表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
外道に生きるモノ  作者: 神無月夕
第七章/真夏の夜の悪夢

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

96/98

第二夜(5)

 モダン柊を後にしたわたしは、急ぎ足で表通りに出ると、迷わずタクシーを捕まえて自宅に戻ることにした。約束の時間まで、既に二時間を切っている。


(移動時間を考えると、あまり余裕はありませんね……この刀で、外道之太刀を試してみたかったのですけれど……実戦で、威力が分からないまま、技を放つのはあまり好きではないのですけれど……)


 待ち合わせ場所のグランメゾンベルファムは、遠くはないがそれなりに歩く距離である。いまから用意して移動することを思うと、もはや軽い運動さえしている余裕がない。

 試し切りが出来ないのは残念だし、気持ち的にモヤモヤ感が残るのだが、とはいえ、それはあくまでも気分の問題であり、戦闘に影響が出ることではない。いきなり実戦で披露したところで、威力が落ちることだけはないだろう。

 否、そもそも、実のところ今日は、柊南天の忠告に従おうと考えていた。流れがどうなるかは分からないが、とりあえず月梅花とは闘うつもりがない。夕食に誘われた目的が分からない以上、わたしは殺し合わず、様子見をする算段でいる。


(柊さんの忠告があろうとなかろうと……食事の意図が掴めないのが、少しだけ不気味ですし……)


 わたしがあえて夕食の誘いに乗ったのは、月梅花と劉玉環の性格や実力を見定めるため、である。あわよくば、味見をする程度には闘うかも知れないが、本気で愉しむ気は毛頭ない。

 恐らく向こうも、食事の席で本気の殺し合いなどしないだろう。そんなつまらない展開など計画していないはずだ。


「メインディッシュは、新月の夜に――と、そう考えていそうですし、ね」


 誰に語るでもなく、わたしは独り言ちながら、自宅の鍵を開けた。

 リビングに入り、着替える前に少しだけ水分補給をする。テレビを点けてニュース番組を垂れ流しながら、ドレスコードに引っ掛からない私服を見繕う。

 けれど、シックリ来るような私服が見付からない。


「……動き易くて、ドレスコードを満たしているのが、これくらいしかありません……」


 わたしは溜息を吐きながら、唯一見付かったそれに着替える。

 まさかこんな夏場に、フォーマルなセットアップスーツを着ることになるとは思わなかった。かなり暑苦しいが、致し方あるまい。


「…………まぁ、そろそろ陽が沈み出す頃合いですから、目立つことはないでしょう……」


 幸いにして、外気は少しずつ涼しくなってきていた。今日は、西日もそこまで強くはない。

 着替えたセットアップスーツに合わせて、髪を束ねてまとめ上げた。パッと見た印象は、仕事のできる女、という感じのキャリアウーマンになったが、グランメゾンベルファムに向かうことを考えれば、妥当な格好だろう。


「……気合を入れての化粧までは、必要ありませんね……」


 鏡を見ながら、最低限の身だしなみを整えた。軽いメイクだけして、服装と違和感が出ないようにする。パリッとした格好なので、全く化粧っ気がないのは不自然だろう。

 いっそもっと濃く化粧して、変装でもしようかと考えたが、それはそれで面倒である。どうせ互いに顔は知れている。道中の監視カメラを気にしても、後からどうとでもなる。素顔を記録されたところで、困ることはあまりない。

 わたしはそのまま、認識阻害の魔術が掛かっている竹刀袋を背負った。格好に相応しい手提げバックも用意して、携帯と財布だけ持って家を出た。


「暑……っ」


 生温く蒸し蒸しとした風がわたしを出迎える。見上げれば、鮮やかな西日の赤と薄白む空が綺麗なグラデーションを見せていた。薄白む空に目を凝らすと、細く白く輝く月が浮かんでいた。

 時刻は十八時を少し回っている。ここから電車で向かうと、遅刻するかも知れない。

 グランメゾンベルファムは、九鬼南駅から徒歩五分の好立地にある。電車移動が一番早いのだが、この格好で、帰宅ラッシュで混雑する電車を利用するのも億劫だった。

 わたしは少しだけ迷ったが、遅刻しないことを優先して、闇営業の白タクシーを呼び出す。白タクシーはすぐにやって来た。


「グランメゾンベルファムの近くまで――」


 目的地を告げるだけで、この白タクシーは何も詮索せずに仕事をこなしてくれる。その目的地がどこだろうと、わたしがどんな格好をしていようと、疑問に思うこともなく、無言を貫いてくれるのだ。ちなみにドライブレコーダーも搭載しておらず、万が一にも事故った時は、迷わず車を捨てて逃げ出す性質もある。昔から、非常に重宝出来る信頼の置ける白タクシーである。


