第6節「鏡の弱点」
使者が去った後、俺はすぐにフローシャンテリアの待機する別室へ向かった。
扉を開けると、フローシャンテリアが観察の水晶を両手で抱えて立ち上がった。目が輝いている。
「カイトさん、重要なことに気づきました」
声が弾んでいる。
「あの男——鏡を避けていました」
「鏡?」
フローシャンテリアは水晶を掲げた。淡い青白い光が部屋を照らす。記録映像が浮かび上がる。
「ここです。廊下の角に姿見があるでしょう? 彼、この前を通る時——わざわざ遠回りしています」
確かに。映像の中の男は、鏡がある壁側を避けて反対側を歩いている。怒りで我を忘れているはずなのに。
「偶然じゃないのか?」
「三回です。三回とも同じ行動でした。怒って走り回っている時でさえ、鏡の前だけは避けていたんです」
三回。偶然じゃない。本能的に避けている。
フローシャンテリアが水晶の映像を拡大した。男の姿が鏡の端にかすかに映っている。その映像が——歪んでいた。
人間の姿じゃない。輪郭が崩れ、毛むくじゃらの——獣。猪のような、四つ足の影が一瞬だけ映り込んでいる。
「\...\...なんだこれ」
背筋がざわついた。
「彼の姿が一瞬、獣のように見えました」
フローシャンテリアの声は冷静だ。しかし水晶を持つ指先が少し震えている。
「あいつら\...\...元は獣なのか?」
「おそらく。鏡には本当の姿が映るのだと思います」
フローシャンテリアは考え込みながら続けた。
「そして——もしかしたら、鏡を見続けると\...\...」
「\...\...元に戻る?」
二人の目が合った。
同じことを考えている。鏡で真の姿を映し続ければ、人間の姿を維持できなくなる。元の獣に戻る。それが狡猾の弱点だ。
俺の頭が一気に回転した。昼間の反射板。あの時も使者は光を嫌がっていた。鏡じゃなくて反射板だったから効果は薄かったが——あの反応は「光が眩しい」じゃなくて「映るのが怖い」だったのか。
「なあ、この宮殿に鏡ってどのくらいある?」
「たくさんありますけど\...\...姿見、手鏡、装飾用の鏡\...\...」
「全部集められるか?」
フローシャンテリアが目を丸くした。
「\...\...何をするつもりですか?」
俺はにやりと笑った。
「明日、大勢で来るって言ってたろ。おもてなししてやろうぜ——鏡で囲んで、全員獣に戻してやる」
フローシャンテリアは最初驚いた顔をした。それから——ふっと笑った。
「\...\...面白い作戦ですね」
その夜、俺たちは宮殿中の鏡を集めた。
姿見。手鏡。化粧台の鏡。廊下の装飾鏡。倉庫の奥から引っ張り出した古い全身鏡。衛兵たちも手伝って、大小さまざまな鏡が中庭に積み上がっていく。
「これだけあれば、三百六十度囲めるな」
俺は満足げに頷いた。鏡を並べる配置を入念に確認する。門前の広場に、半円状に並べる。布をかぶせておいて、合図で一斉に外す。逃げ場のない鏡の檻。
月明かりの下、鏡が並んでいく。衛兵たちの顔にも笑みが浮かんでいる。
『明日で——決着をつける』
フローシャンテリアが隣に立った。
「カイトさん」
「ん?」
「\...\...エリカさんも、きっと大丈夫ですよ」
不意打ちだった。俺は一瞬言葉に詰まって——それから笑った。
「ああ。あいつは俺より頭がいいからな」
月が三つ、夜空に浮かんでいる。エリカは今頃、闇の森の中だろうか。
大丈夫だ。あいつは約束を破らない。
——そう信じて、俺は明日の準備に戻った。




