第3節「逆転の作戦」
ゼファーが重い口を開いた。
「------あの旅人は、わしにこう言った」
ランプの炎が揺れる。ゼファーの影が壁に長く伸びていた。
「『異世界から来た者たちを、星の遺跡に連れて行ってはならぬ』と」
俺はエリカと顔を見合わせた。
「星の遺跡に------行かせたくなかった?」
「ああ。あの男は、それだけは譲らなかった。わしに巻物を渡した時もそうだ。『これを使え。だが異世界人だけは遺跡に近づけるな』と」
エリカが目を細めた。
「逆に考えれば------星の遺跡にはそれだけ重要な何かがあるということですね」
「おそらくは」
ゼファーが頷く。だがその顔は晴れない。
「しかし------わしはお前たちを遺跡に連れていくことができん」
声が低い。苦しそうだった。
「血の約定がある。『競技会で優勝しなければ名誉ある客人にはなれない』------名誉ある客人でなければ、聖地への立ち入りは許されぬ」
俺は黙った。
血の約定。この世界で最も重い契約だ。破れば一族の名誉が地に落ちる。ゼファーにとって、それは命より重い。
「さらに------ガルダとの血の約定もある」
ゼファーの拳が膝の上で握られた。
「明日が約定履行の日だ。タクファーは最下位。ボルカが優勝した以上、鉄の牙の要求を飲まねばならん。家畜の半数と草原の使用権を渡すことになる」
二つの問題。
一つ目------ガルダとの血の約定。負ければクランの財産を失う。
二つ目------俺とゼファーの血の約定。優勝しなかったから星の遺跡に行けない。
どっちも詰んでる。
『------いや、待てよ』
頭の中で何かが引っかかった。
二つの問題。でも------根っこは繋がってないか?
ガルダとの約定は「順位が上なら勝ち」だ。ボルカが優勝してタクファーが最下位。普通に考えれば負けだ。
だが------ボルカの優勝は本当に正当か?
タクファーの落馬は事故じゃない。あの旅人が仕掛けた。つまりガルダ側の不正だ。不正があれば約定の前提が崩れる。
ガルダとの約定が崩れれば------ナクナーレの巻物が使える。
全部、繋がった。
「ゼファーさん」
俺は顔を上げた。
「もし鉄の牙との血の約定が無効になったら------あの巻物で、俺たちの約束もなかったことにできますか?」
ゼファーの目が見開かれた。
「......あの巻物が本物であれば、もちろんだ。だが------」
「ガルダとの約定を先に潰す。その後にナクナーレの巻物で俺たちの約定を消す。順番に片付ければいい」
エリカが俺を見た。目が光っている。
『こいつ、もう分かってるな』
「だが------」
ゼファーが苦しそうに言った。
「ガルダとの約定も血の約定だ。正当に結ばれたものを覆す手段がない。ほっておくわけにもいかん」
「正当に------ですか?」
エリカの声が鋭くなった。
「本当に正当に結ばれたものですか? 十年前の約定は」
ゼファーが息を呑んだ。
「......父上は、あの約定を結んだ時------普通ではなかった。酒に酔った状態だと聞いている。だが証拠がない」
「証拠がなければ------作ればいい」
エリカが静かに言った。
ゼファーが驚いた顔をする。タクファーも目を丸くした。
「作るとは------」
「証拠を捏造するという意味じゃありません。真実を引き出すんです」
エリカの目は真剣だった。
「ガルダが不正をしているなら------その記憶は、ガルダの頭の中にある。嘘はつけても、自分の記憶からは逃げられない」
ゼファーとタクファーが黙った。エリカの言葉の意味を咀嚼している。
俺は立ち上がった。
「ゼファーさん。明日まで時間をください------俺たちに」
ゼファーが俺を見上げた。
「何をするつもりだ」
「ガルダの本音を暴きます」
はっきりそう言った。具体的な方法はまだ言えない。エリカのめがねのことは------俺たちだけの秘密だ。
ゼファーは長い間、俺の目を見ていた。
沈黙が続く。タクファーも口を挟まない。テントの外で馬が一声鳴いた。
ゼファーの目が揺れている。クランの長として、最善の判断を求めている。失敗すれば全てを失う。家畜も草原も。民の暮らしも。
だがやがて------その目が定まった。
「......分かった。信じよう」
そして付け加えた。
「お前はタクシマルを救った。タクファーを救った。我々の恩人が嘘などつかん。でも無理はするな」
その一言が重かった。クランの命運を、十五歳の異世界人二人に託す。それがどれほどの覚悟か、俺にも分かる。
『絶対に------裏切らない』
心の中で誓った。
「ありがとうございます」
頭を下げた。エリカも立ち上がる。
「行きましょう、カイト」
テントを出た。
夜風が頬を叩いた。冷たい。だが気持ちよかった。テントの中の重い空気から解放されて、肺がすっと軽くなる。
見上げると、星が散らばっていた。この世界の星空は、いつ見ても息を呑む。天の川みたいな光の帯が二本、空を横切っている。
俺はエリカに向き直った。
「お前の能力------ガルダのところに行けば、奴の考えが読み取れるか?」
エリカは一瞬きょとんとした。それから------不敵に笑った。
「もちろんよ」
自信に満ちた声。こういう時のエリカは頼もしい。怖いくらいに。
「ガルダの記憶を覗けば、十年前に何をしたか全部分かる。今回の競技会で何をしたかも」
「証拠は------どうやって裁判に出す? お前が見た記憶を、みんなに信じてもらわないと」
エリカが人差し指を唇に当てた。考えている顔だ。
「......直接の証拠にはならないわ。でも、ガルダの手口が分かれば------突き崩す方法が見える。記憶から弱点を探るの。必ずボロがある」
「なるほど。まず敵を知る------ってことか」
「孫子の兵法よ。古典中の古典」
『出た。エリカのうんちくタイム』
だがこの場合、頼もしい。
「よし」
俺は拳を握った。
「行こう。鉄の牙の野営地に」
エリカが頷いた。風が髪を揺らす。
「------ねえ、カイト」
「ん?」
「さっきの『順番に片付ければいい』って、いつから考えてたの?」
「今」
「......今?」
「今思いついた」
エリカが呆れた顔をした。
「あなたって本当------考えるより先に口が動くわよね」
「褒め言葉として受け取っとく」
「褒めてない」
だがエリカの口元は笑っていた。
草原の向こうに、鉄の牙のテントの灯りがかすかに見える。遠い。だが------行ける距離だ。
俺たちは歩き出した。