「――ここで大丈夫です」


 わたしは、グランメゾンベルファムが見える大通りに繋がる側道でタクシーを降りた。時刻は十八時五十五分、約束の時間には間に合いそうだ。

 大通りに面したグランメゾンベルファムの入口から通り全体を眺める。大通り自体が、行き交う人々でだいぶ混み合っていた。

 そんな人混みの中で、柊南天の姿を探した瞬間、思わず目を見開いて愕然としてしまった。


「――――ねぇ。サトーさん。このお店、良さそうぉ!! 奢ってよぉ!」

「おいおい、流石にここは……予約しないと、無理だろ?」


 グランメゾンベルファムの入口付近で、気色悪い声を出している一組のカップルがいた。

 サトーさんと呼ばれている男性は、髭を蓄えて恰幅が良く、見るからに成金風のスーツを纏った中年だった。そして、隣に並んでいる女性は、誰がどう見てもキャバ嬢と思えるメイクに、ド派手なドレス姿の妙齢の美女である。

 そんな二人を視界に捉えて、わたしは驚愕で立ち止まってしまった。


「ええ?! どこでも、うちの食べたいとこに案内してくれる、って言ったじゃん! ここ、行こうよぉ――」


 くねくねと腰を振りながら、中年男性サトーさんの腕に縋りついて媚を売る女性を認識して、わたしは虫唾が走るのと同時に、寒気で思わず一歩引いていた。

 その女性はチラとわたしの姿を認識して、すぐさま興味がないように視線を逸らしていた。


「……柊さん、何を……」


 わたしはボソリと呟いた。そのキャバ嬢メイクの女性は、紛れもなく変装した柊南天だった。


(……綾女嬢、その格好、かなり凛々しいっスね? うちが男なら惚れちゃうスよ? って、ちょ、何をさっきから、ドン引きしてるんスか? うちが、こんなに身体を張ってるのに!)


 脳内にそんなテレパシーが届く。その言葉でハッと我に返った。

 どうやら見間違えではなく、やはり眼の前で痴態を演じているのは、柊南天であるようだ。普段の柊南天とはまるでイメージが違うのもそうだが、心底気持ち悪い猫撫で声を上げていて、信じたくない心境だった。しかし、信じざるを得ない。


(ちょいちょい、綾女嬢? サッサと、うちを追い越して、店内に入るっス! そしたら、うちが割り込んで、ひと悶着起こすんスから――ちな、この豚は、そこらで逆ナンしたっス。足は付かないんで、気にしないでくださいっス)


 呆けているわたしに、柊南天がより強烈なテレパシーを送ってきた。


「――ねぇねぇ、早くぅ! うち、お腹空いちゃったぁ」


 柊南天はいっそう甘えた声で、縋りついたサトーさんに、身体を寄せて色仕掛けしていた。まるで周りに魅せ付けるように、露骨に強調した胸元を押しつけている。サトーさんは分かり易く鼻の下を伸ばしていた。


(…………気持ち悪い)

(ちょ、ちょ!? きもい、ってなんスか!? 酷いス!!)


 演技であろうとなんだろうと、わたしはそんな柊南天に軽蔑の視線を向けながら、指示に従って、二人を押し退けてグランメゾンベルファムの扉を開けた。


「――ようこそお越しくださいました。お独りさまですか?」

「ええ。そうです」


 入った瞬間、柔和な笑顔をした給仕係が丁寧に頭を下げてきた。出迎える所作、洗練された立ち居振る舞いからは高い品格が窺えた。

 わたしに対応する給仕係の様子を見て、柊南天たち偽カップルは、ほらほら、と沸き立っている。


「ちょっとぉ、サトーさん、見てたぁ、いま!? 酷いよぉ。あの人、うちらを追い抜いたぁ!!」

「いや、ちょっと邪魔だったかね――」

「もういいよぉ。サトーさん。ねぇ、ほらほらぁ。早く入ろうよぉ? あの人、一人だよぉ? 絶対、予約なんかないよぉ――うちらも大丈夫だよぉ」

「あ、うん。まあ、そうだね。じゃあ、入ろうか。美味しい食事をしてから、ホテルにでも行こうね?」


 気色悪い会話をしながら、柊南天とサトーさんも扉を大きく開いて入ってくる。二人の様子は、まるで居酒屋の暖簾をくぐるような気軽さで、明らかに場違い感がある。

 当然ながら、店内の注目を二人は一身に浴びていた。サトーさんはその視線に、少しだけ困った顔を浮かべていたが、腕に縋りついた柊南天の胸に正常な思考は出来なくなっていた。


