第二夜(6)
わたしは監視カメラを一瞥した。監視カメラでこちらを観察している月梅花のことを考えた。
これが前哨戦ならば――と、多少の縛りを自らに課すことにする。どうせ、劉玉環も全力は見せてこないだろう。
(魔力は使わず、修羅之位も封印して、基礎的な外道之太刀だけで闘うつもりで――)
柊南天の忠告にもあったが、月梅花がわたしの闘い方を学習して、魔力に目覚める可能性はある。それに、外道之太刀も披露し過ぎれば盗まれるかも知れない。
劉玉環やロリータの悪魔が本気を出していない以上、わたしも本気は出すべきではない。
「テーブルがなくなってしまいましたが――お料理は、まだ出てくるのですか?」
「それほど、死にたい、のか?」
ロリータの悪魔は言いながら、弾き飛ばされた騎士剣を右手に引き寄せていた。魔力視も霊視もしたが、その引き寄せには、魔力も霊力も関与していない。
互いに構えたまま、わたしは心底から愉しそうに笑う。
「死にたいのは、どちらでしょうか? ちなみに、殺し合いをするのは、吝かではありません。先ほどから、そうお伝えしているでしょう?」
刃が潰れた模造刀状態の【悪霊断ち】を水平に構えた。それに応えるように、ロリータの悪魔も左の偃月刀を上段に、右の騎士剣を下段に構える。
「――へぇ? 右に剣、左に刀、ですか? とても面白そうな双剣術ですね?」
ニヤリとほくそ笑みながら、深呼吸して集中の世界に入った。
「ほぅ? 右剣左刀、真髄を理解してるか? 然らば我と、もうしばし、戯れてみようぞ」
椅子に座った劉玉環が宣言して、ロリータの悪魔がゆらりと身体を横に揺らす。脚の軸は微塵も動かずに、上半身だけをゆらゆらと振り始めた。脱力しているからか、随分と滑らかである。
わたしはまだ祝詞は唱えず、構えた模造刀に霊力も流さず、受け身の姿勢を取った。
「回転薙――逆天牙突」
ロリータの悪魔の上半身が煙の如く揺らいで、次の瞬間、わたしの首に左刀が襲い掛かってきた。虚を突く歩法は、まるで外道之太刀【歩法陽炎】を思わせる。独特な足さばきが類似していた。
だからこそ、わたしは何の驚きもなく首の皮一枚で躱し切る。
だが――それで終わりではない。刹那の時間差でもって、逆手に持ち替えた右剣が、わたしの太腿を狙って突き出された。見事な連携技である。
ロリータの悪魔は、左刀で首元を狙うことでわたしの視線を誘導して、死角になった下半身に右剣を振るう。なるほど、これが双剣術の闘い方か。
「けれど、甘いですね」
とはいえ、あまりにも露骨過ぎたので、わたしは斬り上げで迎撃してしまった。
突き出された右剣は、剣身の根本から叩き折れた。どうやらこの騎士剣は、名剣とは言い難い一般的な武器のようだ。
「――ぬ!?」
砕け散った騎士剣は、すぐに投げ捨てられていた。同時に、ロリータの悪魔はわたしと距離を取ろうとして、大きくバックステップしていた。
「外道之太刀、斬鉄」
揺れる歩法で咄嗟の回避行動に移ったのを見て、わたしは踏み込んで斬鉄を繰り出す。
ザン、という風切り音を鳴らして、ロリータの悪魔が着ているドレスの胸元が大きく裂けた。本物の肉に見えるくらい無駄に凝った胸の詰め物とヌーブラが落ちて、鍛え抜かれた平らの胸板が現れる。
しっかりと踏み込んで、胸部を深く切り裂いた――はずだが。
「――――浅かった?」
見せかけの胸だけでなく心臓まで切り裂く勢いで斬り込み、充分な手応えもあったのに、血が滲むどころか薄皮一枚斬れていなかった。
「凄まじい、豪剣。我の護身罡気、軽々切り裂く、か」
「……護身、罡気?」
「――――護身罡気、知らない?」
わたしの呟きを聞いて、劉玉環がいっそう驚いていた。どうやら斬鉄は、その『護身罡気』という技によって防がれたらしい。
わたしは、不規則な動きでバックステップするロリータの悪魔を注意深く観察した。
よくよく視ると、ロリータの悪魔の肉体に、やんわりと湯気のような闘気が纏い付いていた。それがまるで、不可視の鎧のように視える。
(――いえ、アレは……闘気というよりも、内功、でしょうか? 気力を己の肉体に纏わせてる?)
