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第7節「図書館」


 「さて、これからどうしよう」


 丘の上で二つの太陽を眺めながら言った。言葉はわかるようになった。でも金はない。宿もない。知り合いもいない。状況はまだ詰んでいる。


 「もう一度町に戻るわ」


 エリカが即答した。


 「敵を知れば百戦危うからずよ! あそこに図書館があるみたいだから行ってみたいの」


 『おっ。がり勉発揮!』


 思ったが口には出さない。言えば足が飛んでくる。


 エリカが俺の足を踏んだ。


 「痛ッ------なんだよ!」


 「あんたみたいな単細胞が考えることくらい読めないと思ってるの?」


 『......エスパーか?』


 町に戻った。


 さっきは逃げるように走り抜けた通りを、今度は堂々と歩く。言葉がわかると景色が変わる。看板に書かれた文字が読める。「ガルーダ鹿の串焼き 三ギル」「革細工 クラン向け卸売あり」。屋台の店主が客に声をかけている。「安いよ安いよ! 今日の目玉だよ!」------典型的な商売人の口上だった。


 どこの世界でも市場は同じだな、と思った。


 図書館は町の中心部にあった。石造りの二階建て。入口の上に彫刻が施されていて、本を開いた女性の像が飾られている。知恵の女神だろうか。


 受付に中年の女性が座っていた。俺たちを見て、眉をひそめた。制服姿の日本の高校生。浮いているのはわかっている。


 エリカが流暢にこの世界の言葉で話しかけた。


 「すみません、閲覧したいのですが」


 受付の女性は驚いた顔をした。変な格好の割に言葉は通じる。不思議そうにこちらを見たが、最終的に通してくれた。


 中は静かだった。木の本棚が壁一面に並んでいる。天井まで届く棚もある。窓から夕日が差し込んで、埃が金色に光っていた。紙とインクの匂いがする。古い革表紙の匂いも混ざっている。


 数人の利用者が椅子に座って本を読んでいた。こちらをちらりと見たが、すぐに視線を戻す。図書館の人間は静かだ。どこの世界でも。


 「どの本を見るんだ?」


 小声で聞いた。


 エリカの目が、きらり、と光った。


 「全部よ」


 「......全部?」


 「全部」


 本棚を見回した。ざっと数えても数百冊はある。


 「それはいくら何でも無理なんじゃね? どんだけ時間かかんだよ」


 「読むんじゃないの。見るの」


 めがねを取り出した。ポーチの中のピンクのフレーム。


 「カイト、後ろを向いて耳をふさいで」


 「ええっ。今いるのかよ」


 「いるのよ。いつだっているの。はい、後ろ」


 「はい。はい」


 素直に従った。壁に向かって耳をふさぐ。図書館の壁は石造りで冷たかった。


 背後で小さな声が聞こえた。


 「......おりこうさんに、なあれ」


 光の気配。振り返りたいのをこらえる。


 エリカの足音が動き始めた。棚から棚へ。一階を一周して、階段を上がって二階へ。足音は途切れない。一定のリズムで、淡々と。


 ------すごいな、こいつ。


 めがねをかけた状態で本棚を「見る」だけで、中身の知識が全部入る。一冊ずつ読む必要がない。図書館まるごと、頭にコピーしているようなものだ。


 壁に向かったまま、待った。


 五分。


 十分。


 足音が戻ってきた。


 「もういいわよ」


 振り返ると、エリカはめがねをポーチにしまっているところだった。顔が少し上気している。大量の知識を処理した直後なのだろう。


 「この世界のこと、かなりわかったわ」


 「マジで?」


 「マジで。歴史、地理、政治、文化、通貨制度、度量衡、主要なクランの名前と勢力図------全部入った」


 指を折りながら列挙する。目が輝いている。知識を得たエリカは本当に嬉しそうだ。


 「お前さ、本屋に住めば幸せなんじゃね?」


 「図書館よ。本屋は買わなきゃいけないでしょ」


 「......そこ突っ込むとこじゃなくね?」


 エリカは俺の言葉を無視して、早足で出口に向かった。


 「行くわよ。まだやることがあるの」


 「やること?」


 「ご飯。お腹空いて死にそう」


 ------そうだった。


 結局、朝から何も食べていない。


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