第二夜(3)
わたしはアフタヌーンティー六花・ルームを後にして、神薙瑠璃と別れた。まだ陽は高く、時間で見ても、誘われた夕食まで余裕はある。
「……本日の十九時、グランメゾンベルファムで食事をしましょう、ですか」
わたしは届いているお誘いメールの中身を改めて見直す。現地の住所も一緒に確認するが、やはり間違いない。
「ここは、九鬼市で有名な超高級フランス料理のお店、ですよね。なかなか洒落たことを……」
本格フランス料理を振舞ってくれるグランメゾン『bellefemme』――世界各地の美食を紹介するレストランガイドブック『ガストロノミー広辞苑』において、最高評価の五つ星を三年連続で受賞している。T県民であれば誰もが知るほどに有名な高級フランス料理店であり、予約だけでも半年待ちがザラという人気店だ。
そんな料理店に、軽々と予約を捻じ込めるだけの権力があることは、素直に凄いと感心した。
「さて、それはそれとして――柊さんが捕まらないのは困りますね」
何度か柊南天に電話を架けているのだが、全て留守番電話に繋がってしまっていた。しかし、わたしはめげずにその足で『モダン柊』まで向かった。
柊南天は何やら忙しそうにしていたが、昨日の話では、今日以降であれば余裕が出るはずである。これでモダン柊にも居なかったら、異端管理局の本部に突撃してみせようか、と考えていた。
「……居ますね。気配があります」
モダン柊は相変わらず『準備中』だったが、店内からは柊南天の気配が感じられた。
鍵が掛かっていたので、躊躇なく扉を破壊して中に入る。少しだけ警戒するが、シャッターが下りるようなことはなかった。
気配を探ると、隠し部屋の中で柊南天が立ち上がる様子が分かった。溜息を漏らして、露骨に面倒臭そうにしている雰囲気も伝わってきた。
『――ようこそっス、綾女嬢。わざわざ扉を壊さなくても良いじゃないっスか……ちな、今日はどういったご用件で? うち、今メッチャ忙しいっス』
姿を見せず、わたしの脳内にテレパシーで質問してくる。そんな柊南天の質問の返しとして、わたしは今日の六花・ルームでの場面を思い浮かべる。瞬間、ハッと息を呑んで、慌てる様子が感じられた。
「ちょ、ちょ、ちょ――マジっスか!? いまの映像って、梅花嬢が接触してきた、ってことっスよね!?」
ドタバタと足音をさせながら、白衣の柊南天が現れた。柊南天は目を見開いて、寝起きみたいに乱れた髪を掻き上げていた。
わたしは、ゆっくりと強く頷いてから、奥座敷に進んだ。背後からシャッターが下ろされる音が聞こえてきて、すぐに店内は出入口が閉ざされた。
「ところで、柊さんは何にお忙しいのでしょうか?」
奥座敷に腰を下ろして、わたしは本題より先にそんな質問を口にする。
恐らくだが、柊南天はいま、わたしを狙う第六席候補、月梅花の件で暗躍しているのではなかろうか。あくまでも想像でしかないが、柊南天の認識ではきっと、月梅花はわたしより圧倒的に強く、闘わせると危険であると考えていそうだ。だから、どうにかして闘いを回避出来ないか、それを画策しているのではないか、と思っている。
その根拠の一つに、月梅花の姿を思い描いた瞬間、こうして慌てて出てきた。それ以外にも、あえてわたしに情報を開示しないのもおかしい。これもきっと、情報を下手に開示すると、わたしが間違いなく興味を持つから、という意図だろう。
「――――はぁ。まぁ、概ねその通りっスよ」
わたしが脳内でそんな推理を浮かべると、柊南天は観念した風に頭を下げた。腰に手を当てて、諦めた様子で溜息を漏らしている。
やはりそうだろう。だとするならば――
