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第5節「女湯の情報」


 温泉から上がった後。


 テントに戻ると、エリカが待ち構えていた。


「カイト。聞いて」


 目が輝いている。情報を手に入れた時の顔だ。あの板------筆記具を両手で抱えて、今にも弾けそうな勢い。


「ちょっと待て。俺も話がある」


「私が先。量が多いの」


 有無を言わさなかった。


エリカは板を広げて、びっしりと書き込まれた文字を見せた。女湯でソクタンから聞き出した情報らしい。


「まずクランの全体像から。この国には四十七のクランがあるの」


「多いな」


「その中で十のクランが特に歴史があって、王都の評議会に代表を送ってる。風の草原クランはその十の中でも最古のクランよ」


 最古。ゼファーが率いるクランが、四十七のクランの中で最も古い。


「評議会っていうのは?」


「クラン同士の争いを調停したり、国全体の方針を決める機関。放牧王っていうトップがいて、今はカンダールっていう人が務めてるらしいわ」


 エリカの指が板の上を滑る。次の項目。


「それから------評判の悪いクランもあるの。鉄の牙クラン。新興勢力で、強引なやり方で勢力を広げてる。ソクタンは露骨に嫌な顔をしてたわ」


「鉄の牙ね。覚えておく」


「覚えておいた方がいいわよ。嫌な予感がする」


 エリカの勘は当たる。嫌な予感ほどよく当たる。


「次。これが一番大きい情報」


 エリカが身を乗り出した。


「もうすぐ年に一度の大競技会があるの。『草原大耐久競走』------通称『風の勇者』」


「風の勇者?」


「全長約百キロメートルの過酷な往復レース。前半は集団で走る。徒歩で山を越えるの。ほとんどの参加者がここで脱落する」


 百キロを徒歩。しかも山越え。聞いただけで足が痛くなりそうだ。



「前半のポイントは体力と判断力。ルートは自由だけど、山岳地帯だから道を間違えると致命的になるの。それと掟があって------競技者に危険が及んだ時は、敵味方関係なく助けなきゃいけない」


「助け合いの掟か。放牧民らしいな」


「でしょう? 草原の民にとって、仲間を見捨てることは最大の恥なのよ」


 エリカの目が少し温かくなった。この世界の文化が好きなのだ。データだけじゃなく、その奥にある精神を読み取ろうとしている。


「後半は時間差で騎馬スタート。馬と騎手の信頼関係が試される。完走しただけでもクランの名誉で------優勝すれば『勇者』の称号がもらえる」


 勇者。


なんだか少年漫画みたいだ。


「で、タクファーさんは昨年の勇者なの。今年も優勝候補。ソクタンが自慢げに言ってたわ。『うちの旦那は馬神よ』って」


 馬神。あの巨体で馬を操る姿は確かに神がかっている。


「ここまでが競技会の話。で------もうひとつ」


 エリカの声のトーンが変わった。低く、慎重になる。


「星の遺跡って知ってる?」


 聞いたことがない。首を振った。


「この世界の歴史が記された遺跡よ。風の草原クランは放牧王以外でその遺跡に入って記述を更新できる唯一のクランなの」


「風の草原クランだけ?」


「そう。特別な権限を持ってる。建国の時代から風の草原クランが記録の守り手を務めてきたらしいわ。代々のクラン長が遺跡に入って、その時代の出来事を刻む」


 つまりゼファーも入ったことがあるのか。


「ただ------」


 エリカが少し間を置いた。


「国が生まれた当初の記述は古代語で書かれていて、今はもう誰にも読めないらしいの。ソクタンは『歴史が長すぎて困るわよね』って笑ってたけど------私は気になった」


「気になるっていうのは?」


「古代語で書かれた記述。読めない歴史。それって------この世界が始まった頃の記録でしょう? 神柱とか、末裔とか、そういう時代の」


 古代語。誰にも読めない記述。



「エリカ。おまえのめがねなら------」


「読めるかもしれない。そう思ったわ」


 ピンクのめがね。『アマルの世界』。知識を取得できる魔道具。古代語だろうが何だろうが、あのめがねをかけて発動すれば------


「でもまだ推測よ。試してみないとわからない。それに星の遺跡に入れるかどうかも別問題」


 慎重なエリカらしい言い方。でも目は期待に光っている。


「------さて。私の話はここまで。あんたの話は?」


 俺はゼファーの痣のことを話した。


温泉で見つけた紋様。俺と同じ形。色は白黒------覚醒前と同じ。そして問い詰めたら「御伽噺だ」と否定されて去られたこと。


エリカは黙って聞いていた。


全部話し終えた後、板に何か書き込んだ。


「痣の紋様が一致。色だけが違う。覚醒者は着色、未覚醒者は白黒------」


ぶつぶつと分析を始める。板にがりがりと書き込んでいく。


「仮説を立てるわ。末裔は全員同じ紋様の痣を持っている。覚醒前は白黒。覚醒すると色がつく。色は------属性によって違うかもしれない。あんたは緑と青。何の属性かはまだわからないけど」


「すげえな。そこまで一気に推理するか」


「データが揃えば推理は自然に出てくるの」


 偶然の一致である確率は------とエリカが指を折り始めた。


「紋様の複雑さを考えると、限りなくゼロに近いわね。渦の分岐数、角度、左右非対称のパターン------偶然で一致する組み合わせは天文学的に少ない」


「だよな」


「ゼファーさんは否定した。でも目が揺れてたんでしょ?」


「ああ。一瞬だけど」


「なら大丈夫よ」


 エリカがにっこり笑った。


「あの人は嘘がつけない人だもの。いずれ------自分で答えを出すわ」


そう言うエリカの顔は、いつもの「計算通り」の顔だった。


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