第二夜(4)
柊南天はタコ焼きを食べ終えて、ササっと片付けると、勿体ぶったように続ける。
「改めて整理するっスけど――満月時の『渾沌』は、殺しても死なない不死身特性を梅花嬢に与えるっス。致命傷を受けようが、身体が爆散しようが、即座に再生して復活する怪物にさせる異能ス。より詳しく言うと、意識さえすれば、あらゆる傷が瞬間再生するっス。んで一方、新月時の『渾沌』は、殺しても殺しても、一定時間経ったら万全な状態で復活する黄泉がえり特性を梅花嬢に与えるんスよ。しかも、魔力が高まる副次効果付きっス。だから必然、復活するごとに強くなるっス」
わたしは、顔がにやけるのを抑えられなかった。ただでさえ殺し難いのに、致命傷から復活するたびに強くなるとは、なんて素敵な怪物だろうか。
しかしそんな悦びと同時に、ふと疑問が浮かぶ。
「……柊さん。月梅花さんが、素敵な怪物であることは承知しました。ところで、その――黄泉がえり、特性? ですか? どっちにしろ殺せないならば、不死身特性と、何が違うのでしょうか?」
わたしは首を捻る。いまの説明では、どちらにしろ復活するので、死ぬことのない不死身な存在である。死なない、という点で、何一つ違いがあるように思えなかった。
そんな疑問を、しかし柊南天はおどけた顔で否定する。
「ノンノン、全くちゃうっスよ? 分からんスか?」
「…………ええ。分かりませんね。説明してください」
「モチのロン、っスよ。満月時は、死なない、んス。けど、新月時は、死ぬ、けど、生き返る、んス。後者の場合、死んだら身体がリセットされて、魔力強化が施されて復活っス。となると逆に、新月時は、死ぬまでは身体の疲労や傷は蓄積されるってことス――ここまで言えば、綾女嬢なら巧い闘い方、理解するっスよね?」
柊南天の挑発的な台詞に、なるほど、と納得した。
それはつまり、新月の夜に異能を発動された場合は、殺さずに戦闘不能にすることが、わたしの勝ち筋ということである。
それだけ知れば、月梅花との闘いは楽勝に感じる。それこそが攻略法であり、必勝パターンだろう。
こんな攻略法が存在するのに、どうしてわざわざ異能が発動しない日中帯に闘え、というのか。柊南天はいったい何を懸念しているのだろう。
「一応、うちがいま説明してることって、綾女嬢を焚き付けてる訳じゃないっスよ? 梅花嬢を確実に殺す為に、絶対に注意しないといけないこと、なんスからね?」
「柊さんも、わたしの性格をよく理解してくださっているはずですけれど……その説明を聞く限り、わたしには、愉しい闘い方をレクチャーしてくれているようにしか思えません」
説明をされるほど、わたしの戦闘意欲は刺激される。ぜひ最高状態の月梅花と、幾度も幾度も殺し合いたい欲求が生まれた。
だいたいここまでの説明で、柊南天の注意を守らなければならない、と思う要素がない。わたしには全て逆効果になるのは明白である。
だというのに、どうして柊南天はわざと挑発してくるのか。
「柊さんは、わたしをけしかけたいのですか? 分かっていて、何を注意したいのでしょうか?」
柊南天は馬鹿ではなく、考えなしでもない。わたしのように感情を第一優先とすることもなく、常に慎重な行動を常として二手三手先を読む策士である。何より他者の心を丸裸に出来るほどの精神感応能力者でもある。
そんな知謀家じみた柊南天が、この説明を聴いたわたしが、どう考えてどう動くか、どんな反応をするのか想像できない訳がない。
「劉玉環さんを先に殺して、新月に月梅花さんと闘う――その段取りでよろしいのですね?」
わざとらしく仕向けられた通りの流れを宣言する。しかし、柊南天は苦笑して首を振る。
