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外道に生きるモノ  作者: 神無月夕
第五章/円卓に座るモノたち

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第七夜(3)

 がなり立てるように響き渡る悲痛な叫び、けたたましく鳴り渡る火災報知器。

 アートホール三階、テラスラウンジに敷かれている青い絨毯は、一面が赤黒く染まっており、ところどころに肉片が転がっている。中には、人間の首さえも落ちており、絶叫以上にむせ返る血の臭いが凄まじかった。


「げぇええ――」

「た、助けて!!」

「わぁあああ――」


 血の臭いと理不尽過ぎる恐怖に中てられて、その場に嘔吐する男性。

 我先にとテラスラウンジから逃げ出そうとする女性。

 発狂したかのようにその場で叫び続けるだけの男性。

 それら無関係な部外者を誰一人例外なく、分け隔てなく平等に、わたしは次々と斬り伏せた。


「いま、ようやく君――【人修羅】を理解した。その精神性は、まさに『特Sクラス因子』で、脅威度SS級に数えられる訳だ」

「お褒めに預かり光栄です。けれど、五百蔵さん。感心している暇があるならば、サッサと本気で来てくださいませんか?」

「――騒ぎをこれ以上大きくしたくはないが、致し方ないか」


 五百蔵鏡が歯噛みしながら、その全身に闘気を漲らせた。迸るような覇気と、寒気すら覚える威圧が放たれる。


「犠牲者は、出したくないのだけど……」


 不敵に笑うわたしに、五百蔵鏡が覚悟したように呟いた。この期に及んで、被害者を出さないよう立ち振る舞うつもりだったことが可笑しい。

 五百蔵鏡は闘気を漲らせた身体に、まるで羽織るような感覚で強烈な魔力を纏った。魔力は薄いマント状になり、その形状を岩に変えた。

 それはまさに岩石の鎧だ。見た目は鈍重極まるが、その分硬そうである。


「それが拳闘士モードの真骨頂でしょうか?」


 わたしは踊るように刀を振いながら、隙を見て逃げようとした一般人の背中を雨燕で切り裂く。悲鳴が上がり、また一人血の海に沈む。


「――無駄だと思うが、無関係なお客さんに手を出さないでくれないか?」

「野次馬で目撃者を逃す理由はありません。無関係だからこそ、しっかり殺さないと」

「……話が、通じない……か」


 随分と常識的な台詞を吐く五百蔵鏡に、わたしは愉しげな笑みを浮かべた。そして、五百蔵鏡がさりげなく背中に庇った老人の首を目掛けて、雨燕・比翼飛燕を繰り出す。

 音もなく飛ぶ斬撃が、山なりに老人を襲う。


「こ、の――」

「――もっとわたしに集中してくださいよ」


 わたしの狙いを読んで、咄嗟に岩石の鎧で老人を護ろうとした瞬間、足元から地を這う斬撃――土竜・轟然地裂が襲い掛かった。


「――ぐぅ!?」


 五百蔵鏡は飛ぶ斬撃を腕で防いで、地を這う斬撃は鎧で固められた腹部で受ける。腕も腹部も、その岩石の鎧を切り裂くことには失敗するが、体勢を崩すことには成功する。

 たたらを踏んで後退りする様を嗤いながら、わたしは五百蔵鏡の脇を抜けて、必死の形相で逃げる老人にトドメを刺す。背後から心臓を貫いて、返す刀で雨燕を繰り出す。

 今度の雨燕は、ラウンジ隅でうずくまる親娘に向けて放った。


「止めろ、こ――」


 当然のように、五百蔵鏡は体勢を立て直して、親娘とわたしの斜線上に身を乗り出す。それは不格好で隙だらけの動きだ。

 わたしはそれを見逃さず、大上段から斬鉄を繰り出した。


「その悉くを斬り裂く――【斬鉄】」

「――くぉ!?」


 斬、と五百蔵鏡の右目が斬り裂かれた。一方で、親娘に向けて放った雨燕は、見事に岩石の鎧に弾かれていた。

 わたしは会心の笑みを浮かべる。


「この悪魔――なにぃ!?」

