表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
115/132

第5節「プライド踏んづけ大作戦」


 昼過ぎ。来た。


 黒いローブを纏った男が、正門から堂々と歩いてくる。前回と同じ使者だ。あの傲慢な面構え。靴音が石畳に響く。一歩ごとに、空気が重くなる。


 「異世界人はどこだ。今日こそ決着をつけてやる」


 声が中庭に響く。衛兵たちが物陰で息を殺しているのが気配でわかる。


 だが——お前はもう、俺たちの庭に足を踏み入れている。


 俺は物陰から手信号を送った。全班に。


 『作戦開始』


 男が宮殿の入り口に足を踏み入れた——瞬間。


 ずるっ。


 床で派手に滑った。油だ。A班が朝から塗り込んでいた特製の油。


 「ぐわっ!」


 男が盛大に転倒する。黒いローブが翻り、背中から石畳に叩きつけられた。立ち上がろうと手をつく。手も滑る。


 そこに——天井から水袋がどすん。頭に直撃。ずぶ濡れ。B班、ナイス。


 「おのれ\...\...っ!」


 男の顔が真っ赤になる。ずぶ濡れのまま、怒りに任せて歩き出した。背後でA班がさっと追加の油を撒く。影に消える。男は気づかない。


 廊下を進む。角を曲がった——ぴんっ。紐に足を取られた。


 「ぐあっ!」


 二度目の転倒。石畳に顔から突っ込む。B班が天井の水袋を補充。影から影へ、音もなく。


 『いいぞ。完璧だ』


 男が次の廊下に入る。C班の一人が叫んだ。


 「異世界人はこっちだ!」


 男の目が光る。追いかける。足音が石畳を打つ。——しかしその先には。


 ずぼっ。


 落とし穴。男は見事にはまった。腰まで埋まる。穴の底は泥。黒いローブが茶色に染まっていく。


 「このっ\...\...!」


 泥だらけで這い上がる。C班はとっくに姿を消している。男は唾を吐き、歯を剥いた。


 「どこだ! 出てこい!」


 吠える。返事はない。代わりに——壁の反射板が朝日を集め、男の目を直撃した。


 「ぐっ——!」


 目を押さえた一瞬。背後からD班が小石を投げつける。ぱちっ、ぱちっ。後頭部に、肩に、尻に。当たるたびに男が振り返る。誰もいない。


 「ネズミどもめ\...\...!」


 男は怒り狂って走り出した。廊下から廊下へ。部屋から部屋へ。行く先々で罠が待っている。油。水。紐。落とし穴。反射板。そして——どこからともなく飛んでくる小石。


 食堂に飛び込めば、椅子の脚にロープが結んである。書庫に逃げ込めば、棚の上から粉袋が落ちてくる。真っ白になった顔で叫ぶ。


 「いい加減にしろ!」


 返事は小石。左耳のすぐ横を掠めた。D班の精度が上がっている。楽しんでやがるな、あいつら。


 衛兵たちは一度も正面に立たなかった。影のように現れては消え、挑発しては逃げる。カイトの命令通り。


 『逃げろ。逃げて、逃げて、逃げまくれ。そしてあいつのプライドを踏みにじれ』


 二十分後。男がようやく客間に辿り着いた。


 その姿は無残だった。ずぶ濡れ。泥だらけ。ローブはボロボロ。額には小石で打たれた赤い跡が三つ。プライドなんて、とっくに粉々だ。


 客間の椅子に、フローシャンテリアが座っていた。——正確には、フローシャンテリアに見える「それ」が。


 男の目が光った。獲物を見つけた獣の目。


 「やっと見つけた。王女め——覚悟しろ」


 男が手をかざす。黒い光が掌に集まる。バリアに叩きつけた。——が、弾かれる。もう一度。黒い光が渦を巻き、バリアに叩きつけられる。亀裂が走り——砕けた。


 『強い——! バリアを一撃で破った!?』


 肝が冷えた。やはり狡猾は化け物だ。幻影で正解だった。本物を置いていたら——考えたくもない。


 男が一瞬でフローシャンテリアに接近する。手にナイフ。心臓に突き立てた——。


 しかし。


 フローシャンテリアの体が歪んだ。輪郭がぐにゃりと曲がり、ぼやけ、縮み——ぬいぐるみに変わった。小さなクマのぬいぐるみ。ナイフが貫いているのは、綿の詰まった布の塊だ。


 「騙したな\...\...!」


 男が絶叫した。拳を振り上げ、客間の壁を殴り抜いた。石壁に拳の形の穴が開く。


 しかし——やがて動きが止まった。荒い息。血走った目が、宮殿の中を見回す。


 誰もいない。衛兵たちは完全に身を隠していた。


 男は歯を食いしばった。泥と水と粉にまみれた顔。最初の傲慢さは跡形もない。


 「また出直す。——次は、大勢で来る。覚悟しておけ」


 吐き捨てるように言い残し、黒い靄になって消えた。


 沈黙が落ちる。宮殿の埃が、ゆっくりと舞い降りる。


 ——そして、物陰から衛兵たちが顔を出した。


 「やりましたね、カイトさん!」「誰も怪我してないぞ!」「落とし穴に落ちた顔、最高でしたね!」


 歓声が上がる。全員無傷。作戦通りだ。


 俺は笑顔で応えた。——が、胸の中では冷静に考えている。


 『大勢、か。\...\...面白えじゃねえか』


 「よくやった、全員。でも——本番は明日だ」


 衛兵たちが真顔になる。


 「今夜はしっかり休め。明日に備えろ。——宴会は、全部終わってからだぞ」


 「おおーっ!」


 俺は客間に残り、壁に空いた拳の穴を見つめた。穴の周りにヒビが蜘蛛の巣みたいに走っている。


 雑兵一匹でこの威力。明日、大勢で来るなら——同じ手は通じない。


 考えろ。何か——何かあるはずだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