「よろしかぁないっスよ。いや、分かります、分かります。綾女嬢がそう言うのは必然ス。けど、話は最後まで聴いて欲しいっス。マジでこれ、裏も何もなくて、ガチに純粋な注意事項なんスよ」
「……いい加減、話を引っ張るのは止めてください」
わたしはこれ見よがしに時計を見る。
まだ時間に余裕はあるが、そろそろ着替えて準備をしたい気持ちもある。招待されているフランス料理店には、しっかりとドレスコードがあった。
イラついている様子のわたしに、柊南天は頭を掻きながら溜息を漏らした。
「うちも、こんな説明した後で、綾女嬢が素直に劉氏を後回しにする訳ないって思うス。けど、もはやそれは想定内で考えてるっス。綾女嬢と梅花嬢が接触しちゃった今、もう綾女嬢が暴走するのは、眼に見えた事実っス。だから、うちが考えるべき次善の策は、まずどんな状況になろうと、綾女嬢が梅花嬢を殺せるように、その可能性を高めることっス」
「……殺す可能性を高める? だから、月梅花さんの才能と危険性を説明したのですか? だとすると、逆効果では? わたしに、月梅花さんの秘められた才能を詳しく説明すればするほど、当然、それを覚醒させるように動くに決まっているでしょう?」
「でしょうとも。けどソレ、知らずに行っても同じじゃないっスか。どうせ闘ってるうちに強くなる梅花嬢に、綾女嬢は興奮して我を忘れるんスよ? そしたら異能を知ってないと危険スよ」
「……なるほど」
確かに、柊南天の指摘はその通りだ。どっちにしろ、わたしが取る行動は変わらないだろう。そう考えれば、可能な限り情報を知っておくことが、闘いを有利に進める最善手になる。
「んで、もう一つ、これだけは理解しておいてほしいっス。梅花嬢の性格スけど、綾女嬢とは似てるようで、決定的に違うことがあるっス――梅花嬢は、生粋のシリアルキラーなんスよ」
「……はぁ?」
それは知っている。何を当然のことを言っているのか。
直接対面して、千人単位で殺戮を繰り返している殺人鬼であることも肌で感じた。だから改めてそれを言われても、何の驚きもありはしない。
「あ、ソレ、理解してないっスね。いいスか? 綾女嬢も生粋の殺人鬼スけど、区分としては、バトルジャンキーの部類っスよね? 強者との闘いが目的で、命を賭けた殺し合いが愉しみ、っていう性癖じゃないスか? だから、殺し殺され、ってのは、闘いという目的の先にある、ただの結果、スよね」
「ええ。それが普通の感性でしょう?」
「いやぁ、普通じゃない、普通じゃない。紛れもなく異常スよ。ま、けど、梅花嬢もそれに負けず劣らず異常っスけどね。ちな、梅花嬢の場合、根本的な嗜好が違うっス。強者との闘いでなければ心躍らない、命を賭けた殺し合いが愉しみ、ってとこは綾女嬢と同じスけど、闘うだけじゃ満たされないんス。梅花嬢には強烈な殺人衝動があって、定期的に人を殺さない限り、心が満たされない異常者――快楽殺人者なんスよ」
「――へぇ? 嗚呼つまり、わたしを殺せなかった場合、わたしに拘ることなく、他の誰かを殺さないと満足できない、と?」
「そうっス。強者を殺すことが至上っスけど、不可能な場合には、別の強者に狙いを付けて殺していくっス……ここまで言えば、うちの心配事、理解してくれるっスか?」
柊南天が疲れたように息を吐いた。わたしは、当然だ、と強く頷いて得心する。
柊南天の本当の懸念点は、わたしが月梅花に負けて殺されることではない。月梅花を殺さず、勝ち続けてしまうことを恐れているのだ。
月梅花を生かしておくと、きっと何度も何度もめげずに、わたしに挑んできてくれる。