ロリータの悪魔は、丹田のところから絶えず気力を発生させており、それを全身の経穴から噴き出している。噴き出す気力は、薄い膜となってその身体を包み、二重三重の空気層を生じさせている。
なるほど、アレが『護身罡気』とやらであるらしい。
斬った感触は筋肉に思えたが、実際は、具現化した気力を斬り裂いただけだったようだ。こういう気力の使い方があると知れて、勉強になる。
「歩法陽炎――」
ボソリと呪詛を吐くように呟きながら、わたしは思考を加速させる。次いで、蜃気楼の如く身体を揺らめかせながら、ロリータの悪魔から遠ざかった。
実体を掴ませないような歩法陽炎で、弧を描きながら死角に回り込む。
「――暗影歩か!?」
わたしが歩法陽炎で揺らめくのを見て、劉玉環が何やら叫んでいた。
一方で、距離を取っていたロリータの悪魔は、正面に現れた残像に目を奪われて、わたしの姿を見失っていた。
「――雨燕・比翼飛燕」
わたしを見失っているロリータの悪魔に、飛翔する斬撃を放った。
死角からの不意打ちで、最速にして不可避な飛翔する斬撃である。当然、座ったままの劉玉環にも狙いを定めて、左右から、そして頭上から、変則的な軌跡で雨燕を飛ばした。
果たして、不意打ちは成功した。
劉玉環もロリータの悪魔も、木偶のように何の反応も示していなかった。歩法陽炎で完全に惑わされているようだ。
まさか、これで終わってしまうのか。そうだとしたら期待外れも甚だしい――と、冷めた視線を二人に向けていた時、劉玉環が囁いた。
「以気馭剣――紫霞繚乱」
それは、何か魔術的な呪文だろうか。わたしは警戒しつつも、さらに追撃で、雨燕・比翼飛燕を繰り出して駄目押しする。
しかし、劉玉環の囁きを合図に、部屋中に置かれていた武器が独りでに飛び上がり、自由自在に空中を飛び回り始めた。信じられない光景である。
それらの武器は、わたしの繰り出した飛翔する斬撃――雨燕・比翼飛燕の全てを弾き飛ばした。
(……念動力でしょうか?)
飛び回る武器は、劉玉環の意のままに操られていた。先ほどロリータの悪魔が、武器を手に引き寄せた異能に似ているが、別次元の規模だった。
わたしは雨燕が不発に終わったことを確認してから、劉玉環に首を傾げた。
「……それ、手品、ですか? それとも、超能力をお持ちなのですか?」
結果として不意打ちが失敗に終わり、ふたたび場を仕切り直そうと距離を取る。同時に、わたし目掛けて飛んできた斧槍を、素早く斬鉄で叩き割る。
飛んできた斧槍の勢いは激しかったが、その割に重い攻撃ではなかったので、軽々と迎え撃つことが出来ていた。
ところで、劉玉環はわたしの質問に答えることなく、そのまま攻撃を続ける。
宙を舞っていた武器が一斉に、雨の如き怒涛の勢いで頭上から降り注いでくる。絨毯爆撃にも似た面攻撃だった。
「はぁ……答えてもくださらないとは……」
わたしは圧倒的物量を前に、恐怖を感じるでもなく、落胆の吐息を漏らした。
この程度でわたしを相手にできると思っているとしたら、やはり舐めすぎである。これはこれで驚くべき隠し玉だが、ただの念動力でしかない。
これがもし、劉玉環の奥義だとしたならば、雑魚すぎて泣けてくる。
確かに、奇術師として考えると、類い稀なる腕前だろう。しかし悲しいかな、これでは、手数でも質でもわたしには物足りなすぎる。
「……これでは、到底、修羅之位を繰り出すまでもありませんよ?」
一斉に襲い掛かってくる多種多様の武器たち、一瞥しただけでも二十を超えているそれらを、素早く効率的に撃ち落とす。
降り注いで来た武器は、その全てが異なる軌道で襲い掛かってきた。
それぞれ異なる技を繰り出しているようだが、いかんせん挙動が遅くて、威力も軽かった。これでは、避けてください、と言っているようなものだ。何よりも致命的なのは、どれもが急所を狙ってくるので、読み易いことこのうえない。
「何の脅威にもなりえない……」
