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第6節「星の遺跡」


 夕食は大テントで取る。


 風の草原クランの夕食は賑やかだ。焚き火を囲んで、クランの主要な面々が集まる。羊肉の丸焼き。香辛料の匂い。乾燥させた果実を漬けた酒。ゼファーの家族と長老たちが車座になって座り、笑い声が絶えない。


俺とエリカもその輪に加わっている。半年前は端っこで小さくなっていたけど、今ではすっかり馴染んだ。


ゼファーが酒を飲んでいた。


うまそうに飲んでいるが、ちびちびだ。あの人、酒に弱いのか。


「ゼファーさん、顔赤いですけど」


「うるさい。飲めと言っている」


 差し出された杯を受け取る。俺は未成年だけど、この世界にそんな法律はない。一口飲んだ。------辛い。喉が焼ける。


「こいつは------強えな」


「草原の酒は男の飲み物だ。ひと口で顔を歪めるな」


 言ってる本人の顔が一番赤い。


タクファーが隣で苦笑していた。父親のこの姿を何度も見てきたのだろう。ソクタンはエリカの隣でくすくす笑っている。



普段は二言三言しか話さない男が、酒杯を片手に延々と語り始める。クランの歴史。風の草原の名前の由来。祖父の時代の大嵐の話。


口調まで変わっている。厳格なクランの長が------気のいい爺さんになっていた。


「昔はなあ、この草原はもっと広かった。地平線の向こうまで------どこまでも続いていたものだ」


 長老たちが「また始まった」という顔で酒を飲んでいる。恒例行事らしい。


エリカが俺の袖を引いた。


小声で囁く。


「今よ。星の遺跡のこと、聞いて」


 タイミングとしては完璧だ。酔ったゼファーなら気軽に答えてくれるかもしれない。


「ゼファーさん。星の遺跡ってどんな場所なんですか?」


 ゼファーの目がぱっと輝いた。



「おお。星の遺跡か。いい質問だ」


 杯をどんと置いて、身を乗り出す。


「あれは------わしらの誇りだ。風の草原クランが千年以上守り続けてきた聖地。巨大な地下空洞があって、壁面一面に風の草原クランの成り立ちと歴史が刻まれている」


「壁一面に?」


「ああ。文字でいっぱいになると新しく空洞を掘り、また新たに歴史を刻む。何代ものクラン長がそうしてきた。わしも------若い頃に一度だけ入って記したことがある」


 ゼファーの目が遠くなった。酔いのせいか、少し感傷的だ。


「各クランにもそういう聖地はあるのですか?」


「ある。それぞれの形でな。だが星の遺跡ほど古いものは他にない」


 エリカがさりげなく質問を重ねた。


「初代の洞窟は今も残ってるんですか?」


「もちろんだ。一番奥にある。誰にも触れさせん。------ただ、あの洞窟に刻まれた文字はもう読めん。古代の言葉で書かれていてな」


 古代語の記述。エリカと目が合った。やはりソクタンの話と一致する。


ゼファーが急に胸を張った。


「それでな------ここだけの話だが」


 酔っぱらいの「ここだけの話」は、だいたい全員に聞こえている。


「わしの痣が------星の遺跡の初代の洞窟に同じ模様があるのだ」


 どよめきはなかった。長老たちは「はいはい、また自慢ね」という顔。タクファーは無表情で酒を飲んでいる。知っている話なのだろう。



エリカの手が震えていた。板を握りしめている。


俺の心臓も跳ねた。


星の遺跡の初代の洞窟に、ゼファーの痣と同じ紋様がある。


ゼファーの痣は俺と同じ。


つまり------星の遺跡に刻まれた古代の紋様は、末裔の痣と同じだ。


『行かなきゃ。あの遺跡に------絶対に行かなきゃいけない』


「ゼファーさん」


 声が自然と出ていた。


「俺------星の遺跡に行ってみたいです」


 ゼファーの表情が変わった。酔いが少しだけ醒めたような目。


「......行けん」


「なぜですか」


「星の遺跡に行けるのは、風の草原クランの血族か------」


 一拍。


「------名誉ある客人だけだ」


 名誉ある客人。俺は風の草原クランの養子だが、血族ではない。


「名誉ある客人って、どうすればなれるんですか」


「クランに真に貢献した者だ。長老会の全員が同意しなければならん」


 長老たちがこちらを見た。好意的な目もあれば、懐疑的な目もある。半年間一緒に暮らしたとはいえ、余所者は余所者だ。


「何か------方法はありませんか」


 ゼファーが杯を置いた。


しばらく考え込んでから、低い声で言った。


「風の勇者で優勝すれば------認められるだろう」


 風の勇者。百キロの過酷なレース。エリカから聞いたばかりだ。


「ただし------」


 ゼファーの目が鋭くなった。酔いの赤みとは裏腹に、声に厳しさが戻る。


「お前には決して無理だ」


 断言だった。


「あの競技は走力だけでは勝てん。馬と騎手の絆が最も大切な競技で------お前が勝てる見込みは万が一にもない」


 厳しい。けど------嘘じゃない。


確かに俺はこの半年で馬に乗れるようにはなった。振り落とされることもなくなった。でも放牧民は生まれた時から馬と共に育つ。その絆に半年で追いつけるはずがない。


ゼファーの言葉は正しい。


「------それでも」


 口が勝手に動いた。


「やってみたいです」


 ゼファーは何も言わなかった。


杯を持ち上げて、一気に飲み干した。


それが答えなのか、それとも答えを保留しただけなのか------わからなかった。


焚き火がぱちぱちと爆ぜる。夜空に火の粉が舞い上がる。


エリカが隣で板に何か書き込んでいた。


きっと「風の勇者 出場 勝率------」みたいなことだろう。


数字で測れない何かが、この胸の中で燃え始めていた。


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