第7節「試行錯誤」
二人で色々な言葉を試した。
「世界を愛する」
反応なし。
「創造に感謝する」
反応なし。
「命を尊ぶ」
反応なし。
何を言っても同じだ。勾玉は冷たい石のまま。光りもしない。震えもしない。一ミリも変化なし。
『石だよ。ただの石。そりゃそうだろ』
「平和を願う」
反応なし。
「友情は永遠」
反応なし。
「万物に慈悲を」
反応なし。
もう百回以上は試している。勾玉を握る手が汗ばんできた。恥ずかしい台詞を何度も言わされる拷問だ。
「正義を貫く」
——沈黙。
もういい。限界だ。
「もういいだろ。反応ないし」
勾玉をテーブルに置いた。ゴトン、と硬い音が響く。深夜の部屋に不機嫌な音が広がった。
エリカは本をめくっている。ページを行ったり来たり。目をこすりながら文字を追っている。目の下のクマが一段と濃くなっていた。
「でも紋様が一致してるのは事実よ」
「偶然だって」
「偶然じゃないって言ったでしょ......」
大きなあくびが漏れた。口元を手で押さえる。遅い。丸見えだ。
「お前、もう限界だろ」
「限界じゃない。ちょっと眠いだけ」
ちょっとじゃない。明らかに限界だ。目が半分閉じている。首がカクッと落ちかけて、慌てて持ち直した。
『寝落ちする五秒前じゃねえか』
エリカはノートを広げた。×マークがずらりと並んでいる。俺が試した言葉の全記録。几帳面なやつだ。疲労困憊でも記録は怠らない。
「形式的な言葉じゃダメなのよ。本当に心から思っていることを言わないと」
「心から思ってること......」
考えた。心から思っていること。嘘じゃない本心。
追試に受かりたい——もう受かった。
夏休みが楽しみ——まあそうだ。でも「愛」じゃない。
災難体質を直したい——切実だけど、それも違う。
「俺、愛とか言うタイプじゃねえんだよ」
「分かってるわ」
エリカがまた目をこすった。赤くなっている。
「でも何かあるでしょ。大切に思ってるものとか」
大切に思ってるもの。
家族。友達。から揚げ。
「母さんのから揚げを愛してる」
言ってみた。半分本気で。
何も起きない。
「......から揚げじゃないみたいね」
「残念だ」
本気で残念だった。
沈黙が落ちた。デスクライトがじじっと音を立てている。窓の外は真っ暗だ。星も見えない。
エリカが本を閉じた。パタン、と乾いた音。
「偽りの言葉には応えない」
ぽつりと呟いた。もう何度も読み返した一文だ。
「逆に言えば——本当の想いには応えるってこと」
「その『本当の想い』が分かんねえから困ってんだろ」
「......そうよね」
エリカのまぶたが重そうだ。こっくり、と頭が揺れた。本を抱えたまま意識が飛びかけている。
「じゃあ何が正解なんだよ」
「......分かんない」
小さな声だった。
エリカの分析力でも答えが出ない。ノートの×マークは二十個を超えている。どれも不正解。法則も見えない。
二人とも黙った。
時計を見た。もう十一時を過ぎている。明日も学校だ。いや——学校はいいとして、このままだらだら続けても意味がない。
答えは出なかった。
勾玉はテーブルの上で静かに光を反射している。深い緑色。複雑な紋様。五年前にばあちゃんにもらった石。
ただの石かもしれない。覚醒具なんかじゃないのかもしれない。
でも——紋様が一致しているのは事実だ。
エリカの言葉が頭に残っている。九十九・八パーセント。偶然じゃない確率。
『......何が足りねえんだろうな』
答えのない問いが部屋の中に漂っていた。