はぁ、と溜息を吐きつつ、冷めた表情で武器を捌いていく。応手を誤らなければ、脅威は感じない。
わたしは、絶え間なく降り注ぐ武器を全て捌き、半数以上の武器は破壊して撃ち落とす。
しばらくそれを繰り返すと、不意に、絨毯爆撃がピタリと止まった。
武器が尽きたのか、と中空を見上げるが、まだまだ武器は多く、宙に浮かんでフラフラと彷徨っていた。いい加減無駄だと理解したのだろうか、それとも、次の攻撃に備えているのだろうか。
(――後者だと嬉しいのですけれど)
フッと一息吐いて、肩の力を抜く。ふと、椅子に座っていた劉玉環の姿が消えた。
「哈ァッ――!」
まったく同じタイミングで、ロリータの悪魔が鋭い呼気を吐いて天井まで跳び上がった。破けて胸元が開けていた蒼いドレスも、気付けば元に戻っている。
トン、と軽い足音を鳴らして、ロリータの悪魔は天井に着地する。
そこからの動きは、まさに雑技団のような曲芸だった。宙を舞っている武器を足場に、ピョンピョンと縦横無尽に部屋中を跳ね回るのだ。一度も床には降り立たず、空中から奇襲を仕掛ける算段だろう。
わたしは苦笑しながら、月梅花が観ているはずの監視カメラに、目線を向けず雨燕を放った。
そろそろ見学するのは、ご遠慮いただこう――見学したければ、直接、ここまで来たらいい。
「――さて、もうそろそろ、本気を味わいたいのですけれど……まだ様子見ですかね?」
あっけなく監視カメラは雨燕で切り裂かれて、床に落ちてくる。そのまま床に叩きつけられたのを横目に、トドメの雨燕で完全破壊した。これでもう監視は出来ない。
わたしは室内をくまなく魔力感知する。同時に、霊感も用いて、この部屋の中を完全に掌握した。
「紫霞繚乱――十二剣式・流星」
その時、気配を完全に断っていた劉玉環が小さく呟いた。なかなかの隠遁術だが、魔力感知で立ち位置の把握はできていた。視線は向けないが、部屋の出入口に寄り掛かって腕を組んでいる。
ロリータの悪魔は、劉玉環の呟きに突き動かされているように、空中から刀剣を投げてきた。その弾丸じみた速度の投擲に紛れるように、同じ速度で自身も飛び掛かってくる。なかなか素晴らしい投擲であり、凄まじい勢いの突撃でもある。けれど、恐ろしくはない。視線を向けなくとも、魔力視と霊感で完全に捕捉している。
わたしは余裕さえ持って、迫り来た攻撃を全て弾き飛ばす。
「――ッ!?」
投擲された刀剣は剣身を砕くことで、使い物にならなくさせた。そして、弾丸じみた突撃は、タイミングを合わせたカウンターで斬り付けた。
「斬鉄――く、っ!?」
ところが、カウンターは失敗する。わたしの斬鉄に対して、ロリータの悪魔が反撃を繰り出してきたのである。バキン、と激しい火花が散り、力押しで負けた挙句、肩口を切り裂かれた。
想定していたよりも、技量は拮抗していたらしい。
刹那の瞬間、一方的に切り裂いて殺すことは叶わず、いなすことしか出来なかった。
「……凄い曲芸……まさに、雑技団、ですね」
ロリータの悪魔はわたしを通り過ぎると、弾丸じみた速さのまま縦横無尽に室内を飛び回り、鎌鼬のようにすれ違いざまで斬り付けてくる。
わたしは守勢に回って、繰り返されるロリータの悪魔の突撃を弾くことに集中する。
室内を跳ね回るロリータの悪魔は一瞬として止まらず、スーパーボールみたいな動きを繰り返している。壁と宙に浮かぶ武器、天井を蹴り、不規則に突撃してきた。
「素の技量は、互角か……」
ガキン、バキン、と激しい金属音を鳴らしながら、わたしはひたすら受け続けた。
突撃と同時に繰り出される剣技は巧みで、零コンマ数秒の交差した瞬間に、五度も六度も剣戟が発生していた。
「見事――二十四式・墜星」
ボソリと、外野で眺めているだけの劉玉環が呟く。すると、ロリータの悪魔はそれに呼応するように動きを変えた。
弾丸じみた速度がさらに加速して、今度は床に刀剣を投げ付ける。
