍵の持ち主でいいはずだし------」
ゼファーが頷いた。
「わしが言おう。弓はわしのものだ」
エリカの肩から力が抜けた。ほっとした顔。今回ばかりは心底安堵しているらしい。
「じゃあ------この弓がゲートの鍵ね。ゼファーさんが『旅人よ風を切り進め』と唱えれば、次の世界に行ける」
エリカがめがねを外した。弓をゼファーに返す。
ゼファーが弓を受け取った。古びた木に触れる。先祖が残した道。
「静寂の弓か......」
ゼファーが呟いた。
「お前も------長い眠りから覚める時が来たな」
弓に語りかけるゼファーの横顔は、穏やかだった。
エリカが立ち上がり、テントの入口から外を覗いた。
「天気もいいし------明日には出発できるわね」
「早いな」
「のんびりしてる暇はないでしょ。覚醒してない末裔が、まだたくさんいるんだから」
そうだった。ゼファーが覚醒した時に見えた------他の世界に、まだ仲間がいる。
ゲートの鍵は見つかった。転移の言葉もわかった。
あとは------旅立つだけだ。