「――【穿ち月・千々乱風】」


 五百蔵鏡がバックステップしたのを見計らって、わたしは右目の死角から連続の突きを繰り出す。

 片目を失った状況で、果たして全部を躱せるのかどうか。躱せなくとも、捌き切れるのかどうか。


「ぐぅうっ……外道が……」


 わたしの期待は、しかし悪い意味で裏切られた。

 繰り出した穿ち月のうち、半分以上が五百蔵鏡の岩石の鎧に突き刺さって、皮膚のみならず肉体まで刃が到達したのだ。肉を抉る手応えもあり、岩石の鎧からは血が滴っている。

 わたしは少し興醒めしつつ、勢いよく回し蹴りでラウンジ端まで蹴り飛ばした。


「――がぁ!?」


 不意の回し蹴りに、五百蔵鏡は苦痛の声を上げながらラウンジ端まで吹っ飛んだ。


「きゃあ――たすけ!? あ、ごぁ!?」


 吹っ飛んだ五百蔵鏡は、逃げようとしていた女性に激突して嫌な音を鳴らしていた。それは骨が砕ける鈍い音と、ヒキガエルが潰されたような声だった。

 ふと見れば、逃げようとしていた女性は首があらぬ方向に折れており、その身体はペシャンコになっていた。アレは間違いなく即死だろう。


「……重い、蹴り……いったい、どういう、身体の構造を……」

「殺すのが最優先ですけれど、もっと愉しませてくれませんか? あっけなく終わるのは、わたしとしては拍子抜けです」


 わたしは仕込刀を血振りしながら、逃げようとする男性の脚の腱を切り裂いた。


「せっかく召喚士モードの切り札――『七欲の堕天使ルシファー』と『聖騎士リィザ・ファミルの模造人形』とやらを諦めたのですから、せめて拳闘士モードを存分に愉しませてくださいませ」

「……君、もしかして、ドクターと繋がってるのか……」


 ゆらりと立ち上がった五百蔵鏡が、わたしの言葉に何やら得心したように頷いていた。それはまさに正解だが、どうして気付けたのか。


「あら? ドクター、とは誰のことでしょうか?」


 わたしはわざとらしくとぼけて見せた。柊南天と繋がっていることを知られることで、何らかのデメリットが生じるやも知れない。


「……とぼけても無駄だよ。しかし……はぁ、なるほどね。これで、全て理解できた。この状況、オフィサーに踊らされた感があったけど、オフィサーも騙された口か……僕も道化だな……」


 隻眼になった五百蔵鏡は、いっそう闘気を充実させた様子で、左半身にどっしりと構えた。岩石の鎧が形状変化を始めて、鈍重そうな形態から滑らかなボディスーツに変わる。

 今度は機動力重視なのだろう。わたしの期待には、応えてくれるだろうか。


「今更の後悔だが……今回、オフィサーのお願いを聴いたのは失敗だった――ここからは、もうオフィサーのお願いなど無視する。『特Sクラス因子』を失うのは惜しいが、僕は君を殺すことを優先しよう」

「八重さんのお願い、と言うのが少し気になりますけれど、わたしとの闘いに集中して頂けるのでしたらそれで充分です――存分に愉しみましょう?」


 五百蔵鏡はスッと腰を落として、空手の重心になった。わたしもそれに応じるように、仕込刀を中段に構える。


「――不死身の【人修羅】はてっきり、超回復系の異能持ちだと、勘違いしていた。だけど、君の背後に居るのが『ドクター』であれば、治癒速度が異常なのも納得出来る。死なない限り何もかもを癒せる相棒か……敵に回すと、なんて厄介な」

「あら? 先手を譲ってくださっているのでしょうか? それとも無駄話がお好きなのでしょうか?」

「売り言葉に買い言葉で少し恥ずかしいが、あっけなく終わらないでくれよ」


 ビリビリと肌を刺すような威圧が放たれる。その五百蔵鏡の本気と対峙して、わたしはまさに悪役の笑みでニンマリと微笑んだ。

 五百蔵鏡はわたしの愉しげな笑みを前に、親の仇でも見るような真剣な表情を浮かべている。油断は微塵もなく、全神経を相対するわたしに向けていた。深く長く静かに息吹を吐いていた。