「――素敵、です」
刀剣が床に直撃した途端、爆撃のような衝撃波と粉塵が舞い上がる。視界が粉塵に覆われた。目眩しの意図だ。
笑みを浮かべた刹那、粉塵の中から、煌めく白刃がわたしの喉元に伸びてきた。いっそう口元が綻んでしまう。喉元に迫ってくるのは、レイピアのような細長い小剣である。
わたしは咄嗟に、レイピアの切っ先に模造刀の刀身を面で当てて、最小の力で逸らす。
しかし、ロリータの悪夢はさらに突き出して、小剣の軌道を変えた。フックの要領で模造刀の手元に引っ掛けて、わたしの動きを抑制する。
「二十四式・回天」
ロリータの悪魔が荒い呼気と共に、そんな技名を口にした。滑らかな動作で、逆手に握った左手の刀がわたしの腹部を狙ってくる。
舌を巻くほど見事な技量である。反応できたが、回避は出来なかった。
「――ぬっ!? まさ、か!?」
けれど生憎、わたしにダメージはなかった。驚愕するロリータの悪魔の声が心地好い。
「これが『護身罡気』ですか? 気力をこう使うのは、初めてですけれど……思ったよりも簡単ですね?」
振り抜かれた左刀が、ギイィン、と甲高い音を鳴らして、わたしの腹部を深々と切り裂いていた。けれど、それは筋肉どころか皮膚にも到達せず、鎧のように纏った気力だけを裂いている。
先ほど視た技術を見様見真似で使ってみた結果である。思ったより巧く出来た。
「馬鹿――ぐぅ、ぉ!?」
驚きで硬直したロリータの悪魔に、わたしは前蹴りを繰り出した。防御も出来ず、鳩尾に前蹴りが突き刺さる。瞬間の手応えは、硬い腹筋と鋼じみた鎧を思わせたが、外見通りの軽量で、ロリータの悪魔はあっけなく吹っ飛んで転がった。
「――へぇ? なるほど、ね」
どうやら護身罡気を纏っていた様子だが、同じように護身罡気を纏った攻撃であれば、相殺して破ることが出来るらしい。これもまた勉強になる。
「ねぇ、劉玉環さん。先ほどから思っていたのですけれど、わたしを侮っているでしょう? 殺し合いをする気、ありますか?」
わたしは入口の扉にもたれて、腕を組んでいる劉玉環に流し目を向けた。ことここに至ってさえ、まだ動く気配はなかった。
「――――」
わたしの殺気には、無言のまま明確な敵意だけ返してくる。しかし、それだけだ。月梅花に『手を出すな』とでも言われているのか。観察に徹する姿勢が感じられた。
「――三十六式・紫霞満天」
劉玉環に意識を向けていると、ロリータの悪魔が起き上がり、天井に跳んでいた。
天井を踏み抜く勢いで着地して、ミラーボールみたいにクルクルと中空で回り始める。そして、紫色の闘気を纏った無数の刀剣を、驟雨の如く投げ付けてきた。
「美しい。けれど――」
見事な技術だ、とは思う。思わず感心の吐息を漏らすほどに美しい技、だろう。一寸の隙間もなく降り注ぐそれらは、多対一でも一対一でも効果的に違いない。広範囲を一撃で、面制圧出来るほどに凄まじい技である。
降り注ぐ刀剣の一つ一つは、まるで達人が振るう剣技を思わせるほど複雑な軌道で落ちてくる。いくつもの剣招が、連携しているように思う技だ。わたしの全方位から襲い掛かってくる。
修羅之位を発動せずのわたしでは、これを避け続けることは困難だ。
「はぁ――」
しかも、掠るだけでも大ダメージで、どれもこれもが爆弾じみた威力を持っていた。何よりも厄介なのは、幾度撃ち落としてもふたたび浮かび上がり、繰り返し繰り返し、飛び掛かってくることだ。
けれど、大技過ぎて対処は容易過ぎる。
「――外道之太刀【天が紅】」
吐き捨てるように呟いてから、明鏡止水の境地に踏み込んだ。集中力は研ぎ澄まされて、あらゆる方向から降り注ぐ剣戟の全てを掌握する。
時が止まったような世界の中、わたしは、この剣技一振りで全てを弾き飛ばした。
弾かれた刀剣たちは、すかさずまた空中に浮かび上がり、ふたたび飛び掛かる態勢を整えた。その致命的なまでの刹那の隙に、わたしは退屈そうな表情を浮かべた。
