第7節「鏡の罠」
翌朝。空が白み始めた頃——来た。
十人。黒いローブを纏った男たちが、王宮の門前に並んでいる。朝もやの中に黒い影が十個。不気味な光景だ。
先頭に立つのは昨日の使者。顔には昨日の屈辱が刻まれている。泥と油を落としてきたらしいが、目の奥に灯った怒りは落とせていない。
俺は門前に一人で立っていた。腕を組み、背筋を伸ばし、にやりと笑う。背後の宮殿には、鏡を覆う布が朝もやに揺れている。
十対一。普通なら絶望的な数だ。——普通なら。
リーダー格が嘲笑った。
「ほう。面白い。一人で立ち向かうつもりか? 降参でもしに来たか?」
十人が笑う。低く、嫌な笑い声だ。
俺は笑みを崩さなかった。
「お前たち、よく来たな」
一拍。間を置く。
「でも——もう詰んでる」
右手を上げた。
瞬間——周囲で衛兵たちが動いた。
布が一斉に引き剥がされる。ばさっ、ばさっ、ばさっ。音が連鎖する。
鏡が姿を現した。
宮殿中から集めた姿見、手鏡、装飾鏡、全身鏡。大小さまざまな鏡が、狡猾たちを三百六十度囲むように立ち並んでいる。朝日を受けて、一斉に光を放つ。
「な\...\...!?」
狡猾たちが動揺した。どこを向いても鏡がある。前にも後ろにも左にも右にも。そして鏡の中には——彼らの「真の姿」が映っていた。
人間じゃない。毛むくじゃらの獣。猪、狼、蛇——。黒いローブの下に隠していたはずの本当の姿が、鏡という真実の前に晒されている。
合わせ鏡が像を無限に反射する。どこまでも続く獣の姿。自分が何者であるかを、逃げようもなく突きつけられている。
「おのれ! 小癪な——!」
リーダー格が叫んだ。鏡に背を向けようとする。しかしどこを向いても自分の真の姿がある。逃げ場がない。
変化は、すぐに始まった。
「ブヒッ\...\...!」
最初の一人。言葉が崩れた。人間の声が、獣の唸りに変わる。
「グ、グオォ\...\...!」
二人目。黒いローブが膨らみ、中から毛むくじゃらの体がはみ出す。
「ギャ——ブギッ!」
三人目。四人目。五人目。連鎖するように、次々と人間の姿が崩壊していく。ローブがずり落ちる。中から現れたのは——猪だった。
「ブヒィッ! ブヒヒヒッ!」
七人目。八人目。もう人間の言葉を話せる者はいない。鏡の中で、猪たちが右往左往している。
最後の二人——リーダー格ともう一人——が必死に抗っていた。しかし膝が折れた。腕が縮んだ。顔が伸びた。
「お、覚えて——ブギィッ!」
最後の言葉すら、完遂できなかった。
十匹の猪が、鏡の中で途方に暮れていた。
俺は見ていた。物陰じゃない。正面から堂々と。
さっきまで十人の化け物だった連中が、ブヒブヒ鳴きながら鏡にぶつかっている。滑稽だ。だが——少しだけ、哀れでもあった。こいつらも元は、ただの獣だったのだ。終焉の力で無理やり人間の姿を与えられ、兵隊にされた。
『\...\...同情はしない。でも——こうやって元に戻してやるのが、一番マシなやり方だろ』
——静寂。
朝日が鏡に反射して、金色の光が門前を包んでいる。その中で猪たちがブヒブヒと鳴いている。さっきまで威圧的だった黒いローブが、地面にぺしゃんこに落ちている。
「\...\...終わったな」
俺は腕を解いた。息を吐く。終わった。
衛兵たちが猪を捕らえ始めた。「鏡の間」——元は舞踏室だ——に一匹ずつ運んでいく。鏡に囲まれている限り、二度と人の姿には戻れない。
フローシャンテリアが駆け寄ってきた。
「お見事です、カイトさん!」
「フローさんのおかげだ。あの水晶の記録がなかったら、鏡の弱点に気づけなかった」
フローシャンテリアが嬉しそうに頬を染める。——が、俺はつい余計なことを言ってしまった。
「今夜は猪鍋かな」
「猪鍋\...\...? おいしいのですか?」
フローシャンテリアが首を傾げる。真顔だ。精霊界に猪鍋の文化はないらしい。
「\...\...冗談だって」
「冗談ですか。でも、猪のお肉は精霊界でも食べますよ? 香草で焼くと美味しいんです」
「マジか」
予想外の返しに俺が固まった。フローシャンテリアが小さく笑う。——この人、天然に見えて時々切れ味がすごい。
『さて——俺の方は片付いた』
門前の向こうに、闇の森が見える。あの奥で、エリカが戦っているはずだ。
『頼むぞ、エリカ。お前の番だ』