わたしはそれを僥倖と感じて、闘うことで満足してしまうはずだ。しかし、月梅花は闘いだけでは満足できず、抑えきれない殺人衝動のはけ口に、周囲に居る他の誰かを狙うことになるのだろう。もしくは、わたしとは無関係に、誰彼構わず殺すのかも知れない。
どちらにしろ可能性として、わたしが大切に思っている誰かが巻き込まれる危険がある。
「――恐らく、綾女嬢の次は、龍ヶ崎家の御曹司が狙われるんじゃないっスか? そん次は、神薙大女神辺りスかね? 最悪、うちまで狙われかねないんス」
「……それは、わたしを脅している、のですよね?」
「さあ? 脅し、って思うなら、そうじゃないっスか? 言うて、こっちも切実っスよ?」
「……だからこそ、確実に月梅花さんを殺す必要がある、と……わたしが自己都合で戦闘を愉しむと、結果、他の方に被害が飛び火する、と」
柊南天は万が一にも自らが危険に晒されないよう、保身の意図で、わたしを焚き付けていた。最悪、わたしが死んでも、月梅花の脅威は取り除かれるので、それでも良いという認識だろう。
一方で、ここまでの説明を聞いてしまったわたしは、先ほどまでとは逆に、柊南天の忠告を守らなければならない気持ちに変わっていた。
(一時的な快楽の代償で、十八くんを喪うのは嫌ですね……よしんば、十八くんが狙われなかったとしても、わたしが狙っている他の獲物を勝手に殺されるのも、非常に困ります……)
確かに、個人的には最高のシチュエーションで闘いたくはある。
だが別に、現在の月梅花でも十二分に愉しい闘いが出来そうである。もし月梅花との戦闘に満足できなくとも、闘う相手には困っていない。
わたしは様々な強さに触れて、いまより高い境地に辿り着きたいだけだ。月梅花に拘る理由は、どこにも存在しない。
「ようやく、分かってくれたっスね? ま、うちは正直、梅花嬢を殺してさえくれれば、ぶっちゃけ何をしようが、悪かぁないんス。闘う順番は、劉氏を先にしても良いし、殺し切れるなら新月の夜に挑んでもいい。綾女嬢が今チラっと考えた通り、究極のとこ、負けて死んでも構わないっス。綾女嬢が死んでも、別にうちの仕事はなくならないんで――そこら辺は毎度のことスからね。ってなもんで、突き詰めりゃぁ綾女嬢の好きに振舞ったらいいって考えっスけど、今回はそれだと、うちを含めたあらゆる人間が大迷惑を被る可能性があるっス」
「……理解は、しました。柊さんの思惑も納得です。まだ何か隠してる裏がありそうですけれども……ここまでの説明で充分、わたしが忠告を聞き入れる理由になります」
「そりゃ良かったス。ま、念押しで伝えておくと、最終的に、梅花嬢を殺しても殺さなくてもどっちでもいいっスけど、梅花嬢の殺人衝動だけは満たしてくれないと困るっスよ?」
「ええ。分かりました。ちなみに、月梅花さんの殺人衝動とやらを、詳しく説明してくれませんか?」
どのような状況で殺人衝動が高まるのか。事前に把握しておかないと、わたしと闘う前に誰かを襲ってしまうかも知れない。
「詳しく、っスか? 単純スよ。新月と、満月の夜がピークで、殺人衝動が最大になるっス。ちな、新月では強者を殺したい欲求が高まり、満月だと大量に人を殺したい欲求が強くなるっス。新月は質、満月は量、って感じスね。んで、欲求を発散し終えると満足して、途端、人畜無害な暴君に戻るっス」
「……人畜無害な、暴君?」
はて、矛盾した単語の組み合わせが聞こえた。思わず首を傾げる。
「そっス。あ、ニュアンスで伝わらないっスか? 自制できる獣と同義っスよ」
「…………本能に従う獣、ではなくなる、ということですね?」