「もう遊びは終わり――『精神は修羅が如くに、肉体は人を超越する』」
修羅之位――と、内心で唱えて、思考のスイッチを切り替えた。全身に魔力を通して、肉体出力をも倍化させつつ、霊体と精神の合致にも至る。
思考がいっそう加速して、周囲の景色が逆再生しそうなほど緩やかに流れ出す。
わたしは呼吸を止めて、腰を低く踏み込む予備動作をした。右脚に力を溜めて、身体を半身に捩りつつ刃のない模造刀を下段に構えた。
世界を置き去りにしたような感覚の中で、わたしは独り先ほどよりも倍速以上の疾さで、逆袈裟に刀を振り抜いた。
剣気を帯びた刀身が、空を真っ二つにするほどの斬撃を飛翔させた。
「【九天一閃】――」
技が成った後、刀を振り抜いた残心の姿勢で、わたしは静かに呟いた。
「凄まじ――――ぐぅ、ぁ!?」
ふぅ、と高めた集中を少しだけ緩めると、途端に、床と壁、天井に至るまで、振り抜いた九天一閃の軌跡が刻まれる。軌跡上にあった全ての刀剣は圧し折れ、叩き割られて、破片になって吹っ飛んだ。ついでに、軌跡上に居たロリータの悪魔も斬り裂いていた。
「ぐぁああ、っっ……ぅ」
刀剣を足場にしていたロリータの悪魔が、上半身と下半身を分断させて、床に落下してきた。
端正な美貌を苦悶に歪めて、血の池を作りながら床を這いまわる。一方で、無傷の劉玉環も、何やらそのダメージを共有している様子だった。苦痛に喘ぎながら、強く腹部を押さえている。
「その悉くを切り裂く――【斬鉄】」
劉玉環の本体に意識を向けながら、わたしは上半身と離別しているロリータの悪魔の首を刎ね飛ばす。
すると、首と肉片が血の池に溶けるようにサーっと消えて、床に広がった血も蒸発したように魔力に戻った。それらの魔力は全て、劉玉環に吸収される。
「へぇ? 劉玉環さんの異能って、殺せば魔力になって戻ってくるのですか? しかも、異能発動中のダメージは共有されていて、けれど死ぬほどのダメージは共有しない……いえ、感覚共有は任意で切り替えられる、と考えた方が妥当でしょうか?」
そんな推理を口にしながら、劉玉環の反応を視る。
何がしか異能のことを知れれば、より愉しい勝負ができるはず――だが、劉玉環は冷静だった。
「……梅花に、並ぶ格である。見極めるには、我、必死になる必要、有る」
「ええ、是非是非、必死で、わたしを愉しませてくれませんか――――おや?」
「無形剣――」
劉玉環が、組んでいた腕をダラリと下げた瞬間、その両手に剣気が集まり、無形の剣を形作った。それは魔力ではなく、霊力でもなく、闘気を形にした剣である。
思わず口元が綻び、愉悦が抑えきれなくなる。
闘気を手刀や武器に纏わせて、強力な剣とさせたり、攻撃力を高めることは理解出来る。その境地でさえ達人の領域であり、超人と呼ばれてもおかしくはない。
だと言うのに、闘気を集中させて、形にする技術があることは知らなかった。出来るとも考えたことがなかった。剣気を具現化させて刀剣を出現させるとは、どれほどの境地だろうか。
「素晴ら――っ!?」
「――十二式・双天舞」
感嘆の呟きに被せて、劉玉環がユラリと踏み込んできた。その動きは俊敏で、虚実入り混じった歩法もしていた。老練な体捌き、滑らかで流麗な剣技である。しかも無形の双剣は、どうやら護身罡気を無効化する特性もあるようだ。
わたしの纏っている気力が、当然のように切り裂かれる。
「――ッ!?」
左右からヌルリと迫る剣戟は、手首、太腿、肩口、首筋と、急所ではない部分の薄皮一枚だけを切り裂く斬撃だった。
わたしは、受けて、弾いて、避けて、劉玉環の柔剣をいなすべく、ひたすら捌くことに注力したが、剣術の技量の点で明確に負けていた。
致命傷こそないが、手数が多くなるごとに服が切り裂かれて、皮膚に血が滲み始める。
「十二式・流転――」
「ふふふ……っ、はは、はは――『刮目せよ。霊験あらたかな祝福を』ッ!!」
