表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/32

第1節「十五年後」


桜が舞っていた。


 四月の朝。空は青い。風は穏やか。通学路の並木道に花びらが散って、まるで映画のワンシーンだ。


 ——と思った瞬間、花びらが目に入った。


 痛い。


『今日もこれか』


 俺の名前は橘海斗。桜町高校の二年生。十五歳。身長は百七十五センチ。運動神経は普通。勉強はまあまあ。友達は多い方だと思う。


 クラスでは盛り上げ役。文化祭のMCもやった。体育祭ではリレーのアンカーを任された。借り物競争で「イケメン」と書かれた紙を引いて、自分で走ったこともある。


『あれは名采配だった』


 自画自賛だけど事実だ。会場は大いに沸いた。先生には怒られたけど。


 顔は——まあ、そこそこだと思う。鏡を見て「悪くないな」と思える程度。女子から「かっこいい」と言われたこともある。一回だけ。小学三年のとき。近所のおばちゃんだった気もする。


『......まあ、細かいことはいい』


 とにかく、俺は普通の高校生だ。普通に友達がいて、普通に学校に通って、普通に青春してる。


 ——一つだけ、普通じゃないことを除けば。


 災難体質。


 それが俺、橘海斗の唯一にして最大の特徴だった。


 どういうことか。簡単に言えば、不幸が寄ってくる。磁石みたいに。蜂蜜に群がる蟻みたいに。割引シールに群がるおばちゃんみたいに。


『最後のたとえはちょっと違うか』


 具体的に言おう。


 朝、玄関を出る。靴紐が切れる。予備に替えて歩き出すと、カラスにフンを落とされる。コンビニで傘を買おうとしたら、入り口の自動ドアが閉まって鼻を打つ。


 これが毎日だ。毎日。


 三百六十五日、休みなし。正月も。クリスマスも。バレンタインデーも。


 ああ、バレンタインか。


 思い出したくもない。


 中学のとき、クラスの女子に告白されたことがある。放課後の教室。夕日が差し込んで、いい雰囲気だった。彼女が「好きです」と言った瞬間——天井の蛍光灯が落ちてきた。


 怪我はなかった。でも雰囲気は完全に死んだ。


 翌日、彼女は目を合わせてくれなかった。一週間後には別のクラスの男子と付き合ってた。


『......恨んでないぞ。恨んでない』


 それだけじゃない。


 高校に入って最初の夏祭り。隣のクラスの子と二人で回ることになった。浴衣姿が可愛くて、ちょっとドキドキしてた。金魚すくいで何匹か取ってやって、いい感じだった。


 花火が始まった。「きれい」と彼女が言った。俺が「ああ」と答えようとした——そのとき、屋台の焼きそばの鉄板がひっくり返って、俺の背中に熱々のソースが降ってきた。


 叫んだ。当然だ。背中が焼けるように熱かった。


 彼女は引いた。そりゃそうだ。デートの相手が突然「あっっっつぅ!!」と絶叫して地面を転がったら、誰だって引く。


 翌週から彼女の態度は明らかに変わった。「橘くんといると、なんか怖い」。友達経由で聞いた言葉が地味に刺さった。


 こうして俺の周りから女子は減っていった。


「橘くんといると何か起きる」


 それが桜町高校での俺の評判だ。


 友達はまだいる。男子は災難もネタにしてくれるから助かってる。「おい橘、今日は何があった?」って毎朝聞いてくるやつもいる。日記代わりに俺の不幸を記録してるらしい。


『それ友達なのか? いや、友達だ。多分』


 でも女子はダメだ。近づいてこない。


 教室で隣の席になった女子が、一週間で席替えを申し出たこともある。理由は「安全のため」。先生が普通に許可したのが一番傷ついた。


 ま、仕方ない。


 俺はもう慣れた。十五年も災難と付き合ってきたんだ。生まれた日から、一日も休まず。


 母さんに聞いたことがある。「俺って昔からこうだった?」って。母さんは少し考えて、「生まれたときから」と答えた。笑ってたけど、目が笑ってなかった。


 なんでだろう。


 なんで俺だけこうなんだろう。


 考えても答えは出ない。出たことがない。だから考えるのはやめた。


 考えたって災難は減らない。悩んだって蛍光灯は落ちてくる。だったら笑ってた方がマシだ。笑ってれば、少なくとも周りの空気は重くならない。


『今日こそ何も起きませんように』


 朝、家を出るたびに祈る。毎日祈る。十五年間、一度も叶ったことのない祈り。


『——無理だろうな』


 わかってる。わかってるけど、祈らずにはいられない。


 桜が舞う。四月の風に乗って、花びらが頬をかすめた。


 今度は目に入らなかった。


 小さな勝利。


『よし。幸先いいぞ』


 俺はカバンを背負い直して、歩き出した。桜町高校まであと五分。何も起きるな。頼むから何も起きるな。


 そう祈りながら——通学路の角を曲がったところで、自転車に轢かれた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