「そうっス。ちな、欲求が満たされなかった場合、解消されるまでずっと、殺人衝動が強まり続けるっス。こうなると、梅花嬢は正常な思考ができなくなるっス。発狂状態、スかね? ひたすら己の欲求を解消する為だけに、己の全ての能力を使用するようになるっス。具体的には、殺せない相手とは闘うのさえ回避するっス」
なるほど。そうなると、新月の夜までに殺す必要があるということか。
新月まで引っ張って決着がつかなかった場合、月梅花は強まった殺人衝動に従って、わたしから逃げるだろう。そして、誰か手頃な強者を殺すはずだ。その誰かは、もしかしたら柊南天かも知れないし、龍ヶ崎十八かも知れない。
他の無関係な誰かだとしても、それなりの強者が狙われてしまうし、どちらにしろ、もうわたしとは闘ってくれない。
「次の新月は――予定では、明後日、ですか」
わたしは壁に掛かっているカレンダーの月齢表を見て、新月の予定日を確認した。
あと二日しかない。もうそれほど猶予はなかった。
「そうなんスよ。八月二十二日なんスよ。だからこそ、今時点でもかなり殺人衝動が高まってるっス。けど、この殺人衝動を表に出すのは、常に夜帯っス。綾女嬢と接触しちゃった今、梅花嬢は自分の欲求が最大限に高まる新月の夜に焦点を定めてくるはずっス」
柊南天は言いながら、カレンダーの日付を指差す。
「……柊さん。ちなみに、ですけれど、新月の夜でなければ『渾沌』は発動しない、のでしょうか?」
「んー、と。夜の時間帯、月が出てれば、いつでも発動するっス。ただし、効果が最大限発揮されない、ってだけっス。だから、新月や満月って特殊条件じゃなければ、異能を発動しても、魔力強化されるだけっスかね? ま、魔力強化されたらきっと、身体能力は跳ね上がる気がするっスけど」
「それでは、今日や明日であれば、異能『渾沌』が発動されても、殺せば死ぬ、のですか?」
殺せば死ぬ――我ながら意味不明なことを言っている、と少し苦笑した。しかし、柊南天は真顔で頷いた。
「八割がた、死ぬはず、っス。ま、死ぬとしても、渾沌の発動条件を満たして欲しくはないんで、月が出る前に殺して欲しいっスけど」
はいはい、とおざなりに返事をしてから、わたしは立ち上がる。
もう聞きたいことは聞き終わった。とりあえずあとは、出たところ勝負で充分だろう。今日この後の予定に向けて、着替えと準備をしよう。
「あ、ちょ、待つっス! 今回、いつもの仕込刀【魔女殺し】を禁止したじゃないスか。代わりの武器をお渡しするっス」
柊南天は慌てた様子でわたしの腕を掴んで、まだ終わっていない、と引き留める。
そんな注意事項も言われていたな――理由を教えろ、と強く念じながら、わたしは座敷に腰を下ろす。
「はいはい、分かってるっス。ご説明するっスよぉ――えと、まずはコレを御覧くださいっス」
テーブルのうえに一枚の紙が置かれた。そこには、対を成した双剣の写真が載っており、武器のカタログを思わせる。
わたしは、その左右に並んだ蒼と白の双剣をマジマジと眺めた。写真で見ても、思わず見惚れるほどに美しい双剣だった。
「コレは、なんですか?」
写真で見る限り、双剣の刃は両刃のようで、うねるような波紋が入っている。日本刀と比べると、その刀身は幅広で、緩やかな反りがある。柄の握り部分には、つがいと思われる麒麟の意匠が彫られていた。双剣を収める鞘はひとつで、漆黒の外装に螺鈿細工による梅の花が装飾されていた。
双剣の正確な縮尺は不明だが、写真の端に小型のジッポライターが対比物として置かれていることから、恐らく刃長は60センチ程度に思える。脇差くらいの長さだろう。
写真には細かい注釈が中国語で書かれており、内容の理解は出来ないが、漢字だけは読めた。
「――干将、莫邪? もしや有名な、あの名剣ですか?」