「二人だけど、席は空いてるかな?」


 サトーさんがわたしを無視して、給仕係に声を掛けていた。給仕係は困り顔を浮かべて、お待ちください、と呟いてから、わたしに向き直る。


「失礼いたしました。お客様、ご予約は――」

「月梅花、で十九時から、予約されているはずです」

「――あ、た、大変、失礼いたしました。梅花お嬢様のお連れ様、でしたか!? すぐにご案内いたします。奥のVIPルームです」


 わたしが名乗った瞬間、給仕係は顔面を蒼白にさせて、すかさず深いお辞儀をして見せた。そのまま素早く他スタッフに目配せをして、手荷物を預かろうと自然に手を伸ばしてきた。

 それを拒否して、自分で持っていく、と意思表示する。瞬間――


「ねぇねぇねぇ、うちらも案内してよぉ!!」


 キャバ嬢メイクの柊南天が、かなり強引にわたしを押し退けて、給仕係との間に割り込んできた。

 これは流石にマナー違反以前に、非常識な行動過ぎるだろう。サトーさんも、その柊南天の問題行動に眉根を寄せていた。


「……お客様。申し訳ございませんが、いまはこちらのお客様の対応を――」

「――えぇ? うちらの方が、お金持ってるからぁさぁ、先に案内してよぉ?」


 柊南天のそんな猫撫で声が、店内の空気を凍り付かせた。

 個人的には気色悪い声で寒気がするし、直後に、チラと流し目を向けられて、ウインクまでされたので、いっそう吐き気を催した。

 だが、これが柊南天の策らしい。店内の給仕係が全員、このイカレた勘違い客を注視し始める。


「申し訳ございませんが、他のお客様のご迷惑になります。当店では、お食事は拒否させていただきますので、お引き取り願えませんか? このまま自主的にご退店いただけない場合には、警察にも連絡せざるを得ないです」


 押し退けられたわたしを庇うように、別の屈強な体躯をした給仕係が現れて、柊南天に入店拒否の意思表示をする。その拒否の言葉を受けて、柊南天はさらにごね始めた。

 ぷくぅ、と頬を膨らませて、子供か、とツッコミたくなるほど不承な表情を浮かべていた。


「えぇ、どーゆ-ことぉ? うちら、何もしてないじゃん!! ちょっと、それ差別じゃないのぉ!? むしろ、うちらが警察に訴えるけど――」

「――お、おい。これ以上は、お店に悪いよ――」

「えぇえ!? サトーさん、何を言うんですかぁ!? どこでも奢ってくれるって――」


 サトーさんの嘘吐きぃ、と叫びながら、サトーさんの腕を引いて、柊南天は退店を促してくる給仕係に食い下がる。ここまで来ると、警察沙汰にすべきレベルの迷惑客でしかない。


「――お引き取りくださいっ!!」

「きゃあぁ!? ちょ、何する――ぁ、この……」

「――――早く、警察呼んで!」


 ぎゃあぎゃあ、とわたしの目の前で馬鹿みたいな小競り合いが繰り広げられて、しかし結局は、柊南天とサトーさんは店外に追い出された。

 それを見送ってから、わたしは慌てた様子の給仕係と向き直った。


「本当に申し訳ございません!! 大変失礼いたしました――どうぞ、こちらに」


 給仕係は顔面蒼白で何度も頭を下げながら、今度は手荷物には手を伸ばさず、竹刀袋もそのままで店内の奥へと案内してくれる。他スタッフも、誰もがわたしの竹刀袋には視線すら向けず、一瞥さえせず持ち場を守っていた。

 あの騒動のおかげで、どうやら柊南天の集団催眠は成功したらしい。

 あれほど身を挺してまでくれてありがとう、ではあるのだが、正直、素直に感謝は出来なかった。


(――ちょ!? うち、ここまで体張って、変装して、逆ナンまでして! なのに感謝してくれないんスかぁ!? 綾女嬢、薄情すぎっスよ。少しくらい、うちのこと、尊敬してくれてもいいんスよ!?)