「知ってるっスよ? うちは梅花嬢の異能だけじゃなくて、劉氏の異能も詳しく説明出来まスし、その闘い方や、バックボーンだったりとか、人物詳細も把握してるっス。ついでに言えば、今回の訪日も割と前から把握してたス。だから、綾女嬢の偽物を用意しといて、それと闘わせて実力を示させる。んで、円満に六席に座ってもらおう、とか計画してたっス。ヘブンロード嬢が出した条件は、別に綾女嬢を殺すことじゃなくて、綾女嬢と闘って六席足る実力を示すこと、が条件だったんスからね」
わたしが口にしようとした瞬間、先んじて柊南天が回答をする。
そこまで分かっているのであれば、話は早いだろう。わたしの知りたいことを全て教えろ、と強く思い浮かべて微笑んだ。
柊南天が冷蔵庫から良く冷えた烏龍茶のペットボトルを持ってきて、わたしの前に置いた。もう一本は自らで呑み始める。対面に腰を下ろした。
「んじゃ、ま、こうなっちゃったんで、最悪のシナリオに沿って動きまスかねぇ――」
柊南天は重苦しく溜息を吐いてから、人差し指を立てて、んじゃあまず、と勿体ぶった様子で口を開ける。
「綾女嬢は今回、最低限、これだけ守ってくださいっス」
これだけ、と言いながら、人差し指でわたしの額をトンと叩く。瞬間、脳裏に強烈な縛りの言葉が焼き付いた。それは非常にシンプルで、且つ、呪いじみた強力な催眠だった。
たった一言――『魔女殺しは使うな』という強制的な制約である。
わたしは別段、精神防御をしていなかったので、柊南天の催眠を甘んじて受けた。
この制約を自力で外すのは不可能だろう。まあ、あえて外すことはしないが、どうしてこんな制約をしたのか、意図が掴めず首を傾げた。
「……月梅花さん相手に、これを使うのが禁止、とは、どういう意味でしょうか?」
傍に置いていた日傘を装った仕込刀を握り、腕を組んで頷く柊南天を問いただす。すると、今度は指を二本立てて、次に、と話を続けた。
「梅花嬢と闘う前に、二つの注意事項があるっス。一つ目は、闘う順番スね。必ず、劉氏を仕留める前に梅花嬢と闘うっス。二つ目は、可能な限り日中帯で挑むことっスね」
「……はあ? 月梅花さんを、先に、ですか? しかも、日中帯で? どういう意味ですか?」
「それ以上でも、以下でもないっスよ。劉氏より先に梅花嬢と、日中帯で闘って欲しいってだけス」
「…………それは、何故でしょうか?」
わたしは露骨に不満な表情を浮かべる。わたしの中で強者の格付けは終わっており、劉玉環は月梅花よりも格下である。
格下であり前菜としか思っていない劉玉環を後回しにして、主菜の月梅花を先に平らげるような行為は、わたしの趣味嗜好とは合わない。
わたしはどちらかと言えば、愉しみは後に取っておく派である。
「はいはい、そんな綾女嬢の気持ちは重々承知スよ? けど、その理由も単純ス。その方が綾女嬢の勝算が高いからっス。劉氏と闘ってからだと、梅花嬢は綾女嬢の剣術を学習することになるっス。最悪、外道之太刀の技を盗まれることになりかねんスよ?」
「……外道之太刀は、そんな簡単な剣術ではありませんよ?」
「んなの当然スよ。けど、これガチの心配っス。双剣公主の異名を持ってる梅花嬢って、一度見た技を全て修得することでも有名な化物ス。しかも綾女嬢と同じタイプで、まだまだ発展途上、未完成の化物でもあるっスよ。だから、ぶっちゃけて言えば、綾女嬢とは闘って欲しくないス」
柊南天は本気で言っていた。本気で、一度見ただけの外道之太刀の技術が盗まれることを、信じているようだった。
わたしは、あり得ない、と何度も首を振った。柊南天の言葉は、ただの誇張でしかないだろう。とても信じる気が起きない。
