第11節「再会」
王宮の門前で、俺は空を見ていた。
猪たちは鏡の間に閉じ込めた。衛兵は全員無事。やるべきことは全部やった。あとは——エリカが帰ってくるのを待つだけだ。
隣にフローシャンテリアが座っている。二人とも、ほとんど喋らなかった。待つしかない時間は長い。
風が吹いた。門の向こうの森が揺れる。
『遅い——』
もう昼になる。ゼファーの韋駄天なら、とっくに着いてもおかしくない。何かあったのか。失敗したのか。まさか——
考えるな。信じろ。あいつは約束を破らない。
そう自分に言い聞かせた、その時——
砂埃が上がった。
門の向こうから、猛烈な速さで何かが近づいてくる。風の壁。韋駄天だ。
ゼファーが門前に急停止した。砂利が弾け飛ぶ。その腕の中に——エリカがいた。
俺は駆け寄った。走りながら、エリカの顔が見えた。
——息が止まった。
腫れ上がった頬。潰れた鼻。血まみれの口元。片方の目はほとんど開いていない。体中に痣と擦り傷。服は血と泥で汚れている。
あいつの顔じゃない。こんなの、エリカの顔じゃない。
「お前\...\...!」
声が震えた。怒りだ。腹の底から沸き上がる怒り。
「なんでこんなになるまで——! なんで一人で——!」
叫んでいた。自分でもわからないくらい大きな声で。目の奥が熱い。泣きそうだ。泣くもんか。こんなところで。
エリカがゼファーの腕の中から、こっちを見た。腫れた目で。血だらけの唇で。
——笑った。
「ただいま、カイト」
小さな声だった。掠れていた。でも——いつものエリカの声だった。
俺は言葉に詰まった。喉の奥が熱くて、何も出てこない。拳を握って、歯を食いしばって、それから——絞り出した。
「\...\...おかえり。この——バカ」
エリカが苦笑した。痛そうに頬を歪めて。
「バカはひどいわ。計算通りよ」
「計算通りにこんなボロボロになるやつがあるか!」
「殴られることも計算に入れてたの」
「\...\...は?」
絶句した。こいつ——殴られることを想定して作戦を立てたのか。自分の血が手紙にかかるために。計算通り。本当に——計算通り。
「お前、ほんとに\...\...」
言葉が続かなかった。怒りと、呆れと、尊敬と、安堵がぐちゃぐちゃに混ざっている。
エリカが胸に抱いていた杖を差し出した。白い杖。先端に淡い光。
「はい。フロー様の杖」
フローシャンテリアが駆け寄ってきた。杖を見た瞬間——目に涙が浮かんだ。
「これ\...\...私の\...\...」
両手で杖を受け取る。指先が震えている。杖に触れた瞬間、先端の光がふわりと強くなった。持ち主の手に戻った喜びか。杖が光で応えている。
「エリカさん\...\...ありがとうございます。本当に\...\...」
フローシャンテリアが頭を下げた。王女が、ボロボロの少女に。深く、深く。
エリカが慌てた。
「や、やめてください。頭を上げて\...\...私は別に\...\...」
「別にじゃないわよ」
俺が口を挟んだ。
「お前がやったんだ。胸張れ」
エリカが口を開きかけて——閉じた。それから、小さく頷いた。腫れた顔で、でも——誇らしげに。
ゼファーがエリカを地面にそっと降ろした。エリカはよろめきながらも、自分の足で立った。
「\...\...で、カイト。こっちはどうだったの?」
俺は腕を組んで、ふふんと鼻を鳴らした。ここからは俺のターンだ。
「聞いて驚け。狡猾を十匹、丸ごと猪に戻してやったぜ」
「\...\...猪?」
エリカの腫れていない方の目が丸くなる。
「あいつら元が獣だったんだ。鏡で囲むと元に戻る。今、鏡の間に十匹閉じ込めてある」
「鏡で\...\...猪に\...\...」
エリカが情報を処理している。そしてぼそっとつぶやいた。
「\...\...すごいわね。科学的根拠は不明だけど、結果が出ているなら有効な手段ね」
出た。分析モード。ボロボロなのに頭は平常運転か。こいつの脳は壊れない。
「それでね、カイトさん」
フローシャンテリアが杖を抱きしめたまま、小首を傾げた。
「猪のお肉、香草で焼くと美味しいんですけど\...\...十匹もいたら、宴会ができますね」
沈黙。
ゼファーが初めて口を開いた。
「\...\...放牧民の国では、猪は丸焼きにする」
エリカが呆れた顔をした。
「\...\...なんの話?」
「宴会の話」
「いや、なんで宴会の話になってるの?」
「俺が約束したんだよ。全部終わったら宴会だって」
「\...\...あなた、フロー様に宴会の費用を請求されるって知ってる?」
「知ってる。でも猪の肉はタダだ」
エリカが額に手を当てた。痛かったらしく、すぐに手を離した。
「\...\...カイト」
「ん?」
「帰ってきてみたら猪が十匹いるって、どういう状況なの」
「俺に聞くな。鏡に聞いてくれ」
エリカがため息をついた。長い、長いため息だ。でも——口元が笑っていた。
フローシャンテリアが杖を胸に抱き、空を見上げた。三つの月はもう見えない。代わりに精霊界の太陽が、暖かい光を降り注いでいる。
杖が戻った。仲間が戻った。