 店内奥のVIPルームに案内されながら、店外の柊南天からテレパシーが届いた。そのテレパシーには応えず、フッと一笑に付した。


(まぁ、いいっス。あとは綾女嬢で、何とかしてくださいっスよ? いちお、店内の客、従業員には、異常が異常と感じなくなる催眠を掛けたっス。物理的な痛みが発生しなければ、耳元で騒音が起きようと気付かないっス。けど、騒いでいいって訳じゃないんで、悪しからず――ちな、うちの精神感応で探知した限りだと、店内には、梅花嬢は不在っぽいスね)


 へぇ、と心の中で感心してから、わたしは小さく頷いた。

 確かに、わたしの感覚でも、店内に強者の気配はあれど、月梅花ほどの威圧は感じない。強者の気配としては、一番奥の広い部屋――VIPルームに二人分ある。けれど、二人居る強者は、気配の特徴が全く一緒なのだ。


「――こちらです。遅くなりまして、申し訳ございません」


 給仕係が個室の両開き扉を開いて、深々とお辞儀する。

 わたしはそれを横目に、軽く十人以上は入れるだろう個室に足を踏み入れた。


「ようこそ、お嬢さん。我、感激」

「ごきげんよう、お嬢さん。突然のお誘いに、時間通りお越しくださり、謝謝」


 個室内には、中央に大きな丸テーブルがあり、スーツ姿の老紳士と、ゴスロリ風の蒼いドレスを纏って仮面をつけた少女が座っていた。二人は向かい合う位置で陣取り、その正面の席が空いていた。

 給仕係がわたしを追い抜き、空席を少しずらして、着席するのを促してくる。竹刀袋を持ったまま、促された席に座った。

 チラと室内を一瞥すれば、部屋の壁という壁には、あまりにも堂々と多種多様の武器が、どうだと言わんばかりに飾られていた。

 古今東西の、刀剣、斧槍、棍棒、弓矢など、この部屋は武器庫なのかと疑いたくなるほどの品揃えだった。けれど、眺めた限りではその武器の中には、写真で見ていた『春麒』『秋麟』の二振りは置かれていなかった。


「……(リュウ)玉環(ユーホァン)さん? 月梅花さんは、どちらに?」


 給仕係が部屋から出て行ったのと同時に、わたしは椅子に背を預けて、鋭く老紳士を睨みつけた。チラと横目で、蒼いゴスロリドレス姿の仮面少女も視る。

 仮面少女は、背丈こそ月梅花に似ていたが、その気配は明らかに違っていた。顔を見せていないが、月梅花ではないと断言出来る。


「梅花、ここに居る――」

「――我が、メイファだが?」


 即答する劉玉環と仮面少女だったが、わたしは苦笑しながら首を振る。


「違いますね。嗚呼、それが劉玉環さんの異能――『身外身(ドッペルゲンガー)』ですか? 噂に聴いている【ロリータの悪魔】とは、その仮面を被った異能のこと、なのでしょうか?」


 仮面少女を指差しながら、確信を持って劉玉環に問い掛けた。図星を突かれたようで、劉玉環は一瞬だけ呼吸が止まっていた。

 けれどすぐさま空気を戻して、テーブルのうえに設置されていたコードレスチャイムを押下する。すかさず給仕係がやってきた。


「食前酒、二つ。お嬢さんには、ノンアルコール」


 劉玉環は自然な流れで、自分たちの分と、わたしの分の飲み物を注文していた。


「今日は、月梅花さんにご招待されたので、わざわざここまで来たのですけれど? あのお誘いは、そもそも月梅花さんではなかったのでしょうか?」

「落ち着くといい。我、梅花の代理人、でもある」

「代理人、ということは、ご本人はいらっしゃらないのでしょうか?」


 わたしは無言で座っている仮面少女を睨み付ける。

 姿かたちは、確かにマジマジと見詰めても、昼頃に遭遇した月梅花の特徴に近い。だが、致命的なまでに威圧感が違う。纏う空気が違う。それに何より魔力視すると一目瞭然だが、全身が魔力で構成されているので、人間ではないことも分かる。

