第10節「希望のアンクレット」
王宮に戻った。
フローシャンテリアはセレナヴァンテリア女王に報告する。玉座の間。前回と同じ荘厳な空気。でも——少しだけ違う。フローシャンテリアの背筋が、前よりも真っ直ぐだった。
「母上。始まりの泉で転移具は見つかりませんでしたが、転移の言葉を見つけました」
「それは『光よ、道を照らせ』でした」
女王が微かに目を見開き、そして頷いた。
沈黙。
女王は動かなかった。表情も変えなかった。ただ——目に光るものがあった。涙だ。こぼれてはいない。こぼれまいとしている。
「世界を救う旅に出なければなりません。仲間を集めて、始まりの地へ」
フローシャンテリアの声は堂々としていた。覚醒前とは別人だ。言葉に力がある。報告を聞いていた側近たちが、息を呑んでいるのがわかった。
俺はエリカとゼファーの隣で立っていた。前回と同じ位置。でも今回は膝が笑わなかった。フローシャンテリアの報告を、仲間として見守っている。
女王は長い間、何も言わなかった。
娘が末裔であること。世界を救う旅に出ること。もう王宮には戻れないかもしれないこと。その全てを——飲み込んでいる最中なのだ。母として。王として。
やがて女王が立ち上がった。
側近に何かを命じる。静かな声。しかし有無を言わせない響き。側近が小走りに去り、しばらくして戻ってきた。両手に古い木箱を抱えている。
年代物だ。埃がうっすらと積もっている。長い間、誰も開けていなかったのだろう。
女王が慎重に蓋を開けた。
中には——美しいアンクレットが入っていた。銀色の鎖に、小さな光の結晶がついている。泉で見た光と同じ種類の輝きだ。精巧な細工。何百年も前に作られたものとは思えないほど、美しい。
「希望のアンクレット」。
女王の声が、わずかに震えた。
「血族の言い伝えで、いつか使命を帯びた者が出た時に渡すものがあると聞いていました」
箱の内側に布が敷かれていた。銀色の糸で紋章が刺繍されている。光の柱の紋章だ。このアンクレットがどれほど大切に守られてきたかがわかる。
一息置いて、女王が続ける。
「これがゲートと呼ばれるものの鍵です。次の世界へ行くために必要なもの」
「転移の言葉も伝わっているのですか?」
エリカが一歩前に出て尋ねた。
「あなた方が見つけた『光よ、道を照らせ』。これが、言い伝えにある言葉です」
『女王様は最初から知っていたのか\...\...?』
いや——知っていたわけではないのだろう。言い伝えを守っていただけだ。「いつか」が来るかどうかもわからないまま、何世代にもわたって秘宝を守り続けてきた。
『何世代にもわたって、言い伝えだけを頼りに守り続けてきたのか\...\...』
その重みが胸に響く。俺の勾玉も、祖母から渡されたものだった。何も知らないまま受け取った。でも——渡す側にはそれぞれの想いがある。祖母にも。女王にも。
フローシャンテリアが震える手でアンクレットを受け取った。銀色の鎖が手のひらで冷たく光る。
「ありがとうございます、母上」
声が詰まっていた。涙がこぼれそうになるのを、必死にこらえている。王女として。末裔として。
女王は娘の手を、両手で握った。力強く。優しく。
何も言わなかった。ただ——静かに頷いた。
言葉以上のものが、二人の間を流れていた。
エリカが目を伏せた。鼻の頭が赤くなっている。ゼファーは腕を組んだまま、真っ直ぐ前を見ていた。でも喉仏が動いていた。
俺も目が熱くなった。
こらえろ。ここで泣いたら、フローシャンテリアが泣いてしまう。
手のひらに爪を立てた。痛い。でも——この痛みが、今この場にいられることの証だ。
アンクレットの銀色が、玉座の間の光を反射してきらりと光った。




