表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/132

第3節「同じ紋様」


 湯に浸かったまま、ぼんやりしていた。


 頭が溶けそうだ。半年ぶりの温泉はそれほどの破壊力があった。目を閉じれば日本の銭湯を思い出す。あの頃は当たり前だったものが、こんなに贅沢だったとは。


 ゼファーが湯船の縁に腰を下ろした。


 背中を向けて、湯を肩からかけている。岩のような背中。古い刀傷が何本も走っていた。


『すげえ体だよな......』


 四十五年の人生が全部刻まれている。この人は何度も戦ってきたんだ。クランの長として、放牧民の戦士として。


 タクファーは湯船の端で静かに目を閉じていた。父子揃って寡黙だ。



ゼファーが体勢を変えた。湯をすくって腕にかける。その拍子に------臀部が見えた。


『......ん?』


 紋様がある。


 臀部の右側。手のひらほどの大きさ。渦を巻くような模様。色は------白と黒。


見覚えがあった。


いや------見覚えどころじゃない。


 心臓が跳ねた。


 湯の温かさが一瞬で消えた。頭だけが冷える。


『嘘だろ......』


 咄嗟に自分の左脇の下を確認した。腕を上げて、首をねじる。湯がばしゃりと跳ねた。



ゼファーの臀部にあったものと------同じだ。渦の巻き方。枝の分かれる角度。重ねたらぴったり合いそうなほど。


でも------色が違う。


『......いつの間に』


 白黒だったはずだ。生まれた時からずっと、墨で描いたような白黒の紋様。母さんに「変わった痣ね」と言われたことを覚えている。それが------緑と青のグラデーションに変わっていた。淡く光を含んでいるようにも見える。湯気の中でぼんやりと輝いている。


いつ変わった。覚醒のときか。あの日------勾玉が光って、体中に何かが流れ込んできた。あの瞬間に変化したのか。


半年も気づかなかったのか、俺は。


『いや、気づく機会がなかっただけだ。脇の下なんて普段見ない。川の水浴びは冷たくて余裕なかったし』


 言い訳にしても苦しい。でも事実だ。


もう一度ゼファーの痣を見た。


紋様の形は同じだ。渦の巻き方。枝分かれの角度。細部まで一致している。ただし------ゼファーの方は白黒のまま。俺のように色づいていない。


この違いは何だ。


覚醒したか、していないか------その差じゃないのか。


俺の痣は覚醒後に色が変わった。ゼファーの痣は白黒のまま。つまりゼファーはまだ覚醒していない。でも同じ紋様を持っている。


末裔の証。アマルが言っていた------「痣を持つ者は末裔である」と。


あの言葉が本当なら------


『ひょっとして------ゼファーさんも------末裔?』


 湯気の向こうで、ゼファーが大きく息を吐いた。何も知らない顔だ。のんびりと湯を楽しんでいる。


タクファーも静かに湯に浸かっている。穏やかな夕暮れ。湯の音。二人にとっては何でもない時間。


でも俺の心臓だけがうるさかった。


ドクドクと脈が打つ。湯のせいじゃない。



「その痣、俺と同じなんですけど」と。


言えなかった。


確証がない。痣が似ているだけかもしれない。末裔の痣が全員同じ形だなんて誰にも聞いていない。それに------温泉で「お尻見せてください」とは言えない。色々と終わる。


『......落ち着け。まずはエリカに相談だ』


 あいつなら冷静に分析してくれる。確率がどうとか紋様の一致度がどうとか言いながら、俺の直感に論理の裏づけを与えてくれる。



 湯気が揺れた。


夕陽が山の向こうに沈んでいく。空が赤紫に染まる。


穏やかな時間のはずだった。なのに------俺の頭の中だけが嵐だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