表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/35

第5節「アマルの印」


二日後の夕方。


 チャイムが鳴った。玄関を開けると、エリカが立っていた。


「......おう」


 言葉に詰まった。


 目の下のクマがすごい。紫色。メイクか何かかと思うレベルだ。髪もいつもよりぼさぼさしている。几帳面なエリカが髪を整えずに外出するなんて、よっぽどだ。


「お前、顔やばいぞ。クマすごい」


「......うん」


「何があった」


「徹夜しちゃって......あの本、気になって朝まで......」


 『アマルの世界』か。


「お前、バカだろ」


「バカって言わないで」


 エリカが部屋に上がりながらあくびをした。大きい。猫みたいに口が開く。


「知的好奇心よ」


「好奇心で死んだ猫がいたぞ」


「猫は九つの命があるから大丈夫」


「お前は一つしかない」


 部屋に入ると、エリカはリュックから二つのものを出した。ひとつは分厚い本。『アマルの世界』。図書館の蔵書ラベルが貼ってある。もうひとつは——


「あ、それ」


 ピンクのめがね。縁日でエリカが買った子供用のやつだ。いとこへのプレゼントだったはずが、結局エリカがずっと預かっている。


「これ、返すわ。前に預けたでしょ」


「いいよ。いとこの誕生日とっくに過ぎたし、もう捨てていいって」


「そんなことできないわよ。ちゃんと返す」


「だからいらないって」


「じゃあ後でお母さんに渡しておくわ。」


 几帳面だ。異常なまでに。エリカはめがねをリュックに戻した。結局また預かったまま。


 ——まあいいか。


「で、本題」


 エリカがあくびを噛み殺しながら本を開いた。付箋が何枚も貼ってある。黄色、青、ピンク。色分けまでしてある。二日でこれか。


「ここ。見て」


 差し出されたページには、一面の図解が広がっていた。中央に大きな紋様が描かれている。渦を巻くような複雑な線。それを囲むように、古い文字のような記号が並んでいる。


 ページの上部に見出し。


 ——「アマルの印」。


「覚醒具に刻まれる神聖な紋様よ。この本ではそう説明されてる」


「覚醒具?」


「末裔を覚醒させるための神器。前に話したでしょ。選ばれた存在が目覚めるためのアイテム」


 エリカがリュックからもうひとつ取り出した。布袋。俺の勾玉だ。


 本の図解の横に並べた。


「......同じだ」


 見比べるまでもなかった。勾玉の表面に刻まれた紋様と、本に描かれた「アマルの印」。渦の巻き方。枝分かれの角度。中心の丸い結び目。寸分の狂いもない。


 完全に一致していた。


「偶然だろ」


 言ったのは俺だ。反射的に。


「偶然でこの複雑な紋様が一致する確率は〇・〇〇一パーセント以下よ」


 エリカの目が据わっている。クマの下から覗く瞳は、眠さを突き抜けて鋭い。


「渦の旋回数が七。枝分かれが十四箇所。中心結節の形状が六角。全てが一致してるの。偶然でこうなる組み合わせを計算すると——」


「わかった。わかったから」


「偶然じゃ——」


 大きなあくびが割り込んだ。


「——ない」


 台無しだった。結論の直前にあくび。


「......お前、今日もう寝たほうがいいんじゃ」


「まだ話の途中よ」


 エリカが目をこすった。充血した目。でも諦める気配はない。


「この紋様が一致するってことは、カイトの勾玉はただのお守りじゃない。少なくとも、この本の作者は同じ紋様を知っていた。つまり——」


 エリカが本を閉じた。まっすぐ俺を見る。


「この本はフィクションじゃないかもしれない」


 窓の外が暗くなり始めていた。秋の夕暮れは早い。部屋の隅に影が伸びる。


『......まさか』


 俺はそう思った。思ったけど、口には出さなかった。


 代わりに勾玉を手に取った。深い緑色。ひんやりと冷たい。いつも通りだ。


 いつも通り——のはずなのに。


 なぜか、心臓がほんの少しだけ速くなっていた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