ただし確かに、相当な達人であれば、何度か技を視ることで見切ることはできる。事実、わたしでさえも、八重巴が繰り出した八重示現流の一部を修得出来た――
「――嗚呼、なるほど。そう考えると、絶対にあり得ない、訳ではありませんね」
わたしは自問自答して、つい納得してしまった。
自らが出来ることを棚上げして、他人が出来ない、と決めつけてしまっていた。技量が明確に格上であれば、格下の剣技を盗むことは決して不可能ではない。
そこまでの実力差が、わたしと月梅花にあるとは考えたくないのだが、少なくとも柊南天は、それだけの実力差があると確信している様子だった。
「技が盗まれる――まあ、仮にその危惧が正しいとしましょう。だから、少しでもわたしは手の内を見せないように、明らかに格下である劉玉環さんを後回しにして、月梅花さんに挑め、と?」
「そスよ。これはフリじゃなくて、勝算を高めるための最善の努力ってヤツっスよ?」
「逆にお伺いしますけれど、劉玉環さんと闘ってからであれば、より高みに達した月梅花さんと闘えるのですよね?」
「…………ま、これ言えば、拒否されるのは半ば想定してたっスよ? どこまでも天邪鬼で、死にたがり屋さんスよねぇ、綾女嬢は……」
柊南天が呆れた顔で深く溜息を漏らしている。少々これ見よがし過ぎて、腹の立つ態度である。
別にわたしは、天邪鬼なつもりはないし、ましてや死にたがり屋ではない。ただより強い相手と、ギリギリの窮地で闘って、己を鍛えたいだけである。
「ハッキリ言うっス。それは愚行ってヤツっス。綾女嬢の手の内を晒したところで、何のメリットもないっス。そもそも綾女嬢の想像通りには、絶対にならないスよ? 梅花嬢は、綾女嬢の剣技を視て、闘い方を学習するだけっス」
「ええ、でしょうね。柊さんがそこまで仰る実力者であれば、間違いなく、わたしの闘い方、限界の底を学習して、弱点などを見切ってくるでしょう。けれどそれを見越して、ある程度実力を隠した状態で、劉玉環さんを倒せば良いのではありませんか? わたしのことを勘違いしてくだされば、それはそれで愉しめるはず――」
「劉氏をあんま舐めない方がいいっスよ? そりゃ綾女嬢と比べたなら、格下なのは間違いないスけども、うちの見立てじゃ、実力的にはそこまで劇的な差、ないはずスよ? 恐らく、全力の劉氏を相手にした場合には、綾女嬢の勝算、75%から80%くらいなんじゃないスかねぇ? ま、油断さえしなけりゃ充分に勝てるとは思うっスけど、余裕があるほどじゃないっス。ちな、当然スけど、綾女嬢が勝つ為の前提条件は、霊装技術も魔力強化も駆使して、最初から本気で闘うことっスからね? そんだけしてようやく、勝算が75%って感じスよ?」
柊南天の台詞は逆説的に言えば、わたしが本気を出さずに闘った場合、劉玉環が勝つ公算が大きいと忠告している。劉玉環を手抜きで倒せるわけがない、という警告も含んでいる。
しかし、劉玉環を相手に全力を出すということは、その後に控えた月梅花が、わたしの全てを把握することになる。
そうなると果たして、勝算は、いかほどになるのか――
「――柊さんの見立てでは、いまのわたしと月梅花さんでは、どの程度の力量差があるのでしょうか?」
外道之太刀の技を盗まれる危険性を指摘するほど、月梅花はわたしよりも格上の存在なのだとしたら、それは一体、どれほどの実力差があるのだろう。
個人的な見識として、月梅花は、その雰囲気、立ち居振る舞いから想定すると、巫道サラか、天桐・リース・ヘブンロードに近しい実力者に思えた――あくまでも直感だが。
