表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
使徒がドジすぎて、巻き込まれた高校生が、破壊神と交渉してきます  作者: 松本正樹
第9章「風の歌を奏でん」
79/132

第5節「別れの宴」


 星の遺跡から戻ったゼファーは、一晩何も語らなかった。


 テントに入り、ひとりで考えていたらしい。タクファーが食事を運んだが、ほとんど手をつけなかったという。


 翌朝。


 ゼファーがテントから出てきた。


「全員を集めろ」


 短い一言だった。タクファーが頷き、野営地を走り回った。


 朝日が草原を照らす中、風の草原クランの全員が集まった。子供から老人まで。ざっと百人ほど。皆、何事かと顔を見合わせている。


 ゼファーが全員の前に立った。


 背筋がまっすぐだった。いつもの長の姿。だが、纏っている空気が違う。覚醒したからだろうか。存在そのものが、一回り大きく見えた。


「わしは------末裔だった」


 静まり返った。


 風の音だけが聞こえる。


「詳しいことは省く。わしは世界を救う旅に出なければならない」


 ざわめきが起きた。当然だ。いきなり長が「世界を救う」と言い出したのだ。


 だが------ゼファーが手を上げると、静まった。一瞬で。この人が長である理由がわかる瞬間だった。


「クランを継ぐのは、タクファーだ」


 タクファーが一歩前に出た。


「父上の決断を、尊重します」


 声は落ち着いていた。だが拳が白くなるほど握りしめられている。


『泣きそうなのを堪えてるんだな......』


 クランの仲間たちの反応は様々だった。泣いている者。唇を噛んでいる者。黙って空を見上げている者。


 子供がひとり、母親の服を引っ張った。


「ゼファー様、どこ行くの?」


 小さな声が、静寂に響いた。


 ゼファーが膝をついた。子供と目線を合わせる。


「遠くへ行く。だが------必ず帰ってくる」


 子供は泣きそうな顔で頷いた。


 だが------誰も引き留めなかった。


 長老のひとりが口を開いた。


「長の決断を尊重する------それが草原の掟だ」


 別の長老が頷いた。


「風の神ゼフィロスが、お前を導くだろう」


 ゼファーが深く頭を下げた。四十五年間、この草原で生きてきた男の、最後の礼だった。



 その夜。送別の宴が開かれた。


 焚き火が三つ。夜空に火の粉が舞い上がる。


 肉が焼ける匂い。馬乳酒の甘い香り。どこかで誰かが歌っている。草原の民の歌。低い声が風に溶けていく。


 俺は焚き火の近くに座っていた。手には馬乳酒の椀。半年前は飲めなかったこれが、今はうまい。


「カイト兄ちゃん!」


 タクシマルが突進してきた。膝に飛び乗る。重い。三歳児の重さをなめてはいけない。


「もういっかい、あれやって!」


「あれって?」


「たかいたかい!」


「お前、さっき五回やっただろ」


「もういっかい!」


 断れるわけがなかった。


 タクシマルを高く持ち上げる。きゃあきゃあと笑い声が夜空に響く。無限の体力が、こんなところで役に立つとは思わなかった。


「はい、十回目。これで最後な」


「えー!」


 ソクタンが笑いながらタクシマルを回収していった。「この子ったら、カイトにべったりなんだから」


 焚き火の向こうでは、クランの若い衆がゼファーを囲んで騒いでいた。馬乳酒を注ぎまくっている。ゼファーは苦笑しながらも、一杯ずつ受けていた。


 やがて若い衆が別の焚き火に移動した後、ゼファーがこちらに来た。俺の隣にどかっと座る。


「飲みすぎたか?」


「わしを誰だと思っている。草原の男が馬乳酒で潰れるか」


 少し酔っているな、この人。


 ゼファーが空を見上げた。星が近い。手を伸ばせば届きそうだ。


「カイト」


「ん?」


「......礼を言う」


「何の」


「お前が来なければ------わしは一生、父の言葉の意味を知らないままだった」


 ゼファーの横顔が焚き火に照らされていた。赤い光。穏やかな顔だった。


「俺は巻き込んだだけだろ」


「巻き込まれたのではない。導かれたのだ」


 それは------俺じゃなくて、お前の親父さんにだろ。


言いかけて、やめた。今夜は素直に受け取っておこう。


「......どういたしまして」


 ゼファーが、ふっと笑った。珍しい。この人が笑うと、十歳くらい若く見える。


『最後の夜だもんな......』


 視線を移すと------エリカがソクタンの隣に座っていた。


二人は何やらこそこそと話している。エリカが身を乗り出し、ソクタンの耳元で何か囁いた。


ソクタンの目が丸くなった。


「実は------歴史の部屋で興味深いことを知ったの」


 エリカの声が、風に乗ってかすかに聞こえた。


「この国を最初に作ったクランの長はね------女だったの」


 ソクタンの目がさらに大きくなった。


「その女傑は、知恵で荒くれの男ども全てを従えた。それがこの国の始まりだったんですって」


 沈黙。


そして------ソクタンが盛大に笑った。


「なんだ、男を従えるのは伝統なのか!」


 二人が声を上げて笑っている。タクファーが怪訝そうにこちらを見たが、妻の笑い声に首を傾げるだけだった。


『知らぬが仏って、こういうことだな......』


 焚き火がぱちりと爆ぜた。


火の粉が舞い上がる。夜空に溶けて消えていく。


歌が聞こえる。今度は女たちの歌だ。高い声が澄んだ夜空に響く。草原の風に乗って、どこまでも広がっていく。


酒を飲み、肉を食い、歌い、笑う。


こういう夜が、ずっと続けばいいのに------そう思った瞬間、それが叶わないことを思い出した。


明日からは、次のステップが始まる。


養子縁組の儀式。そして------旅立ち。


 椀の中の馬乳酒を飲み干した。


 ほんの少しだけ、苦かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