 わたしの睨み付けに観念したのか、仮面少女は無言のままスッと仮面を外した。

 現れたその相貌は、紛れもなく美少女ではあるが、化粧をした若き日の劉玉環である。神薙瑠璃が見せてくれた映像通りの顔だった。


「我、異能を明かしてないが、お嬢さん――アヤメさんは、どうやって知った?」

「鳳仙とお呼びください――わたしが、劉玉環さんの異能をどこで知ったか? それをご説明する義務も必要性もありませんよ?」

「…………フルネーム、辞めてくれ」


 劉玉環が苛立ちの空気を放ち始めるとちょうど、給仕係が食前酒とノンアルコールドリンクを持ってきた。丁寧に素早く、わたしと劉玉環たちの前に配膳する。

 劉玉環は疲れたように溜息を漏らしてから、配膳された食前酒に口を付けていた。

 わたしもそれに倣って、配膳されたドリンクを一口飲む。軽い炭酸が入ったレモンベースのドリンクで、この店独自のオリジナルドリンクなのだろう。爽やかな口当たりで美味しかった。


「梅花、気配隠してる。察せないなら、アヤメさん、噂ほど強者ではないな」

「鳳仙、です。わたしが強者か弱者か、見極めたければ、この場で殺し合いましょうか?」

「早計――今日は別に、殺し合う目的、違う」


 劉玉環が一瞬だけ、部屋の隅の天井に視線を向けた。しかし、その視線誘導には乗らず、霊感による室内探知を行った。

 魔力探知でも良かったが、探っているのを気取られると嫌だ、とわたしは判断していた。


「……なるほど。監視カメラ、ですか?」


 劉玉環が視線を向けた先には、小型の監視カメラがあった。

 それを意識した途端、監視カメラの先から鋭い殺意が放たれたような錯覚があった。ゾワリ、と背中が粟立つ。


「ほぉ? アヤメさん、千里眼、あるか? 慧眼だ」


 感心した風に、パチパチ、と拍手をされた。不愉快だったが、とりあえず言葉を呑み込んで、コース料理を持ってきた給仕係を眺める。

 前菜が配膳されている間は、互いに押し黙り、沈黙が流れる。重苦しい空気が漂っていた。

 給仕係もその空気を察したようで、何も言わずに、配膳が終わるとすぐさま下がった。


「月梅花さんは、わたしを観察しているのでしょうか? 本日の目的は、一体何なのでしょう?」

「アヤメさんの、実力を推し量る、意図。我、毒見役」

「――――へぇ? それは重畳」


 思わずその台詞に、わたしはニヤリと笑みを浮かべて監視カメラに視線を向けた。監視カメラの先に居るであろう月梅花に対する挑発だ。

 そんなわたしに、劉玉環が、ふむ、と納得したように頷いていた。


「我、舞台、整える役目。今回、アヤメさんが、梅花と闘う価値なくば、別の相手、用意する必要」

「なるほど、なるほど? わたしが、月梅花さんの眼鏡に適わないと、闘えないと?」

「メガネ? 叶う? 兎も角、梅花は、味見を希望していた。我、その役目を全うする」


 前菜を食べ終わったタイミングで、冷製スープが提供された。わたしたちは無言のまま、配膳された食事に手を付ける。

 一旦、ここで会話は途絶えて、全員、そのまま食事に集中した。冷製スープを飲み干すと、タイミング良く、メインディッシュも運ばれてくる。

 メインディッシュは魚料理で、焼き立てのパンと、別のドリンクも一緒に配膳された。美味なコース料理に、わたしは舌鼓を打つ。


「――ところで、わたしを味見する、というのは、ここでやるのでしょうか?」


 メインディッシュを食べ終わり、デザートが配膳されたタイミングで、わたしはあえて給仕係の前で口を開いた。

 給仕係はビクッと身体を震わせて、驚愕の表情で劉玉環を見詰めていた。


「焦る、良くない。まだコース、終わってない」

「あらあら? そうですか? わたしに、このデザートも食べろ、と?」


 手元に配膳された甘そうなムースをナイフでつつきながら、わたしは不敵な笑みを劉玉環に向ける。劉玉環は、わたしの言わんとしていることを察知して、途端に渋面を浮かべていた。