「ちゃうちゃう、ちゃうっス。これは左の蒼い剣が、春麒って銘で、右の白い剣が、秋麟って銘を持った、呪われし双剣っス。干将莫邪をモチーフにして創られた、人造魔法具で、強力な呪いが付与された武器っスよ」
「はぁ――で? それが何か?」
この武器が、仕込刀【魔女殺し】の代わりに用意する武器、ということなのだろうか。
「ちゃうス。この双剣こそが、梅花嬢が使う武器っス。もともとは劉氏が持ってた双剣っスけど、梅花嬢に引き継がれたんス。メチャメチャ貴重な魔法具で、世界に二つとない強力な武器なんスよ?」
「…………だから?」
「結論求めるの早すぎっス――だから、壊さず確保したいんスよ」
「それはつまり、わたしがいつもの仕込刀――【魔女殺し】で闘ってしまうと、これを破壊してしまうから使用するな、ということですか?」
わたしの回答に頷く柊南天だが、疑問が浮かぶ。
仕込刀を使おうが使わなかろうが、壊す気になればどんな武器でも破壊は出来る。むしろ、使い慣れていない武器で闘った方が、力加減が上手く出来ずに破壊してしまうやも知れない。
「……どんな武器を使っても、関係ないと思うのですけれど」
柊南天が半笑いで首を横に振った。
「関係あるっスよ? というか、っスね。この双剣は、理外の世界でもかなり希少な【破壊不可】の属性が付与されてるんス。ちな、魔力付与はされていないっスけど、代わりに凶悪な呪いが二つ付与されてるんス。斬り付けた対象を発狂させる状態異常系の呪い。斬り付けた対象が持ってる負の感情を吸い取って所有者の闘気に変換する吸収系の呪い、っス」
柊南天の指がカタログに書かれた中国語をなぞる。そこに呪いの内容が書かれているようだが、生憎、わたしでは読み解けない。
とりあえず話を最後まで聴こう。
「んで、この『呪い』って技術なんスけど、武器に宿すには特殊な才能が必要なんス――はいはい、蘊蓄を垂れるよりも、結論っスよね? 仕込刀【魔女殺し】にも、この『呪い』ってのが付与されてて、それはあらゆる呪いや魔術の核心を打ち消す効果なんス。だから魔女も殺せるし、危険な呪具や魔法具を相手にしても、優位に振舞うことが出来るんスよ。分かるスか? つまり、綾女嬢の【魔女殺し】で闘っちゃうと、双剣の呪いを打ち消しちゃう可能性があるっス。ちな、この打ち消し効果は【破壊不可】の属性さえも無効化出来るっス」
「――へぇ? それでは、この双剣……春麒、秋麟、とやらは、普通の武器では壊せない、ということですか?」
「そりゃ、そうっス。ってか、【魔女殺し】って凶悪な武器さえ使わなければ、壊れることなんか考える必要ないっス」
ちょいお待ちを、と呟きながら、柊南天は立ち上がって奥の部屋に消えていく。
しばらくしてから、仰々しく布が巻かれた一振りの刀を持ってきた。巻かれている布には、英語だか仏語だか、何やらよく分からない言語がびっしりと書かれていて、仄かに魔力が宿っていた。
「今回、梅花嬢の双剣に対しては、この刀を使ってくださいっス」
テーブルの上にそれを置いて、布を取り払う。現れたのは、全長100センチほどの打刀である。
外装は美しい黒漆太刀拵で、第一印象としては、歴史的価値のある飾太刀に思えた。実戦の使用に耐え得るようには思えない。
それを手に取る。柊南天が、どうぞ、とジェスチャーしたので、迷わず抜刀してみた。
「……模造刀、ですか?」
黒々とした刀身の長さは70センチ前後で、そこには刃がなかった。重さもほとんど感じない。
滑らかな刀身に触れてみると、まるで水晶のような手触りで、金属製には思えない。何の材質かは分からないが、表面は黒曜石に似た材質に感じる。