「そぅスねぇ……多分、スけど……今時点の梅花嬢だったら、全力の綾女嬢と互角か……いや、綾女嬢のが実力的には上、スかねぇ?」
「…………は? わたしより、弱いのですか?」
思わず聞き返してしまった。ここまで引っ張って、あれほどの強者感を出しておいて、わたしより弱い実力であるなど、認められるものではない。
柊南天は神妙な顔になりつつ、ちょい違うっス、と説明を続けた。わたしは、出鱈目は許さない、と鋭く睨みつけた。
「弱い、わけじゃないっス。あくまでも、現時点の梅花嬢の実力だと、全力を出した綾女嬢には、ちょい届かないかも、ってだけス。実際のところ、戦闘センスや潜在能力、殺し合いの才能においては、圧倒的に梅花嬢が格上っスよ? 綾女嬢も間違いなく化物っスけど、梅花嬢はそれを超える化物っス。ただ残念ながら、梅花嬢は自身のポテンシャルを半分程度しか発揮できてないっスから、いまならまだ勝算があるって感じっス。ちな、いまの梅花嬢を例えるなら、理外の存在を知る前の綾女嬢と似てるっスね。強いは強いけど、いろんな意味で未熟っス。魔力の自覚もあるスけど、その使い方は知らんスもん」
「――素晴らしい才能をお持ちですね」
柊南天の説明に、心の底から感心した。それが本当だとすれば、魔力の使い方も知らずに素の実力だけで、魔力と霊力を駆使する今のわたしに匹敵するのだ。これはつまり、凄まじい伸びしろを秘めている強者だということである。
わたしは口元を綻ばせながら、今時点で闘った場合の勝算はどれくらいか、と思考する。口に出さずとも、イメージを柊南天に飛ばせば勝手に読み取ってくれるだろう。柊南天は頷いた。
「……勝算スかぁ……そスねぇ、今時点だと、マジなとこ、五分五分、ってとこスかね……ただ、梅花嬢が戦闘中に劇的な成長、覚醒をする可能性もあるんで、単純な実力だけじゃ、勝敗を見通せないスけども……」
「なるほど? それは是非、わたしとの闘いで成長して、存分に愉しませて欲しいところですけれど……ちなみにそれって、柊さんの注意事項を守り、劉玉環さんを後回しにした場合の話、ですよね?」
「勿論、そスよ? そんでもって日中帯に闘った場合スね」
「……だとすれば、注意事項を守らないと、どうなるのでしょうか?」
「そこは単純至極っス――綾女嬢じゃ、梅花嬢に手も足も出なくなる、と推測されるっス。だって、間違いなく綾女嬢の実力を把握されるんで……もしかすると、綾女嬢の魔力操作を視て、魔力の使い方も学習しちゃうやも知れないっス。そうなったら、万に一つも、綾女嬢じゃ殺せなくなるっスよ? ま、ぶっちゃけ、ヘブンロード嬢はそれが目的で、円卓六席に座る条件として、綾女嬢との戦闘を言い出したんスけどね。そんな思惑に乗っかる必要はないっス」
「――――へぇ?」
わたしは深く頷き、それならばなおさら注意事項など守らずに、劉玉環を先に倒した方が愉しいではないか、と内心でほくそ笑む。
最初から多少の勝ち目があるような戦闘では、生死を賭したギリギリの死闘を経験できず、劇的な成長も見込めない。そもそも、相手が成長著しいというのであれば、わたしも応じて成長すれば良いだけだろう。
そんな思考を読んでか、柊南天が呆れたように深い溜息を漏らして、緩く首を横に振った。
「はいはい、なるほど、なるほど、分かります、分かります。綾女嬢なら、絶対そう考えると思いましたっス。でもこれ、ガチめの注意事項、ってか警告っスよ? マジで劉氏と先に闘っちゃうと、梅花嬢を殺せなくなる可能性があるっスよ?」
「本当に、それだけが理由でしょうか?」
柊南天の警告を聞きながら、わたしは首を傾げた。