 不愉快極まる――ここまで舐められているとは、想像もしていなかった。


「馬鹿にしないで欲しいですね。これは流石に、臭いで気付きますよ? まあ、この程度の毒なら別に、摂取したところでなんとでもなるのでしょうけれど――この演出は、誰の差し金でしょうか?」


 わたしはニコリと笑みを浮かべながら、硬直している給仕係の首を掴んで、ムースの皿近くに顔を叩きつける。


「――がっ!? む、ぐぅ!?」


 そのまま、ナイフでデザートのムースを切り分けて、給仕係の口に無理やり放り込んだ。

 すると、どうやら即効性がある毒のようで、ぐぁあ、と喉を掻きむしりながら、顔色を真っ青にさせる。給仕係はそのまま床に転がり、のたうち回りながら、しばらくして身体を痙攣させて絶命した。

 ここに来て、こんなくだらない演出をするなど、全くの興ざめである。まさか、殺し合いではなく毒を出してくるとは――


「――よく気付いた。見事だ、アヤメさん。この毒は、アヤメさんが、どの境地に居るのか、内功の程度を見極める意図だった」

「本当に、馬鹿にしてますよね?」


 溜息を漏らしてから、あえて切り分けたムースを口に放り込む。ゴクン、としっかり呑み込んでから、口の中を開いて見せた。

 その行動に、劉玉環は驚いた表情を浮かべている。

 デザートのムースは、甘さ控えめでしっとりとした味付けで、舌の上でとろける柔らかさがある。ここに至るまでのコース料理と比べても、遜色ない美味だろう。ただし残念なことに、強烈な臭みを持つ猛毒が後味を壊しており、つい苦い顔を浮かべてしまうほど不快だった。

 ちなみに、胃に落ちた猛毒は、ドクン、と心臓を激しくさせて、全身を燃やし尽くすかのように熱くさせた。血流も乱れて、身体中の気脈も狂いだす。内功が散らされて、脳内麻薬が無理やり分泌させられている感覚がある。

 けれど――それだけだ。こんな毒では、いまのわたしには通じない。

 わたしは深呼吸して、騒いでいる身体を落ち着かせた。魔力で血流をコントロールして、霊体を一致させることで神経系を整えた。脳内麻薬は意思の力で抑え付けて、散らされる内功を運気調息により収束させた。丹田に気力を篭めて毒の浄化を意識すれば、すぐさま解毒も完了した。


「――これで、どうですか? 劉玉環さんもどうぞ?」


 わたしは平然と言い放ち、劉玉環の皿を指差す。臭いで分かるが、その皿にも毒が入れられている。

 劉玉環は感心した様子で頷いて、仕方ない、とデザートを口に入れた。当然ながら、劉玉環もこの毒で死ぬことはない。顔色一つ変えずデザートのムースを食べきり、内功で解毒していた。


(――魔力は使用していない? いえ、使用できない?)


 ジッと劉玉環を魔力視で眺めていたが、特段、魔力が活性化している様子はなかった。

 純粋に内功だけで、解毒をこなしているようだ。劉玉環の身体に気力が充実した瞬間、毒素が浄化されたのを認識できた。


「アヤメさんの境地は、超絶頂、程度と思ったが……この猛毒で、何の影響もない、のであれば、内功は、化境か。我や、梅花と同格――」

「――安易に、わたしの格を決め付けて欲しくはありませんね。けれど、これでわたしを認めてくれたのでしょうか?」


 わたしは椅子から立ち上がる。すると、蒼いゴスロリドレス姿をした劉玉環の異能――【ロリータの悪魔】が、仮面をつけながら立ち上がった。


「認めない、訳には、いかない。ただ、武功の腕は、どの程度だ」

 

 椅子に座ったままの劉玉環は、わたしとロリータの悪魔が対峙している様を眺めながら、まるで他人事のように口にする。

 この期に及んで、まだわたしを品定めしている。いい加減うんざりしてくる。


「まだ、フルコースは終わっていない。座れ」


 仮面をつけたロリータの悪魔が、鋭い威圧をぶつけてくる。同時に、壁に飾られていた偃月刀と騎士剣が、その両手に吸い寄せられるように飛んできた。


「――へぇ? 何ですか、それ?」


 不可思議なその光景に、わたしは目を見開く。手品か、念動力のような異能か、少なくとも魔力や霊力ではなかったが、何らかの能力で、手元に武器を引き寄せたのだ。

 わたしも竹刀袋を引き寄せて、いつでも抜き放てるよう身構えた。


「……いつの間に?」


 構えを見た瞬間、いまここに武器があったことを初めて知った、とばかりに、ロリータの悪魔も劉玉環もハッとして息を呑んでいた。


「さて、フルコースは終わっていない、でしたか? 確かに、本当のメインディッシュは、この場で殺し合うことでしょうけれど――もういい加減、わたしも焦れてきましたよ? これ以上、品定めするつもりならば、対価には命を賭けるべきでしょう」