 途端、辺りが静寂に包まれたような錯覚をする。

 互いに向かい合う相手しか目に入らず、雑音は消え去り、シンクロしたように集中が高まっていくのを認識した。実際には全く異なるが、いまこの瞬間、テラスラウンジがまるで、二人だけの世界に変わったように感じていた。結界にでも隔離されたかのように、互いの心拍だけが響いている。

 恐怖に染まった悲鳴。激痛を訴える絶叫。火災報知器のけたたましい発報――それらの凄まじい狂気が溢れかえるテラスラウンジで、けれど、わたしたちは互いの存在に全神経を集中していた。

 

(互いに、明鏡止水の境地。これが、拳闘士モードの五百蔵さんの本気――想像通りに素晴らしい)


 緊張感は徐々に増していく。一触即発の空気も膨れ上がり、戦闘の熱が強く場を満たしていく。互いに踏み込むタイミングを計っていた。

 ジリジリとミリ単位でにじり寄りながら、あと半歩でわたしの刀の間合いとなる。瞬間、五百蔵鏡の纏う殺気が膨れ上がり、静まり返っていた闘気が爆発した。

 これが戦闘の合図――愉しい楽しい殺し合いの幕開けである。


「ォオオオ――フ、ッ!!」


 鬼気迫る闘気が爆発した瞬間、間合いの外から五百蔵鏡が正拳突きを繰り出した。それは到底届くはずのない拳だが、視えない衝撃波がわたしの肩口を撃ち抜いた。

 飛ぶ拳撃である。魔力に依らない武功であり、気功波に似た空気の弾丸のようだった。


「ッ!? シィ――ッ!!」


 グラリと身体が傾ぐ。中段に構えていた姿勢が崩れて、刀身が横に流れた。しかしわたしはその勢いを利用して、すかさず仕込刀を寝かせると、踏み込みながら突きを放つ。

 五百蔵鏡は床に倒れるように低い姿勢になっており、わたしの突きを躱しつつ、タックルの要領で脚に向かって飛び掛かってきた。

 凄まじく疾い、が――


「――直線的過ぎ、っ!?」


 五百蔵鏡のタックルを見切り、突いた仕込刀をモグラ叩きの要領で振り下ろした時、既にそこには誰も居なかった。仕込刀は空を斬り、刀の背面である棟の部分には足が乗っており、ふと気付けば、掌底が鳩尾に触れていた。


「――破砕魔功(ハサイマコウ)

「ぶ、っ!? ぐぁ!?」


 宣言と同時に、掌底による打突が鳩尾を撃ち抜いた。どこか見覚えのある技だ。

 衝撃はわたしの内側で爆発して、全身が麻痺するほどの衝撃が走り抜けた。思わずその場に膝を突きそうになる。

 けれど、五百蔵鏡の連撃はこの程度では終わらない。愉しみはまだまだ続くようだ。

 間髪入れずに、頭部が大きく揺らされた。視界の外、死角から何かがこめかみを殴打したらしい。その衝撃は例えば、バットで後頭部を殴られたような威力だった。この感覚は恐らく裏拳だろう。更に続いて、脇腹に重たい膝蹴りも突き刺さっていた。


「――破!!」


 打たれるまま態勢を崩したわたしの背後から、五百蔵鏡が会心の気合と共に体当たりじみた攻撃を繰り出していた。その衝撃に、わたしは踏ん張りさえ出来ず吹っ飛んだ。

 まるでトラックに激突されたような衝撃だった。吹っ飛ばされながらチラと見ると、独特な姿勢で肩をぶつけてきたことが分かる。


「ッ、はぁ、ぁ――」


 甘い吐息がわたしの口から洩れる。呼吸をする暇さえないほど、激痛と衝撃が身体中を暴れまわっていた。ここまでの連撃が、わずか一秒にも満たなかった。

 わたしは一切油断などしていない。集中はいまだかつてないほど最高潮である。だと言うのに、五百蔵鏡の動きに全くついていけていなかった。

 速過ぎて視えないわけではない。虚を突かれた不意打ちというわけでもない。どこか感覚が狂わされる不思議な動きだった。


「……外道之太刀――【暁天(ギョウテン)】」


 さて、このまま受け身一方では、あっけなく終わってしまう。反撃しなければ流石にマズイ。

 わたしは血反吐を吐きつつも笑みは崩さず、吹っ飛ぶ身体を無理やり捻って、追撃しようと飛び掛かってきた五百蔵鏡に横薙ぎの斬鉄を披露した。風切り音を置き去りにした一閃が放たれる。