軽く素振りをしてみる。刀身自体に重さがないからか、普段とは感覚がだいぶ違った。
「長さがあるので、間合いは普段と変わらないですけれど……重さも刃もないので、素手よりマシ、というレベルですね……」
正直な感想を口にする。素手で闘うよりは間違いなく良いのだが、こんな模造刀を使うくらいならば、わたしが保有している他の刀を使いたい。
しかし、柊南天がわざわざ持ってきた武器である。何らかの特殊効果が付与されている可能性がある。
「この模造刀……材質は、何なのでしょうか? 刃がないのも、何か意味があるのでしょうか?」
鞘に刀を納めてから、柊南天に問い掛けた。すると、わたしの手から刀を奪い取って、ふたたび鞘から抜き放つ。
「この材質は、モリオンをベースに、賢者の石と秘蹟金剛を合成した特殊強化モリオンっス。んで、勘違いしてるみたいスけど、これは模造刀じゃないっスよ? マジモンのちゃんとした真剣っス」
柊南天が黒い刀身を寝かせて、切っ先を眼前に突き付けてきた。切っ先を見せ付けるように、刀身の表面に光を当ててみせる。
目を細めてじっくりと観察するが、どこをどう見ても、刀身の刃部分は潰されていて、模造刀としか思えなかった。ちなみに『重ね』と呼ばれる刀の厚みは8ミリほど。刃部分が潰れて丸くなっているので、細い棒として扱うのは有効だろう。
「どこが真剣なのでしょうか? 刃、潰れていますよね?」
「――刮目せよ。霊験あらたかな祝福を」
ニヤリとほくそ笑みながら、柊南天が意味不明な呟きと同時に霊力を迸らせた。途端、黒い刀身に青白い光が宿り、鮮やかな乱れ刃が浮き上がる。それに伴って、まるで手品のように鋭い刃先も現れた。
現れた刃は、注視してみると霊力で構成されていた。
指先で恐る恐ると触れてみると、それだけで薄皮が破れて血が滴った。サッと押し付けただけで切れるとは、驚くべき切れ味だ。この鋭さは、剃刀や黒曜石のナイフよりも鋭いように思えた。
「――へぇ? 霊力を篭めると、刃が現れるのですね……けれどこれ、霊装技術ですよね? 柊さんが霊剣化、させたのですか?」
「それが判るの、さすがっス。なかなかお目が高い――これ、銘は【布都御霊】で、号を【悪霊断ち】と呼ぶっス。ご存じないと思うスけど、理外の世界じゃ、かなり有名な魔法具ス。呪いが付与された魔法具の中じゃ、使用者を選ばない数少ない逸品で――霊力を篭めて祝詞を唱えるだけで、自動的に、霊剣化するって代物っス。だから霊装技術を修得してなくても、簡単に扱える強力無比な武器っス」
柊南天は説明しながら、霊剣化している【悪霊断ち】を中空で二度三度振るう。すると、振るたびに刀身に紫電が走り、小さな雷撃が部屋の隅に迸った。
「さらに、この【悪霊断ち】に付与された呪いは、霊力を遮断して霊波を打ち消す『呪い』っス。対霊能力に特化した『呪い』で、霊能力を持ってる相手には効果は抜群ス。ちな【破壊不可】の属性と、いま披露した【雷撃】の属性も付与されてるっス。だから剣技に自信なくても、雷撃を落とす飛び道具としても利用出来るんで、汎用性が高いス――どうぞ?」
わたしは促されるまま【悪霊断ち】を受け取った。柊南天の手を離れた瞬間、霊剣化は解けて、ただの刃が潰れた模造刀に戻っていた。
「……祝詞は、先ほどの?」
「そっスよ。『刮目せよ。霊験あらたかな祝福を』っス」
祝詞を言わずに霊力を篭めるが、それだけでは反応しない。
「刮目せよ。霊験あらたかな祝福を――」
わたしは実験的に、霊力を篭めず祝詞だけ唱える。しかし、やはり反応はない。
「刮目せよ。霊験あらたかな祝福を」
最小限の霊力を篭めつつ祝詞を唱えると、瞬間、先ほど同様に刃が現れて霊剣化した。