 不敵に笑うわたしに、劉玉環もロリータの悪魔も緊張感を高めていた。一触即発の空気が流れ始めて、戦闘の予感に心が躍る。


「――座れ、と言った。ここからは、ただでは済まされないぞ」

「どうぞどうぞ、わたしは冗談で済ますつもりなどありませんよ?」


 腰を落として、居合い抜きの姿勢を見せた。けれど、まだ闘気は放たない。これはただの見せ掛けであり、ポーズでしかない。実際、劉玉環も、まだ本気にはなっていない。

 何をきっかけに斬り掛かるか。

 戦闘開始の合図はどうするか。

 踏み込むタイミングはいつか。

 そんな思考を巡らせているのが、手に取るように分かった。

 劉玉環は、慎重に行動したいのだろう。殺し合いは仕方ないとしても、まだまだわたしの腹の内や、手の内を探りたいらしい。ひしひしとその探りを感じる。

 しかし唐突に、そんな空気の読み合いを一切無視して、ロリータの悪魔が全身から強烈な殺気を解き放った。闘気が爆発したと思えるほど、殺気と存在感が膨れ上がった。

 それはまさに、静まり返った場所で突然大きな音を出されたような感覚だ。予期せぬその闘気に、わたしはビクッと身体が反応してしまった。


()ッァ――」


 わたしの刹那の反応が、戦闘開始の合図になった。

 短い呼気と共に、ロリータの悪魔が、目にも留まらぬ速度で右手の騎士剣を振るい、テーブルを真っ二つに割った。

 これは威嚇である。逃げずとも、わたしには届かない攻撃だった。

 何がしたいのか――わたしは首を傾げながら、あえて威嚇に怯んだフリをして、スッと一歩下がる。

 両断されたテーブルが跳ね上がり、一瞬だけ、目眩しのように視界を塞いだ。


螺旋廻(ラセンカイ)――逆天雨流(ギャクテンウリュウ)


 跳ね上がったテーブルが横から薙ぎ払われた。

 目眩しの後ろから、わたしを目掛けて左手の偃月刀による水平斬りが襲い掛かる。そして、ほんの数秒の時間差で、右手の騎士剣が、雷の如く振り下ろされた。

 すかさず居合でもって、振り下ろしの騎士剣を斬り付ける。激しい火花を散らして、騎士剣はわたしの腕力に負けて、大きく弾き飛ばされる。


「――――チィ、ッ!!」


 ところが、弾き飛ばしたにも関わらず、わたしの腕は切り裂かれた。

 どうやらその騎士剣自体には、想像以上に鋭い剣気が込められていたようだ。防御しただけでは防ぎ切れずに、腕は斬られて、ついで床まで切り裂かれていた。

 出血は派手で、一瞬にしてシャツは赤く染まったが、傷自体はそれほど深くない。皮膚表面を裂かれた程度なので、派手に見えるが、戦闘力に影響はしないだろう。

 ただ、避けきれなかった自らの慢心と未熟さには怒りが湧く。

 わたしは舌打ちしながら、返す刀で目の前のテーブルをさらに細かく切り裂いた。模造刀でも、それくらいの芸当は可能だ。

 その斬撃を見越してか、ロリータの悪魔は素早く一歩引いていた。

 この一連のやり取りで、あっという間に室内は戦闘の緊張に包まれた。


「やりますね……」


 テーブルはいまの攻防で粉砕されて、給仕係の死体は床に転がった。

 わたしとロリータの悪魔は、およそ八メートルの距離で対峙しており、少し離れた位置には、椅子ごと移動した劉玉環が、映画でも鑑賞するかのような雰囲気で足を組んで座っていた。

 なるほど、まずは前哨戦ということか。

 わたしの技量を見定める為に、ロリータの悪魔と闘ってみろ、とでも言うつもりだろう。本気で殺し合う気はまだないらしい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