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使徒がドジすぎて、巻き込まれた高校生が、破壊神と交渉してきます  作者: 松本正樹
第9章「風の歌を奏でん」
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第2節「歴史の部屋」


 ------大きな空間が広がっていた。


 体育館くらいある。いや、それ以上かもしれない。松明の光だけでは全体が見えない。


 空気が違った。洞窟の湿った冷気ではなく、乾いた静寂。何百年分の時間が詰まっているような、重たい空気だ。足を踏み入れた瞬間、自分たちの足音が丸い天井に反響して、ぐるりと空間を巡った。


 だが、目を引いたのは広さじゃなかった。


 壁だ。


 壁一面に、びっしりと文字が刻まれていた。上から下まで。右から左まで。隙間なく。古代語、紋様、見たことのない記号------全てがぎっしりと岩を埋め尽くしている。


「うわ......」


 声が漏れた。圧倒された。


そして天井を見上げて、息を飲んだ。


穴が開いている。無数の小さな穴。そこから光が差し込んでいた。細い光の筋が何十本も降り注ぎ、暗い空間を貫いている。


 まるで------星だ。


 天井に星空が広がっているように見えた。


「だから星の遺跡と呼ばれている」


 タクファーが静かに言った。その声にも、敬意がこもっていた。


「綺麗......」


 エリカが呟いた。光の筋が舞う埃を照らし、金色の粒が漂っている。


エリカはふらふらと壁に近づいた。文字に目を走らせている。


「すごい......紋様だけじゃない。絵もある。これ、狩りの場面? こっちは------祭りかな......」


 指が壁をなぞりそうになって、寸前で止まる。触れてはいけないと本能で察したのだろう。


ゼファーが一歩前に出た。


「ここは『創始の部屋』だ」


 振り返る。松明の光がゼファーの顔を照らした。いつもの厳しい顔。だが目だけが違う。深い感慨。


「風の草原クランの神話から現代までの歴史が、この壁に記されている」


 ゼファーが壁に手を触れた。指先が文字をなぞる。


「驚くべきことに------この部屋は今も歴史を刻み続けている」


「えっ。誰が書いてるんですか?」


 エリカが聞いた。


「誰も書いていない。勝手に刻まれるのだ」


 ------勝手に。


岩に文字が勝手に刻まれる。魔法なのか。それとも、もっと別の何かか。


タクファーが壁の一角を指さした。


「ここが比較的新しい。父上がクランを引き継いだ記録だ」


 目を凝らす。確かに、そこだけ彫りが浅かった。周囲の深く風化した文字と明らかに違う。


「じゃあ......ガルダの不正暴露も、もう刻まれてるのか?」


「おそらくな」


 タクファーが苦笑した。歴史は容赦なく事実を刻む。都合の悪いことも。


ゼファーが俺たちを見た。


「お前たちの話も、いずれここに刻まれるだろう」


 その言葉に、背筋がぞくっとした。怖いんじゃない。なんだろう、この感覚。歴史の一部になるという実感。自分たちがやってきたことが、この壁に残る。


『......責任重大じゃねぇか』


 俺は改めて壁を見回した。


文字の量が尋常じゃない。上の方なんか松明の光が届かない。天井近くまでびっしりだ。一文字一文字が小さくて、目を凝らさないと読めない。


というか------読めない。古代語だ。


エリカは壁から壁へ、忙しなく動き回っていた。目がらんらんと輝いている。完全にスイッチが入っている。


「ねえカイト、ここの文字体系、少なくとも三種類あるわ。時代ごとに変遷してる。これだけで論文が十本書ける------」


「落ち着け学者」


『これ全部読むのに何年かかるんだ......』


 気が遠くなった。百年あっても足りない気がする。いっそ住み込みでもするか。


その時、隣でエリカがニヤリと笑った。


嫌な予感がした。


「任せて」


 エリカがポケットからピンクのめがねを取り出した。フレームが松明の光を反射して、場違いなほどキラキラしている。


「全員、後ろを向いて」


 出た。定番のやつだ。


「耳もふさいでね」


「はいはい」


 俺は後ろを向いた。タクファーも慣れたもので、すぐに背を向ける。ゼファーだけが一瞬眉をひそめたが、タクファーに肘でつつかれて渋々振り返った。


『親父にそれやるか、タクファー......』


 背後で、エリカが深呼吸する音が聞こえた。


すぅ------はぁ------。


溜めが長い。毎回思うが、どんどん溜めが長くなってないか。


耳をふさげと言われたが------正直、もう聞こえてしまっている。


小さな声。だが確実に聞こえた。


あの呪文。


俺は天井の星を見上げて、笑いをこらえた。


『......毎回よく言えるな、あれ』


背後で、かすかに光が生まれた気配がした。


星の遺跡の歴史が------今、エリカの頭に流れ込んでいるはずだ。


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