霊剣化しているにも関わらず、消費霊力は少ない。ただし、刃が形成し終わるまでは、強制的に霊力を吸い取られた。
ズシリ、と霊剣化した途端、刀の重さが変わった。わたしの意思を反映させたのか、普段の仕込刀と同じ程度の重みがある。
「へぇ――重さも自由に変更出来るのですね?」
「そうっス。言うて、重さの単位は、5グラムから最大1キロまでスけどね。使用者の意思一つで自由自在にコントロール出来るっス。ま、重さなんて最小5グラム固定っスけど、普通」
「霊剣化しているのに、霊力を消費し続けるのではないのですね――嗚呼、これは凄い」
新しいおもちゃを貰った子供よろしく、部屋の隅に向かって刀を振るう。
刀身に紫電が走り、少量の霊力が変換されて、雷撃となって飛翔する。威力は篭めた霊力量に比例するようだが、最低限の雷撃だとしても、木製椅子を一撃で爆砕させるほどには強力だった。
「――ちょ、ちょ、ちょっと! 綾女嬢、ここで試し打ち、止めてくださいっス!!」
つい愉しくなって、わたしは外道之太刀に雷撃を付与したらどうなるかを試したい衝動に駆られた。
その場で刀に闘気を篭めて、本気で構える。だが刀を振る前に、柊南天が止めに入った。構えた刀の鍔を強制的に捕まれて、強引に奪い取られる。
流石に抵抗はしなかったが、非難めいた表情で睨みつけた。
「そうゆうのは、どっか他所でやってくださいっス。うちの店舗を壊さないで欲しいっス。兎に角も、この【悪霊断ち】を貸し出すんで、今回は【魔女殺し】は預かるっス」
「ええ、そうですね。これも、かなりの業物ですし、何より面白い刀です。とても気に入りました。けれど、どうしましょう? このまま持ち運ぶと、わたし、職質されてしまいます」
鞘に納めた【悪霊断ち】を掲げるが、見るからに日本刀である。
抜刀すれば、模造刀であると誤魔化せるだろうが、パッと外装を見ただけでは不可能だ。そうなると、所持や保有は許されても、携帯するのは法律違反である。
仕込刀のようなカモフラージュ方法がないと、持ち運びが面倒である。
「専用の竹刀袋をお渡しする――」
「――それだと、この後に向かうフランス料理のお店に持ち込めないです」
「は? フランス料理って、どゆことっスか? どこ行くんスか?」
思えば、柊南天には月梅花に夕食に誘われたことを伝えていなかった。
わたしは説明しようとして口を開きかけ、ふぅ、と息を吐く。説明が面倒なので、思考を読み取れ、と脳裏で強く念じた。
わたしの思考を受け取って、柊南天は表情を険しくさせた。
「な、な、な――なんで、それを先に言っておいてくれないっスか!? クソ、マジか!? え、当然ながら、正面から向かうつもり、なんスよね?」
「当然でしょう? ですので、これ、仕込杖にしていただけませんか?」
「……不可能っス。ってか、正確には、いまからじゃ用意できんス。ちな、綾女嬢は今日、梅花嬢と闘うつもり、スか?」
柊南天は髪をくしゃくしゃと掻きながら、止めろ、とばかりに目力強く睨みつけてくる。わたしは、さあ、と肩を竦めた。
「予定では、ご相伴に預かるだけ、ですよ? どんな話題になるか、何の目的があるのか、それは分かりません。けれど、展開次第では、その場で殺し合い、はあるかも知れません」
「……グランメゾン『belle・femme』、か……あそこだと、問題が起きる可能性は、ある、っスねぇ……いまからじゃ、うちの権限でも予約無理っス」
柊南天が来れる、となっても、悪いがお断りだ。そんな保護者同伴みたいな真似は恥ずかしい。
「ところで、月梅花さんや劉玉環さんは、どうやって武器を持ち込むつもりか分かりますか?」