わたしは模造刀に霊力を篭めて、祝詞を唱え霊剣化させた。まだ本気ではないが、相応のレベルで相手しなければ失礼である。
「――本当に、素晴らしい!」
劉玉環が振るう無形の双剣の硬度に感心した。
霊剣化している【悪霊断ち】を本気でぶつけているのに、無形の双剣は砕けず曲がらず、傷一つ付かなかった。凄まじい強度である。
「六式・双頭輪舞」
「く、っ!? チッ――」
一手受け方を誤ったようで、胸元がパックリと切り裂かれた。皮膚までは届いていないが、インナーで着ているスポーツブラまで切り裂かれて、胸があらわになる。
思わず舌打ちしつつ、集中の段階を一つ引き上げた。
劉玉環の双剣術は、詰碁を想起させるほど緻密に計算された剣技だった。受け方を誤ると、次の手でダメージが上乗せされる。一撃必殺はなく、攻撃自体も軽い。けれど、それらは全て布石になりうる。最初から、長期戦を想定した立ち回りをしている。
流麗で隙がなく、一瞬も途切れない連撃が続く。
先ほどまでロリータの悪魔が繰り出していた豪快な剣技とは異なり、繊細で老獪な剣技ばかりだ。
(身体能力では、圧倒的にわたしが格上……技量は、劉玉環さんの方が格上、ですかね? けれど、どうしていまの劉玉環さんと、異能だったロリータの悪魔で、ここまで技量の違いが生じるのでしょうか……操作性の問題? それが欠点なのでしょうか? 不思議ですね)
示し合わせて踊っているかのように、わたしは劉玉環と剣戟を続ける。
一進一退しつつ、基礎の剣術のみで闘う――防戦一方ではあるが、劉玉環も攻め切れていない。いや、無理に攻めるつもりがないように思えた。
わたしがあえて隙を見せても、踏み込むことなく、慎重に技を繰り出していた。
まるで時間稼ぎをしているようだが、膠着状況が続けば有利になるのはわたしである。どう考えても、先に体力が尽きるのは劉玉環だった。
「――二十四式・回天」
ふと劉玉環の呼吸が乱れた。しかし、その攻撃は回転数が上がり、動きが倍速になった。両手の無形剣がぐにゃりと歪み、次の瞬間、右が長剣に、左が大刀に変わった。
「へぇ――ッ!?」
感嘆した瞬間、劉玉環が放つ剣技の質が大きく変わった。それは、ついさっきロリータの悪魔が放った剣技である。
ただし今回は、より強引で大胆、それでいて自然で素早く、虚を突いてきた。
「ぐっ――ッ!?」
右の長剣が、わたしの刀を巻き上げて弾き飛ばす。油断ではなく純粋な技量差で、刀を巻き上げられて弾き飛ばされてしまった。直後、逆手の大刀が腹部を叩きつけてきた。それは斬るではなく、鈍器を押し付けるような薙ぎ払いだ。
わたしの護身罡気をあえて相殺させず、叩きつけることで凄まじい衝撃が背中を通り抜ける。
苦痛の喘ぎ声を漏らしながら、勢いそのままに蹈鞴を踏んだ。吹っ飛ぶほどではないが、脚に響く衝撃である。
「無形剣罡――三十六式・満天花雨」
劉玉環の宣言に、わたしは全身を震わせた。
爆発的に闘気が膨れ上がり、寒気がするほどの殺意で室内が満ちた。死が具現化した、と本気で感じる威圧である。
ハッとして視れば、劉玉環の全身が湯気のような覇気に包まれていた。
少し視線を天井に向けると、空中には無数の刀剣が浮かんでいた。それらの刀剣は、全てが強烈な剣気の塊である。
「――素晴らしい!!」
全身が粟立った刹那、わたしは歓喜の声を上げる。その技自体は、ついさっきロリータの悪魔が繰り出してきた刀剣の雨と同じだが、その威力は、先ほどの比ではないだろう。
わたしの声を合図に、空中に留まっていたそれら剣気の刀剣は一斉に降り注いできた。
しかしそれだけでは終わらない。意識が降り注ぐ刀剣に向いた一瞬、背後の死角に魔力が飛んでいき、ロリータの悪魔を復活させていた。
(へぇ――劉玉環さんの異能は、いつでも、どこにでも顕現可能か……魔力の動きが視えなければ、一瞬で暗殺されてしまいますね!)
