第3節「同じ紋様」
湯に浸かったまま、ぼんやりしていた。
頭が溶けそうだ。半年ぶりの温泉はそれほどの破壊力があった。目を閉じれば日本の銭湯を思い出す。あの頃は当たり前だったものが、こんなに贅沢だったとは。
ゼファーが湯船の縁に腰を下ろした。
背中を向けて、湯を肩からかけている。岩のような背中。古い刀傷が何本も走っていた。
『すげえ体だよな......』
四十五年の人生が全部刻まれている。この人は何度も戦ってきたんだ。クランの長として、放牧民の戦士として。
タクファーは湯船の端で静かに目を閉じていた。父子揃って寡黙だ。
ゼファーが体勢を変えた。湯をすくって腕にかける。その拍子に------臀部が見えた。
『......ん?』
紋様がある。
臀部の右側。手のひらほどの大きさ。渦を巻くような模様。色は------白と黒。
見覚えがあった。
いや------見覚えどころじゃない。
心臓が跳ねた。
湯の温かさが一瞬で消えた。頭だけが冷える。
『嘘だろ......』
咄嗟に自分の左脇の下を確認した。腕を上げて、首をねじる。湯がばしゃりと跳ねた。
ゼファーの臀部にあったものと------同じだ。渦の巻き方。枝の分かれる角度。重ねたらぴったり合いそうなほど。
でも------色が違う。
『......いつの間に』
白黒だったはずだ。生まれた時からずっと、墨で描いたような白黒の紋様。母さんに「変わった痣ね」と言われたことを覚えている。それが------緑と青のグラデーションに変わっていた。淡く光を含んでいるようにも見える。湯気の中でぼんやりと輝いている。
いつ変わった。覚醒のときか。あの日------勾玉が光って、体中に何かが流れ込んできた。あの瞬間に変化したのか。
半年も気づかなかったのか、俺は。
『いや、気づく機会がなかっただけだ。脇の下なんて普段見ない。川の水浴びは冷たくて余裕なかったし』
言い訳にしても苦しい。でも事実だ。
もう一度ゼファーの痣を見た。
紋様の形は同じだ。渦の巻き方。枝分かれの角度。細部まで一致している。ただし------ゼファーの方は白黒のまま。俺のように色づいていない。
この違いは何だ。
覚醒したか、していないか------その差じゃないのか。
俺の痣は覚醒後に色が変わった。ゼファーの痣は白黒のまま。つまりゼファーはまだ覚醒していない。でも同じ紋様を持っている。
末裔の証。アマルが言っていた------「痣を持つ者は末裔である」と。
あの言葉が本当なら------
『ひょっとして------ゼファーさんも------末裔?』
湯気の向こうで、ゼファーが大きく息を吐いた。何も知らない顔だ。のんびりと湯を楽しんでいる。
タクファーも静かに湯に浸かっている。穏やかな夕暮れ。湯の音。二人にとっては何でもない時間。
でも俺の心臓だけがうるさかった。
ドクドクと脈が打つ。湯のせいじゃない。
「その痣、俺と同じなんですけど」と。
言えなかった。
確証がない。痣が似ているだけかもしれない。末裔の痣が全員同じ形だなんて誰にも聞いていない。それに------温泉で「お尻見せてください」とは言えない。色々と終わる。
『......落ち着け。まずはエリカに相談だ』
あいつなら冷静に分析してくれる。確率がどうとか紋様の一致度がどうとか言いながら、俺の直感に論理の裏づけを与えてくれる。
湯気が揺れた。
夕陽が山の向こうに沈んでいく。空が赤紫に染まる。
穏やかな時間のはずだった。なのに------俺の頭の中だけが嵐だった。




