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使徒がドジすぎて、巻き込まれた高校生が、破壊神と交渉してきます  作者: 松本正樹
第5章「希望のアンクレット」
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第9節「始まりの泉」


 三日目の昼。


 森が開けた。


 目の前に広がった光景に、息を呑んだ。


 透明な水が岩の間から湧き出している。小さな泉。水面は鏡のように静かで、周囲の木々を完璧に映し出していた。波紋一つない。そこだけ時間が止まっているかのようだ。


 空気が違う。澄んでいるなんてものじゃない。吸い込むだけで体の内側が洗われるような感覚。光の粒子が空気中に漂い、ゆっくりと回転している。音もない。虫の声も、風の音も、ここには届かない。


 静寂。それだけが支配する空間。


「すげえ\...\...ここが始まりの泉か」


思わず声が出た。自分の声が場違いに響いて、少し恥ずかしかった。


四人とも足が止まっていた。ゼファーですら言葉を失っている。フローシャンテリアは手を胸の前で組み、目を閉じた。祈っているのだろうか。


泉に近づく。水が信じられないほど透明だった。底が見える。白い砂の上に、光の粒が沈んでいる。手を伸ばして——やめた。触れてはいけない気がした。そういう場所だ。


泉の周囲には、石柱が立ち並んでいた。十本以上。どれも苔に覆われ、表面に文字が刻まれている。精霊界の古代語。現代ではほとんど読める者がいない——と、フローシャンテリアが言っていた。


しかし、エリカには読める。


ピンクのめがねがあれば。


エリカはめがねを取り出した。いつもなら「後ろ向いて耳ふさいで」と言うところだ。今回はそれがない。こんな神聖な場所で恥ずかしがっている場合ではない——という判断だろう。


呪文を唱える。めがねが淡く光った。


エリカが石柱に近づき、碑文を読み始める。指先で文字をなぞりながら、目が左右に動く。集中している時のエリカは、周囲が見えなくなる。


「\...\...精霊界の歴史が刻まれている」


声が低い。興奮と緊張が混じっている。


「創世の記録。神柱が精霊界を作った経緯。王家の起源——」


次の石柱に移る。また次。指が碑文をなぞる速度が上がっていく。


「各柱の末裔に関する記述もある。風の柱、炎の柱\...\...順番に書かれてる」


「光の柱は?」


「待って。まだ——」


九本目の石柱。十本目。エリカの足が速くなっていく。


「あった」


足が止まった。


「ここに記されている\...\...」


エリカの声が震えた。


「光の王家に伝わる転移の言葉は——『光よ、道を照らせ』」


沈黙。


フローシャンテリアの目が見開かれた。


「光よ\...\... 道を照らせ\...\...」


その声は、呟きだった。震えていた。目が潤んでいる。


「おばあ様\...\...」


フローシャンテリアが両手で口元を押さえた。涙が頬を伝う。


「おばあ様が、いつも言っていた祈りの言葉と——同じです」


祖母は知っていたのだ。いつかこの言葉が必要になることを。だから孫に教えた。祈りの言葉として。形を変えて、でも確かに——覚醒の言葉を受け継いでいた。


何世代にもわたって守られてきた言葉。石柱に刻まれた文字は千年以上前のもの。それが祖母の声を通じて、今、ここにたどり着いた。


俺は黙っていた。何も言えなかった。フローシャンテリアの涙は、悲しみじゃない。祖母との繋がりを取り戻した涙だ。


ゼファーが静かに言った。


「祖母殿は知っていたのだな。いつかこの言葉が必要になると」


フローシャンテリアは頷いた。涙を拭おうともせず。


碑文を見上げる。千年以上前に刻まれた文字。長い時間を超えて、ここにたどり着いた。


転移具は見つからなかったが、先に転移の言葉が見つかった。


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