わたしは、この最高過ぎるシチュエーションに、笑みが止まらなかった。内心で歓喜しながら、慌てて意識を切り替える。
ここからが本当の殺し合いであり、窮地と呼べる死闘だろう。
「梵釈之位――歩法【朧】」
呟きは強烈な自己暗示でもある。思考のスイッチを切り替えるだけでは、深い無意識領域を没入させるには至らないが、自己暗示を絡めた催眠効果を利用すれば、ただ技名を口に出すことで、無意識さえも強制的に切り替えが出来る。
わたしの思考が引き延ばされて、途端に視えていた世界が止まる。
精神は明鏡止水の境地に至り、肉体は限界を超えて120%の出力を叶える。集中の世界に没入しつつ、状況を冷静に分析も出来ている。
「以気馭剣――梅花・千変万化」
背後から迫ってくるロリータの悪魔は、床に転がっていた騎士剣と日本刀を右手と左手に引き寄せて、蜃気楼のように身体を揺らしていた。空中に紫色の闘気が舞い上がり、まるで梅の花が散るような幻想的な光景を魅せてくる。
ロリータの悪魔が振るう右剣左刀は、わたしの首筋、胴体、心臓、丹田に、梅の花を思わせる紫色の闘気をぶつけてきて、順番に斬り付けてくる。
わたしは振り返らずに、それらの剣技を無手のままいなして、避けて、時には、魔力による肉体強化と護身罡気で防御する。けれど、ロリータの悪魔が繰り出す剣技は、覚えたての護身罡気を軽々と相殺してくるので、少しだけ厄介だった。
さて、そんなロリータの悪魔の剣技の合間で、頭上からは、驟雨の如き勢いの刀剣が降り注いでもきていた。それら剣気の刀剣の雨は、切れ味も威力も抜群で、掠っただけで火傷じみた裂傷と、鈍器で殴られたような衝撃が走る。
(不慣れとはいえ、護身罡気がほとんど役に立ちません……まだまだ練度不足ですね)
並列思考で自身の未熟を愚痴りながら、降り注ぐ剣気の刀剣のうち、致命傷になりうる攻撃だけを避けて躱した。同時に、ロリータの悪魔の連撃にも応じる。
これほど激しい刀剣の嵐と、ロリータの悪魔という異能が、劉玉環たった一人の仕業とは――想像以上に愉しい強敵である。
わたしは愉悦の笑みを浮かべたまま、頭上から隙間なく、絶え間なく降り注ぐ剣気の刀剣を躱して、一度も視線を向けずにロリータの悪魔の繰り出す剣技をいなし続けた。梵釈之位を発動させていても、流石に素手では、この状況を一気に覆すことは困難だ。
だからこそ、好機を待つのが正解である。
アドレナリンが分泌される高揚感と、思考が加速していく万能感に包まれて、身体の調子はどんどんと上がっていく。いまのわたしであれば、たとえマシンガンを目の前で撃たれたとしても、全ての弾丸を目視で躱せるだろう。
「お嬢さん――化、物――恐ろし――」
劉玉環の早口の呟きが間延びして聞こえる世界で、わたしは降り注ぐ刀剣を避けながら、ロリータの悪魔が繰り出す剣戟を躱して、弾き飛ばされた模造刀【悪霊断ち】を拾い上げた。
傍から見ると、録画した映像を倍速で早回ししているように視えたに違いない。
「刮目せよ、霊験あらたかな祝福を――雨燕・比翼飛燕に、雷撃を乗せて見せましょう!!」
さて、拾い上げた刀――【悪霊断ち】に霊力を流して、すかさず外道之太刀を繰り出した。ついでに【雷撃】の属性も剣技に組み込んで見せる。
飛翔する最速の斬撃は、紫電の閃光を撒き散らしながら、降り注ぐ剣気の刀剣の間を縫って劉玉環に向かっていった。