この警告は真実だろう。しかしその情報を、あえてわたしに教えているということは、何か別の意図があるとしか思えない。
柊南天は馬鹿ではない。わたしが興味を持つような言い回しをして、煽るような情報を伝えてくるからには、相応の理由が存在するはずだ。また先ほどの『最悪のシナリオに沿って……』という呟きから察するに、警告を無視したとしても、勝算は多少あるに違いない。
「いやぁ、相変わらず面倒な性格――いや、失礼……察しが良いっスねぇ、綾女嬢は。ま、ご安心くださいっス。何があかんのか、ちゃんと説明しまスよ? まず、注意事項一つ目、闘う順番についてスけども、本当は別に、順番はどーでもいいっス。ただ、梅花嬢に魔力の使い方を学習させたくない、ってだけなんスよ? 劉氏の『身外身』は、魔力を利用しているスけど、魔力操作が必要な類の異能じゃないんで、それを視たところで、梅花嬢が魔力の操作を学習することはなかったっス。けど、綾女嬢が魔力を駆使して闘うのを視たら、まず間違いなく、梅花嬢はそれを学習して、ひとつ上のステップに進化、成長するに決まってるっス」
「良いことでしょう?」
「良かぁないっス。実力が底上げされるだけなら、最悪、許容してもいいスけども……うちの懸念点は、だいぶ異なるス。さて、何が懸念なのか――ここで一つ、梅花嬢が持つ異能とかのことを、詳しく説明するっス」
柊南天はそう告げると、唐突に立ち上がり、キッチンフロアに下がっていった。そこで何やらゴソゴソと作業をしている。わたしはそれを眺めながら、ひと息ついた。
やがて、レンジで温めたタコ焼きを持って、柊南天がふたたび奥座敷に腰を下ろした。
「小休止ス。どうぞ、美味いっスよ?」
「……結構です。話の続きですが……月梅花さんの異能とは、確か『渾沌』? でしたか?」
神薙瑠璃との会話を思い出しながら、わたしは柊南天に鋭い視線を向ける。ほぉ、と感心した風に頷かれて、柊南天はタコ焼きを頬張りながら続ける。
「ご存じスか? んじゃ、話は早いスね。そスよ。懸念点は梅花嬢の異能『渾沌』が、あまりにも規格外で、強力過ぎることっス。幸いなのは、今時点じゃ、梅花嬢はこの『渾沌』を掌握できていないこと、っスかねぇ」
熱々のタコ焼きを次々と口に入れつつ、柊南天は、言葉ではなくイメージを飛ばしてきた。ハフハフ、とタコ焼きに夢中で、喋れない様子だった。
『綾女嬢は、渾沌のことをどこまで知ってるんスか?』
「何も存じ上げませんよ? ただ良く分かりませんけれど、朔望で姿を変える、という説明があるそうですね? 新月や満月など、月の満ち欠けでその効果が変わるのでしょうか?」
『――おぉ! 正解スよ。さすが、綾女嬢。渾沌という異能の核心に近いっス』
柊南天は目を見開いて驚きつつ、烏龍茶をゴクリと飲んで口の中を落ち着かせた。
「うん、美味い――っと、で、異能『渾沌』の詳細スけどね? 実はこれ、特定条件を満たすと発動できるようになるパッシブスキルで、特定条件ってのが、太陽が沈んでいること、なんスよ。んで、発動方法は、魔力の三分の二を消費すること。これ、一度発動させたら、維持には魔力消費しないス。ただし、太陽が昇ると同時に、このパッシブ効果が消えるっス」
「……パッシブスキル? パッシブ効果、とは?」
「あ、そか。綾女嬢は、普段ゲームやんないっスもんねぇ。えと、パッシブ効果ってのは、発動させると、その効果、異能の影響を身体に与え続けるって意味っス。発動してる限り、異能の恩恵が享受できるっスよ。例えば、力が強くなる、とか、身体が硬くなる、とか」
嗚呼、なるほど――と、わたしは、柊南天の補足にとりあえず理解を示した。
