第6節「覚醒の言葉」
「次はここ」
エリカが付箋の貼られたページを開いた。青い付箋。さっきの紋様のページは黄色だった。色分けの基準は聞かない。聞いたら長くなる。
「覚醒具の起動条件について書いてある」
本を俺の目の前に置く。古い書体だが読めなくはない。エリカが指でなぞりながら読み上げた。
「——『覚醒具は、真の想いを込めた言葉によって起動する。形式や作法ではなく、心からの愛が鍵となる。偽りの言葉には応えない』」
「真の想いって、何だよ」
「わかんない」
即答だった。
「わかんないのかよ」
「本にはこれ以上の説明がないの。具体的にどんな言葉かは書かれてない。ただ——」
エリカがあくびをした。三秒くらい。長い。
「——心からの愛、って書いてある。偽りには応えない。つまり、本気じゃないとダメってこと」
「本気の愛の言葉」
「そう」
俺は勾玉を見下ろした。深い緑色。デスクライトの光を受けて、紋様が影を作っている。
『こいつに向かって愛の言葉を言えと?』
石に。
目の前にエリカがいる状態で。
「......試してみよう」
エリカが言った。目をこすりながら。
「お前が言うのかと思った」
「私の勾玉じゃないでしょ。持ち主が言わなきゃ意味ないと思う」
正論だ。正論だが、つらい。
勾玉を握った。ひんやりと冷たい。
深呼吸する。
「......愛してます」
沈黙。
勾玉は冷たいまま。何も起きない。
「ダメね。次」
「次って」
「別の言い方で」
エリカがノートを取り出した。ペンを構えている。記録する気だ。
「お前、実験扱いしてないか?」
「してないわよ。データ収集よ」
「同じだろ」
言い返す暇もなく、エリカの目が「早く」と催促している。
仕方なく続けた。
「......神様を敬います」
沈黙。何も起きない。
「大いなる存在よ、導きを」
何も。
「えーと......世界に平和を?」
ゼロ反応。勾玉は石のまま。冷たいまま。
「ダメね。全然反応しない」
エリカがノートにバツ印を連打している。四つ目。
「そりゃそうだろ。知らない神様に本気で愛なんて言えねえよ」
投げやりに言った。本音だ。
考えてみろ。十五年間、石だと思って押し入れに放り込んでいた勾玉だ。こいつに向かって「心からの愛」を込めろ? 無理がある。
「たしかに」
エリカが頬杖をついた。眠そうだ。まぶたが半分落ちている。
「形式じゃなくて本気、ってことは——テンプレの言葉じゃダメなのかも」
「テンプレ」
「『愛してます』とか『敬います』とか。どこかで聞いたような言葉。それじゃ心が乗らない」
一理ある。さっきの俺の台詞は全部棒読みだった。自覚がある。
「じゃあ何を言えばいいんだ」
「それがわかれば苦労しないわよ」
エリカがあくびを噛み殺した。失敗した。盛大に口が開く。涙まで出ている。
「......ごめん。続けて」
「いや、もう今日はいいだろ。お前寝ろ」
「まだ——」
「寝ろ。死ぬぞ」
エリカは少し考えて、首を縦に振った。
「......明日、もうちょっと調べてくる。覚醒の言葉の手がかりがあるかもしれない」
「おう」
本を閉じる。付箋がはみ出して、黄色と青とピンクが花みたいに広がっていた。
エリカが帰った後、俺は勾玉をデスクの上に置いた。
灯りの下で、紋様がぼんやり光って見える。見えるだけだ。光ってはいない。
『真の想いを込めた言葉、ね』
勾玉を指で弾いた。こつん、と硬い音。
——ただの石にしか見えねえんだよな。