「――ぐぁ、ァッ!!」
果たして、雷撃を帯びたその斬撃は、劉玉環に避ける暇を与えず直撃した。手応えはあった。致命傷には至らずとも、かなりのダメージは与えた確信がある。
「これは――どう、ですかっ!?」
わたしは劉玉環を仕留めた感触だけでは止まらず、さらに多くの雷撃を纏わせた雨燕・比翼飛燕を中空に繰り出した。
それらは、わたし目掛けて降り注ぐ剣気の刀剣に被弾して、同時に、部屋中に幾筋もの落雷を生じさせた。部屋は一気に乾燥して、空気が感電するのを肌で感じる。
「痺れ、ます……ね」
雷撃を纏った雨燕は強力だったが、繰り出したわたし自身も痺れてしまった。この技は、密室では少しだけ使い難いかも知れない。
「この、死――」
「――視えてます。さあ、容赦なしに行きますよ? 外道之太刀【無形羅刹】」
ところで、わたしは死角から飛び掛かってきたロリータの悪魔に振り返り、繰り出される剣技を全て【悪霊断ち】で迎え撃った。
「――――ガァアア、ッ!??」
宣言通りに容赦なく迎え撃った結果、ロリータの悪魔が振るった騎士剣と日本刀は、容易く根本から砕け散った。
素手とは違って、刀を使えれば当然、簡単に武器は破壊出来た。
どうやら劉玉環は、ロリータの悪魔が振るう剣にまでは、そこまで強力な闘気を篭めることが出来ない様子だ。
わたしは意趣返しに、ロリータの悪魔の武器を巻き上げて弾き飛ばす。ついでに、雷撃を全身に浴びせ掛けて、そのまま身体を痺れさせた。
ビリビリと痙攣しているところで、首を刈り取る。
「さて、次は――」
ロリータの悪魔をふたたび殺して、すかさず劉玉環に意識を向けた。
降り注ぐ剣気の刀剣の驟雨はまだ終わっていないが、ロリータの悪魔の妨害がなければ、加速した思考の前ではもはや脅威ではない。
わたしは降り注ぐ剣気の刀剣を躱して、劉玉環にトドメを刺すべく踏み込んで――――突如、繰り出された袈裟斬りを慌てて回避した。
「――――ッ!?」
「真棒、鳳仙綾女」
ドドドド、と、咄嗟にわたしがバックステップした先を目掛けて、剣気の刀剣たちが集中して襲い掛かってきた。思わず舌打ちしながら、身体を捻って技を繰り出す。
「チッ――避け……違う!? この――」
回避は余裕で間に合うだろう。加速する思考が、冷静に降り注ぐ剣気の刀剣の軌道を把握していた。しかし、わたしの直感は警鐘を鳴らしている。
避けるのは悪手だ。次の一手に、追い詰められるかも知れない。
わたしは咄嗟の判断で、降り注ぐそれらを外道之太刀で撃ち落とすことにした。
「――外道之太刀、【暁天】ッ!!」
グッと腰を落としてから、瞬間的に身体を捻り上げつつ、逆袈裟に斬り上げる。振るわれる刀の軌跡には紫電が舞い、風切り音と共に雷鳴を轟かせた。
そんな周囲を一掃する暁天の一閃は、降り注いで来たほぼ全ての剣気を消滅させた。
撃ち漏らしは、二、三撃程度で、それはわたしの肩口と腹部を襲い、軽い裂傷が出来た。
「謝謝、老師。鳳仙綾女――朋友の実力は、充分、確認した。メイファ、満足できたし、これ以上は、老師、死ぬか?」
わたしは残心の姿勢をすぐさま立て直して、現れた声の主に全神経を集中させる。現れる寸前まで、否、現れた今この瞬間でさえ、その存在感を全く感知できない。
「ウェイ、朋友。今日は、ここで終わり、だよ?」
そこに居たのは、ニヤニヤと微笑んでいる月梅花だった。




