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使徒がドジすぎて、巻き込まれた高校生が、破壊神と交渉してきます  作者: 松本正樹
第9章「風の歌を奏でん」
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第6節「養子縁組」


 翌日。空は晴れていた。


 雲ひとつない青空。風が穏やかに吹いている。まるでこの日を祝っているような天気だった。


 野営地の中央に、円が作られていた。


 地面に白い石灰で描かれた大きな円。その周りをクランの全員が囲んでいる。老人も子供も、全員が正装だった。普段の革鎧や作業着ではなく、刺繍が施された祭り用の衣装。色とりどりの布が風にはためいている。


 円の中心に、長老たちが立っていた。五人。全員が白髪で、顔に深い皺が刻まれている。手にはそれぞれ、聖油の入った小さな壺を持っていた。


 俺とエリカは円の外に立たされていた。


 タクファーが近づいてきた。彼も正装だ。いつもの気さくな顔が、今日は引き締まっている。


「緊張するか?」


「......ちょっとだけ」


 嘘だ。かなり緊張している。


隣のエリカはもっと酷い。顔が真っ白だ。手が小刻みに震えている。


「エリカ、大丈夫か」


「だ、大丈夫。ぜんぜん大丈夫」


 大丈夫じゃない声だった。


タクファーが苦笑した。


「難しいことは何もない。膝をついて、長老の言葉を聞いていればいい。言葉がわからなくても構わない」


「わからないのか?」


「古い言葉だからな。わしも半分くらいしかわからん」


 長の息子がそれでいいのか。


ソクタンがエリカの手を取った。ぎゅっと握る。


「大丈夫よ。私の時も緊張で倒れそうだったけど------なんとかなったから」


「ソクタンさんも養子縁組を?」


「嫁入りの儀式よ。ほぼ同じ。長老が祝詞を唱えて、聖油を塗って、終わり」


「意外とシンプルなんですね」


「草原の民は質素だからね。大事なのは形じゃない。心だよ」


 ソクタンがにっと笑った。エリカの顔に少し血の気が戻る。


長老のひとりが杖を地面に打ちつけた。コン、と乾いた音が響く。


始まりの合図だ。


俺とエリカは円の中に入った。


中央まで歩く。全員の視線が集まっている。百人の目。草原の風。頭上の青い空。


膝をついた。地面が冷たい。草の匂いが鼻をくすぐる。


隣でエリカも膝をついた。ちらりと横を見ると、目を閉じて唇をきゅっと結んでいる。


『......こいつ、本気で緊張してるな』


 長老たちが祝詞を唱え始めた。


 古い言葉。意味はわからない。だが------声の響きが胸に染みた。低い声が重なり合い、うねるように空に昇っていく。何百年も唱え続けられてきた言葉。その重みが、音だけで伝わってくる。


風が止んだ。


祝詞の声だけが、草原に響いていた。


どれくらい経っただろう。長かったような、一瞬だったような。


祝詞が止んだ。


 静寂。


 タクファーとソクタンが円の中に入ってきた。二人の手には、小さな壺。聖油だ。


タクファーが俺の前に立った。ソクタンがエリカの前に立った。


タクファーの指が壺に入り、聖油をすくった。琥珀色の油。甘い香りがした。蜂蜜に似ているが、もっと深い。


 タクファーの指が、俺の額に触れた。


 ------温かかった。


 聖油の温度じゃない。タクファーの指の温度だ。


 額に十字を切るように、聖油が塗られた。


 隣では、ソクタンがエリカの額に同じことをしていた。


 タクファーが口を開いた。


「今日よりお前たちは------風の草原クランの一員だ」


 ソクタンが続けた。


「我が家族として迎え入れる。風と共に、草原と共に」


 ------終わった。


 それだけだった。


祝詞も、聖油も、言葉も。全部で十分もかからなかっただろう。質素だ。派手な演出はない。光も音楽もない。


だけど------胸がいっぱいだった。


額の聖油がじんわりと温かい。


『家族が増えた......異世界で、家族ができた......』


 不思議な気持ちだった。日本には両親がいる。ばあちゃんもいる。それとは別に------ここにも家族がいる。血は繋がっていない。住む世界すら違う。なのに、家族だ。


『悪くない------いや、悪くないどころじゃない』


 目頭が熱くなった。泣くな。泣くなよ。


隣を見た。エリカは------もう泣いていた。静かに、ぼろぼろと涙を流している。


「エリカ......」


「うるさい......泣いてない......」


 泣いてるだろ。盛大に。


 その時だった。


「カイト兄ちゃん! エリカねーちゃん!」


 小さな弾丸が突っ込んできた。タクシマル。全速力で駆けてきて、俺とエリカの間に飛び込んだ。


「本当の兄ちゃんと姉ちゃんになったんだ!」


 三歳児の全力の笑顔。これに勝てる武器はこの世にない。


俺はタクシマルを抱き上げた。


「ああ。本当の兄ちゃんだ」


 タクシマルがきゃっきゃと笑う。エリカがその頭を撫でた。涙で目が赤い。


「よろしくね、タクシマル」


 タクシマルが両手を広げた。エリカに抱きついた。


「ねーちゃん、なんで泣いてるの?」


「嬉しいから」


「嬉しいのに泣くの?」


「泣くの」


 タクシマルは不思議そうに首を傾げた。三歳にはまだわからないだろう。いつかわかる。嬉しくて泣く日が、お前にも来る。


クランの全員が拍手していた。


風が吹いた。草原を渡る、柔らかい風。


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