第5節「カイトとフローシャンテリア」
いつの間にか、フローと並んで歩いていた。
エリカとゼファーは少し後ろ。何やら話し込んでいるようだが、声は聞こえない。自然と二人きりの距離になった。
「カイトさんは、放牧民の国ではどんな生活をされていたのですか?」
「ん? まあ、馬に乗ったり、狩りを覚えたり。最初は全然ダメだったけど」
「馬に?」
「アルガンっていう気性の荒い馬がいてさ。最初は振り落とされてばっかりだった」
フローがくすくすと笑う。
「想像できます。カイトさん、諦めなさそうですものね」
「しつこいだけだよ」
しばらく歩いた。木漏れ日が足元を斑に染めている。風が穏やかに吹いて、髪を揺らした。
フローが、ぽつりと言った。
「私、自由に街を歩いたことがないのです」
「\...\...え?」
「王宮の外に出ることは、ほとんどありませんでした。窓から見える景色が——世界のすべてでした」
驚いた。
王女って、もっと自由なのかと思っていた。でもフローの声には、寂しさが滲んでいた。窓の向こうを見つめるだけの日々。それがどれだけ長かったのか。十六年間。俺が学校で友達とバカやってた時間を、この人は窓の内側で過ごしていた。
「礼儀作法、政治、外交\...\...。すべてを学びました。王女の務めですから」
声は淡々としている。愚痴じゃない。ただ事実を語っているだけだ。だからこそ、重い。
「友達は?」
聞いてから、まずかったかもと思った。
「\...\...侍女たちは優しくしてくれます。でも、対等に話せる相手は——いませんでした」
王女に「対等」はない。どんなに親しくても、相手は臣下だ。本音を言える友達がいない。それがどういうことか、俺にはわかる。エリカがいなかったら、俺だってこの旅を続けられなかった。
「でも今は違います」
フローが微笑んだ。木漏れ日が横顔を照らす。
「皆さんと一緒に旅をしている。森を歩いて、空を見上げて、自分の足で進んでいる。こんなに楽しいことはありません」
その言葉に、胸が温かくなった。
こいつにとっては、この旅そのものが初めての「自由」なのか。俺にとっては大変な冒険でも、フローにとっては——窓の外に出た最初の一歩。
「\...\...俺の母さんはさ、強い人なんだ」
気づいたら自分の話をしていた。
「どんなことがあっても動じない。父さんは穏やかで、母さんとは真逆なんだけど——二人で俺を育ててくれた」
「お二人は仲がよいのですね」
「ケンカもするけどな。母さんが怒ると父さんはいつも逃げる。で、俺が巻き込まれる」
フローが目を丸くして笑った。「王宮では見たことのない光景です」。
「今頃、心配してるだろうな」
声に郷愁が混じった。自分でもわかる。もう半年以上、帰っていない。母さんの顔。父さんの声。食卓の匂い。全部が遠い。
フローが静かに頷いた。
「お母様\...\...私も、旅が終わったら会いたいです」
さっき別れたばかりじゃないか——とは言えなかった。女王の「必ず戻ってきなさい」という声が、まだ耳に残っている。
しばらく無言で歩いた。沈黙が苦しくない。同じことを考えているとわかるからだ。
境遇は全然違う。異世界の高校生と、精霊界の王女。共通点なんてほとんどない。でも——家族を想う気持ちだけは同じだった。
フローの横顔を見た。
『この人、見た目より強いかもしれない』
狡猾と戦った時も、怯えずに光の魔法を放った。王女という肩書きの下に、芯の強さがある。窓の外を見つめ続けた少女は、いつの間にか自分の足で歩き出していた。