月梅花の異能は、発動させることで、自らの能力を強化出来る類であるらしい。発動には、太陽が沈んでいるという条件があり、条件を満たさないと使用できない使い難い能力のようだ。
龍ヶ崎十八のように、魔力を消費すればいつでも発動出来る異能もあれば、五百蔵鏡のように、手順を踏んで発動させることで何かを産み出す異能もある。
わたしは、異能とは奥が深いな、と感じた。
「それで? 月梅花さんの異能は、発動すると動きが早くなるのですか? それとも力が強くなったり――」
「――不死身特性。要は、満月になるにつれて、不死身になってくっス。逆に、新月が近付くにつれて、魔力が強くなるっス」
柊南天の台詞に、思わずわたしは言葉を失う。一瞬だけ、聴き間違えか、と呆けてしまった。
「……不死身?」
その言葉の意味は理解出来る。しかし、それがどういう状態を指すのかよく分からない。
例えばそれは、龍ヶ崎十八の『治癒』のように、致命傷をすぐさま回復出来る、ということだろうか。再生力が異常で、どんな傷でも即座に治すのだろうか。
だとすれば、殺し難い、という点はかなりの脅威だが、即死させれば良いだけだろう。事前に把握していれば問題などない。
「ノン、ノン。ちゃうっスよ? ガチに、満月じゃ不死身ス。否、ちょい正確に言えば、満月が空に浮かんでる間は、心臓が弾け飛んでも、身体が粉微塵になっても、絶対に死なないっス。即死とか、そういう概念がなくなるっス。どんな細切れの肉片になろうと、満月じゃすかさず元通りになるス」
わたしは嫦娥本月という神話を思い浮かべた。
確かその神話では、嫦娥という仙女が不死の薬を奪って月に逃げたことから、月の女神と呼ばれるようになったという逸話だった。
「……まさか、その不死身特性とやらがあるから……」
「そスよ? 不死身の異能を持つからこそ【嫦娥】って異名っス。ただし救いはあるっス。この異能『渾沌』っスけど、さっき言ったように、梅花嬢は意識して発動出来ないっス」
そこが狙い目っス、と柊南天は続けた。いつの間にか、十個あったタコ焼きが綺麗になくなっている。
「意識して発動できないっスけど、過去、二度だけ、満月の日に発動してるっス。本人は興奮し過ぎてて、その時のことはあんま覚えてないっぽいスけど――最初の発動は、殺しの標的含めてビルごと爆破した時、そこに巻き込まれたんスよ。なのに、ケロリとして生き残ったス。二回目は、大陸間弾道ミサイルを撃ち込まれた時っス。あん時も爆心地から平然と戻って来たっス」
信じ難い内容の話を口にする柊南天に、わたしは訝しげな視線を向ける。嘘にしても、誇張し過ぎだろう。ビル爆破や、大陸間弾道ミサイルを喰らって死なないなど、もはや生物の範疇を超えている。
話半分に聞き流して、とりあえず防御が驚異的に強くなる類の異能か、もしくは即死を防ぐ異能ではないか、と疑う。
しかし、その思考を柊南天は否定した。
「ちゃうちゃうちゃうっス。これはマジっス。実際うち、異端管理局で保管してる【万象辞典】で、異能の説明を読んだっスもん」
「……アカシックレコード? それは、いわゆる世界記憶という概念――」
「似て非なるモンっス。これっスよ? 一応、正式に言えば、異端管理局が保有してる魔法具で、円卓に座る人間であれば、月一回だけ閲覧許可が出るっス」
柊南天はわたしの言葉を最後まで言わせずに、脳内に何やらイメージを送ってきた。
そのイメージは、プラネタリウムみたいなドーム状の暗い室内に、巨大な辞典のような本が浮いている映像だ。
空中に浮かんだ巨大な辞典は、あまりにも大きすぎて縮尺がいまいち分からないが、少なくとも、見上げている柊南天と天桐・リース・ヘブンロードの姿から推測するに、全長が6メートルはあるだろう。
