第9節「二つの太陽」
光。
視界の全てが光に沈んだ。緑色の光。まぶしいなんてもんじゃない。世界そのものが光になったみたいだ。
意識が引っ張られる。体の奥——脳の一番深いところに、何かが流れ込んでくる。
映像。言葉。記憶。知識。
自分のものじゃない。誰かの記憶だ。途方もなく古い記憶。
——十二柱の神が世界を作った。
映像が駆け抜ける。広大な大地。七つの空。無数の星。
——創造の神アマルと終焉の神モルスは盟約を結んだ。
知識が脳を灼く。熱い。痛い。頭が割れそうだ。
——盟約は永遠ではない。定められた時が来れば、世界は終焉に向かう。
——お前は末裔だ。十二柱の神の血を引く者。
声が聞こえた。
光の中から。遠くから。でも耳元で囁くように近くから。温かい声だ。父親に似ている。いや——もっと深い。もっと古い。
「待っていたぞ、我が末裔よ」
『誰だ——何が——』
「名はアマル。世界は終焉に向かっている。お前には使命がある」
使命。
知識が形を結ぶ。末裔を集めろ。十二人の末裔を見つけ出し、盟約を更新しろ。さもなければ世界は終わる。
「恐れるな。お前は一人ではない」
声が遠ざかる。光が薄れていく。
体の感覚が戻ってきた——けど、足元がない。床がない。
落ちている。
「きゃあっ!」
エリカの悲鳴が聞こえた。右側。近い。
「エリカ!」
手を伸ばした。暗闇の中で何かに触れた。エリカの腕だ。掴む。離さない。
暗い。長いトンネルを落ちていくような感覚。風が吹き上げる。耳がキーンと鳴る。
どれくらい落ちていたか分からない。数秒かもしれない。数分かもしれない。
——ドサッ。
背中から地面に叩きつけられた。
「いっ——」
硬い。でも土の感触だ。コンクリートじゃない。草の匂いがする。青臭い匂い。風が肌を撫でる。温かい風だ。
目を開けた。
空が広い。
自分の部屋の天井じゃない。見渡す限りの草原だ。緑の絨毯が地平線まで続いている。風が草を揺らして波を作っている。見たことのない花が咲いていた。赤と紫の花。甘い香りが鼻をくすぐる。
『ここ......どこだ』
体を起こした。全身が痛い。でも大きな怪我はなさそうだ。
エリカ。
右を見た。三メートルほど離れた場所にエリカが倒れている。うつ伏せだ。動かない。
「エリカ! 大丈夫か!?」
慌てて駆け寄った。膝をついて揺り動かす。
「おい、エリカ! しっかりしろ!」
返事がない。
心臓が跳ねた。まさか——
顔を覗き込む。エリカの表情は穏やかだった。苦しそうじゃない。顔色も悪くない。
息をしている。胸が小さく上下している。
よく聞くと——
「......すぅ......すぅ......」
寝息だ。
寝ている。完全に寝ている。口元からよだれが垂れかけている。
『寝てんのかよ! このタイミングで!』
異世界に飛ばされた直後に爆睡。さすがに想定外だ。揺すっても叩いても起きない。徹夜明けの体が限界を迎えたらしい。
「......マジかよ」
とりあえず仰向けにして、鞄を枕代わりに敷いた。
立ち上がる。周囲を見回した。
草原。どこまでも草原。人の気配はない。建物もない。道もない。
空を見上げた。
止まった。
太陽が二つある。
一つは白い光。もう一つは少し赤みがかった光。二つの太陽が並んで空に浮かんでいる。
見たことがある。この景色。
夢だ。
あの夢——二つの太陽の夢。あの時見た景色と同じだ。
『夢じゃ......なかったのか』
左の脇腹あたりがじんわりと熱い。ずっとさっきから感じていた熱だ。光に包まれた瞬間から。
シャツをめくった。
痣が変わっている。
小さい頃からあった白黒の痣。ただの痣だと思っていた。気にしたこともなかった。
それが——緑と青のグラデーションに変わっていた。模様も違う。前よりも複雑で繊細な紋様。光を受けて淡く輝いている。
勾玉を見た。まだ手に握っていた。さっきまでの眩い光は消えている。でも石の色が少し変わった気がする。深い緑が、ほんの少しだけ透き通っている。
風が吹いた。
草原の匂い。二つの太陽の光。見知らぬ世界。
アマルの声が頭に残っている。
末裔。使命。世界の終焉。
全部、本当だった。
エリカの寝息が聞こえる。すぅ、すぅ、と規則正しいリズム。こんな状況でもぐっすり眠れるのは、ある意味才能だ。
『——どうすんだよ、これ』
答えてくれる者はいない。
俺は草原の真ん中に立ち尽くしていた。二つの太陽の下で。眠り続ける幼馴染の隣で。
異世界での冒険が——始まった。




