表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
使徒がドジすぎて、巻き込まれた高校生が、破壊神と交渉してきます  作者: 松本正樹
第9章「風の歌を奏でん」
78/132

第4節「ゼファーの覚醒」


 エリカが杯の側面に刻まれた古代語を読み上げた。


「覚醒の言葉は------『恵みの雨に感謝する』」


 恵みの雨に感謝する。


俺の時は「世界で一番愛してる」だった。なんというか------こっちの方がずっとまともだ。


ゼファーは杯を見つめていた。動かない。


手を伸ばせば届く距離。なのに、その手が動かない。


長い沈黙が落ちた。


天井からの光が杯を照らし続けている。埃が金色に舞う。静かだった。自分の心臓の音が聞こえるくらいに。


『......迷ってる』


 わかった。表情を見ればわかる。ゼファーの目が揺れていた。


この人は、クランの長だ。四十五年をこの草原で生きてきた。息子がいる。孫もじきに生まれるかもしれない。クランの仲間がいる。守るべきものが、ここにある。


覚醒すれば------旅に出なければならない。


それは、この全てを置いていくということだ。


俺は何も言わなかった。エリカも黙っていた。タクファーも。


これはゼファーが自分で決めることだ。


ゼファーが口を開いた。


「------少し、昔の話をしていいか」


 低い声だった。壁に反響して、丸い天井をぐるりと巡る。


「わしがまだ子供の頃------父が生きていた頃の話だ」


 ゼフト。ゼファーの父。ガルダに毒殺された男。


「ある日、父がわしを連れて草原に出た。二人きりだった。父は草原を眺めながら------横に座るわしに、こう言った」


 ゼファーの目が遠くなった。過去を見ている。


「『ゼファーよ。星の遺跡を知っているか?』」


 幼い頃の父の声。ゼファーが再現する声は、いつもより柔らかかった。


「わしは答えた。『うん。お父さんから聞いた。僕たちのクランがいっぱい書かれているところ』」


 タクファーが息を飲んだ。祖父の話。生まれる前に死んだ、会ったことのない祖父。


「父は笑った。そして言った------」


 ゼファーが目を閉じた。


「『もしお前が道を求めるなら、星の遺跡に行きなさい』」


 道を求めるなら。


「わしは聞いた。『道ってなあに?』」


「父は答えた。『大人になったらわかるさ』------そう言って、わしの頭を撫でた」


 ゼファーが目を開けた。


杯を見ていた。


「あれから四十年近く経った」


 声が低く響いた。


「父は殺された。道が何かもわからないまま、わしは長になった。クランを守ることだけを考えて生きてきた。それが道だと思っていた」


 ゼファーの手が、ゆっくりと杯に伸びた。


「だが------」


 指先が杯に触れた。


「お前たちが来た」


 俺を見た。エリカを見た。


「異世界から来た子供が二人。末裔の話。覚醒具。まるで父が用意したかのように------道が、ここにあった」


 ゼファーが杯を掴んだ。両手で。包み込むように。


古びた石の杯。掌にすっぽり収まる。軽い。だがゼファーの手は、何か途方もなく重いものを持っているように見えた。


「先祖が------わしを見守ってくれている」


 ゼファーが立ち上がった。


杯を胸の前に掲げる。天井の光がゼファーの顔を照らした。目に迷いはなかった。


四十五年の人生。父の遺言。長としての責任。


全てを背負ったまま------ゼファーは前に進むことを選んだ。


「恵みの雨に感謝する」


 声が、部屋全体に響いた。



 まぶしい。目を細めた。杯から溢れた光が、ゼファーの手を、腕を、全身を包んでいく。緑と青が混ざり合った光。草原の色。空の色。


風が吹いた。


洞窟の中なのに------風が吹いている。どこからともなく。ゼファーを中心に、渦を巻くように。髪が舞い上がり、服がはためく。


風に匂いがあった。草の匂い。野営地の焚き火の匂い。馬の匂い。この半年で嗅ぎ慣れた------草原の匂い。


『これは------ゼファーの風だ』


 理屈じゃない。そう感じた。この風は、ゼファーそのものだ。四十五年の記憶が風になって吹いている。


「------ッ」


 ゼファーが目を見開いた。


知識が流れ込んでいるのだ。俺の時と同じ。覚醒具が末裔に真実を伝えている。自分が何者であるか。何をすべきか。


光が強くなる。もう直視できない。腕で目を覆った。


風の音が高くなった。笛のような音。草原を駆ける風の音。



唐突に、全てが止んだ。


光が消えた。風が止んだ。


 静寂。


 腕を下ろす。目を開ける。


ゼファーが立っていた。


杯を握りしめたまま、微動だにしない。


「ゼファーさん......?」


 エリカが小声で呼んだ。


ゼファーが振り返った。


その目が------変わっていた。深い。底が見えないほど深い。知識と覚悟を飲み込んだ目だ。


「俺は------」


 声が震えた。この男が震えるのを、初めて見た。


「風の柱の末裔------」


 ゼファーが杯を下ろした。ゆっくりと。


「ゼフィロスの末裔だった」


 だった------じゃない。もとからそうだったのだ。生まれた時から。父のゼフトも、そしてその前の先祖も------ずっと。


ゼファーが深く息を吸った。吐いた。何かを噛み締めるように。


「全て------見えた。わしが何者か。何をすべきか」


「何が見えたんですか」


 エリカが聞いた。声を抑えて。


「仲間がいる。他の世界に、まだ覚醒していない末裔たちが」


 ゼファーが俺を見た。


「カイト。お前が集めるのだ。十二人の末裔を。そして------始まりの地へ向かう」


 始まりの地。聞いたことがある。アマルが創った最初の世界。


「ゼファーさん、痣......」


 エリカが指さした。


ゼファーが腰に手をやった。服をずらす。臀部の痣。


白と黒だった紋様が------変わっていた。


 緑と青のグラデーション。草原と空の色。風の色だ。


 鮮やかに、力強く、脈打つように光っている。


タクファーが膝をついた。


「父上......」


 それだけだった。それ以上の言葉はいらなかった。


ゼファーがタクファーの肩に手を置いた。何も言わない。ただ、しっかりと。


俺は二人を見ていた。


自分の覚醒の時のことを思い出す。あの時、俺は何もわからなかった。わけもわからず光に包まれて、気がついたら末裔になっていた。


ゼファーは違う。四十五年の人生をかけて、ここに辿り着いた。父の遺言を胸に、長としてクランを守り続けて------ようやく。


『......重さが、違うんだな』


天井の星が、いつもより明るく見えた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