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使徒がドジすぎて、巻き込まれた高校生が、破壊神と交渉してきます  作者: 松本正樹
第5章「希望のアンクレット」
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第6節「エリカとゼファー」


 前を歩いていると、後ろから声が聞こえてきた。


 聞き耳を立てたわけじゃない。風が声を運んでくるのだ。精霊界の風は優しいが、よく通る。


 エリカとゼファーが話している。


 「タクシマルは元気にしているだろうか」


 ゼファーの声だった。いつもの威厳ある口調に、隠しきれない柔らかさが混じっている。孫の名前を口にする時だけ、この人は年相応の顔になる。


 「大丈夫ですよ。あの子は強い」


 エリカが答える。


 「『カイト兄ちゃん』って、毎日のように叫んでましたからね。きっと今も走り回ってます」


 「そうだな\...\...あいつは走るのだけは一人前だ」


 ゼファーが小さく笑った。珍しい。


 タクシマル。三歳のやんちゃ坊主。俺のことを「カイト兄ちゃん」と呼んで、毎朝まとわりついてきた。あの笑顔を思い出すと、胸の奥がきゅっとなる。


「タクファーもソクタンも、立派にやっているはずだ。だが——」


ゼファーの声が途切れた。


「——離れている時間は、長いな」


クランの長として覚悟を決めた男の、ただの一言。それが一番重い。


「ソクタンは怒っているだろうか。いや、あの嫁は怒りはしない。ただ——黙って待っている。それが一番こたえる」


「ソクタンさんなら、ちゃんとわかってますよ。あの人、何も言わなくても全部見てましたから」


「\...\...そうだな。昔からそういう女だ」


ゼファーの声に、ほんの少し笑みが戻った。


しばらく二人の間に沈黙が流れた。木の葉を踏む音だけが続く。


やがてエリカが、小さな声で言った。


「\...\...ゼファーさん」


「ん?」


「私、末裔じゃないじゃないですか」


足が止まりそうになった。


咄嗟に歩き続ける。振り返るな。今、俺が口を挟んだらエリカは何も言えなくなる。


「みんなについていって、いいのかなって——時々思います」


エリカの声が震えていた。


知らなかった。こいつがそんなことを考えていたなんて。


放牧民の国でも精霊界でも、エリカはいつも冷静に分析して、的確な判断を下してきた。ゼルとの心理戦だって、エリカがいなきゃ勝てなかった。


そのエリカが——足手まといだと思っていたのか。


見えなかった。いつもの「計算通りよ」の裏側に、こんな不安が隠れていたなんて。


拳を握った。振り返りたい。「何言ってんだよ」と言いたい。でも——今はゼファーの番だ。俺が割り込んだら、エリカはいつもの顔に戻ってしまう。


ゼファーは少し間を置いてから、穏やかに言った。


「末裔かどうかは関係ない」


静かだが、揺るがない声。クランの長が、一族の前で語る時の声だ。


「お前がいなければ、俺たちは何度も窮地に陥っていた。放牧民の国でも、精霊界でも」


そうだ。タクシマルを助けたのも、ガルダの不正を暴いたのも、ゼルを出し抜いたのも——全部エリカの頭があったからだ。


「俺はクランの長だが、クランの者は全員が末裔ではない。それでも家族だ。仲間とは血筋ではなく、共に戦う者のことだ」


ゼファーの声に迷いはなかった。四十五年分の人生が、その一言に詰まっている。


エリカの声が詰まった。


「\...\...ありがとうございます、ゼファーさん」


ゼファーが咳払いをした。照れている。この人、こういう場面が苦手なのだ。


「礼を言われることではない」


ぶっきらぼうに返すが、声が温かい。


俺は前を向いたまま、心の中で頷いた。


『その通りだ。エリカがいなきゃ、俺たちはとっくに詰んでた』


いつか、ちゃんと本人に言おう。今じゃなくていい。でも——必ず。


風が吹いた。後ろから、エリカが鼻をすする音がかすかに聞こえた。


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