それ自体が凄まじい魔力を纏っており、自動でページがめくられている。開かれたページには、びっしりと細かい文字で、人名と良く分からない記号、説明文が記載されていた。
「いま送った映像が、万象辞典って魔法具っス。時空の魔女が産み出した魔法具で、その能力は『過去と現在におけるあらゆる情報を網羅する』、『万象辞典を起動した人間の望む情報を表示する』って代物っスよ。ここで読み取る限り、梅花嬢の異能『渾沌』の真骨頂は、月の満ち欠けによる不死身効果っス」
「わたしは、そのアカシックレコードとやらが、どれほど当てになるか知らないのですけれど?」
「――綾女嬢はここで、こう記載されてましたよ?」
柊南天はニヤリと笑いながら、わたしの脳内に違う映像のイメージを飛ばしてきた。それは、万象辞典の別ページを視ている映像であり、そこには『鳳仙綾女』という名前があった。
「…………へぇ?」
脳裏に浮かぶわたしのプロフィールは、どこにも記録として残っていないはずの真実だった。誰にも明かしていない両親の情報であり、簡略化されているが、今までの殺しの経歴までも記録されていた。
わたしが言葉少なに頷いたのを見て、柊南天が満足気に口を開いた。
「綾女嬢が、裏組織暁の鳳凰計画により純粋培養された鳳雛ってことは、昔っから知ってたス。けど、ご両親の情報は、万象辞典を読むまで知らんかったんスよ? お母さんが、鳳仙桜――本名『櫻綾』って黒龍幇出身の暗殺者で、お父さんが、阿部頼央とかいう喧嘩自慢のゴロツキ――天性のフィジカルモンスターだったらしいっスね。どっちも理外の世界じゃ無名っスけど、悪くない才能だったみたいじゃないっスか」
「――なるほど。もう結構です。そのアカシックレコードとやらが、情報源として、信用に足ることは理解しました。それで? 不死身特性、という『渾沌』の異能について、もう少しだけ、詳しく説明をしてくださいませんか?」
わたしは、それ以上の無駄話をするな、と本気の殺意を柊南天にぶつける。はいはい、と軽くあしらわれたが、そのまま話題を元に戻してくれた。
「梅花嬢の異能は、さっきも言ったようにパッシブスキルっス。魔力を消費してスイッチさえ押せば、途端に死に難くなるって万能すぎる強化能力っス」
「……そのスイッチとやらが、今の月梅花さんは押せない状態なのですね?」
「そス。正確には押し方が分からないってだけスね。魔力は持ってて、けどそれを異能発動に消費するって感覚がないっス。それを習得されちゃうと、綾女嬢に勝算はなくなるっス。だって死なないんスもん」
わたしは、ふむ、と口元に手を当てて思考する。
確かに、非常に殺し難くはなるだろう。けれど、その条件を理解していれば、さして問題はない。殺すのが不可能とは言い過ぎだ。
「――月が出ている間だけ不死身なのでしょう? だとすれば、朝になるまで殺し続ければ、別段、問題視する異能ではないですよ? 勝算がなくなるほど、とは到底思えないのですけれど?」
むしろ愉しい殺し合いが長く続くことを考えれば、わたしにとっては嬉しいだけである。
そんな思考に、柊南天は盛大な溜息で返した。
「……わたしが、柊さんの忠告を聞き入れざるを得ないような条件が、まだ何かあるのでしょうか?」
柊南天の態度が不愉快すぎて、わたしは刺々しく問いかけた。すると、腕を組んで力強く頷かれる。
いい加減勿体ぶるな、と強烈な殺意を込めて柊南天を睨み付けた。はいはい、と適当に相槌を打たれる。どうやら、肝心要の説明はまだまだ続くようである。