わたしは、月梅花たちが武器を持ち込む前提で柊南天に話を振った。非常識な質問であることは理解しているが、これから向かう場所に居る相手に、常識など存在しない。
「……分からんスけど……恐らく、そのまんま持ち込んでるっス。ベルファムのオーナーって……月花財団の息が掛かった、裏社会の人間だったはずっス……」
「月花財団? 何ですか、それは?」
「綾女嬢って、世界経済には明るくないんスねぇ? 月花財団は……喩えるなら、表社会の黒龍幇みたいな組織っスかね? 号令一つで世界経済をひっくり返せるほど、強国並に経済的な影響力を持った財団ス。ちな、梅花嬢はその月花財団の現在のトップっスよ」
なるほど、と頷いて、それならばなおさら、何が起きても対応できるように武器を持ち込むことを考えなければならないだろう。
「――手ぶらで行かすのは、ちょっと怖いスね。しゃあないっス。うちが、何とかするっス。予約の時間、十九時っスよね?」
「ええ、そうですよ。これです」
わたしは柊南天にやり取りのメール文を見せた。シンプルな誘いに、即答で返信したやり取りである。
そのやり取りを目にして、柊南天の顔色は酷く曇った。眉根を寄せて、苛立ちをあらわにする。
「梅花嬢のイカレ具合、噂以上なんスねぇ……誘われて即答する綾女嬢も大概スけど、殺す相手を食事に誘う感性がヤバいっス。しかもなんスか、この『素敵な殺し合いが出来るよう、最後の晩餐として極上の美味を用意します。是非に食事をしましょう』って、馬鹿な文章……」
柊南天はメールの誘い文句を読み上げて、呆れたように息を吐いていた。
わたしも同じ思いだ。メールには他に、待ち合わせ場所と時間、ドレスコードの話が続くのみ、という簡素な文章だった。
当然ながら、最後の晩餐にするつもりもないし、断る理由もないので、わたしは即答で『是非、ご相伴に預かります。お誘いいただきありがとうございます』とメール返信済みである。
「ドレスコードがあるので、わたしは一度、家に戻って着替えようと考えています。柊さんの案は、どのような?」
「……あんまやりたくないスけども……集団催眠、で乗り切るっス」
「集団催眠? 具体的には?」
「綾女嬢はドレスコードだけ気にしてくださいっス。武器は、専用の竹刀袋に入れて、正面から持って行ってくださいっス。うちが入口で合流して、レストラン内の全員に催眠を掛けるっス。ちな、竹刀袋にも認識阻害の魔術を施しとくっス……このパワープレイで、食事の席に持ち込み出来るはずっス」
さしたる妙案ではないが、確実性はある。少なくとも、月梅花や劉玉環に武器を見られたところで問題はないので、店内に持ち込みさえ出来れば何の心配もなかろう。
「――分かりました。それでお願いいたします。さて、わたしは帰宅しますけれど、どちらで待ち合わせいたしますか?」
わたしはチラっと時計を確認してから、もうこれで大丈夫か、と首を傾げる。
柊南天は疲れたように頷いて、専用の竹刀袋を持ってきて手渡した。注視すれば確かに、竹刀袋には『認識阻害』の魔術が施されていた。
これならば、魔力視が出来ない人間には認識できない。堂々と持っていても、職質は回避できる。
「うち、先行してベルファムの付近で時間潰してるっス。綾女嬢は、うちを見付けても、声掛けたりしないでくださいっスよ? いちお、変装して向かうんで――」
「ええ。承知いたしました。それでは、また後で」
「……言うだけ無駄かも、っスけど。梅花嬢と闘うなら、夜帯は避けてくださいっス。この後、どんな流れになっても、殺し合うのは駄目っスよ?」
柊南天の忠告に、ニッコリと微笑みだけ返してから、モダン柊を後にした。