「チッ!?」


 ヒュ、斬、と風切り音が聞こえた直後に、肉を切り裂いた音が耳に届いた。手応えは十二分にあったが、残念ながらそれは五百蔵鏡ではなかった。


「ふふふ……ッ、ぐっ……ふふ……」


 暁天の速度を上回るほどの回避速度で、五百蔵鏡はわたしから10メートル以上も離れていた。隻眼であるハンデなど微塵も感じられないその実力に、わたしは愉しくて仕方がない。


「……裏拳で脳が揺らされた状態で、僕の鉄山靠(テツザンコウ)を受けたんだぞ? 反撃が出来るはずがないんだけど――もしかして、それが君の異能か? ダメージを受け流す? いや、死ぬまで戦闘力を維持させる? 君の異能を暴きたくなるな……」


 五百蔵鏡は再び腰を落として、空手の構えになった。呟く言葉は独り言だろうが、どことなくわたしに問い掛けているようにも思えた。


「……異能、ですかね? 教えて欲しければ……もっと、踊りましょう? ちなみに……先ほどの掌底……ヘブンロードさんの技と……似てます、ね……」


 ゴロゴロと転がったが、すぐさま起き上がり、口元の血を素早く拭った。

 平然とした表情で強がって見せるが、声は無様に震える。横隔膜が麻痺していて、呼吸が満足に出来なかった。

 わたしはいま、割と追い詰められていた。ここで追撃されたら、さぞやギリギリの勝負になることだろう。

 だからこそ、五百蔵鏡にとって今こそ最大の好機である。さあ、追撃してこい――と、わたしは強く期待した。ここからの絶体絶命な展開を望んで、満面の笑みを浮かべた。

 するとその笑みを見て勘違いしたのか、五百蔵鏡は警戒を強くして、律儀にわたしの独り言に答えてくれた。


「……当然。これらは全てイージスの技だ。だが残念ながら、僕では同じ威力は出せない」

「へ、ぇ……それは……重畳、です」

「本当に、恐ろしい。その状態で、何故、余裕がある?」


 五百蔵鏡は闘気を漲らせつつも、結局、追撃してこなかった。

 わたしがあえて満身創痍を演じているとでも思っているらしい。余裕そうに振舞っているだけの虚勢を、全く見抜けていなかった。


(……わたしの、異能を警戒してる? いえ、それにしては、警戒の仕方が雑です……何か、歪ですね。圧倒的な強さの割に、戦闘経験値が低いように思えます……)


 わたしは冷静に先ほどまでの五百蔵鏡の連撃を考察する。

 動き自体は特殊なものではない。超高速のタックルで、捉え難い体捌きなのは事実だったが、わたしの反射神経を超えるほどではなかった。しかし、直撃する寸前で姿を見失った。

 足運びなのか、視線誘導なのか――わたしの眼や超感覚で追ったとき、ふと見失った。それが如何なる技術なのか、もっと味わいたくて仕方ない。

 乱れた呼吸はそのままにして、わたしは静かに全身を整えた。気力と魔力を身体中に循環させて、口には出さずに梵釈之位(ボンシャクノクライ)と呟いた。

 それを合図に、今度はわたしが先に、前傾姿勢で駆け出した。

 五百蔵鏡は迎撃の姿勢で、緩やかに右拳を突き出す。受け身で迎え撃つつもりか、と一瞬だけ不安になったが、それは杞憂だった。

 次の瞬間――お互いの姿が掻き消える。

 わたしは一瞬で最高速になる踏み込み、歩法【飛天】を繰り出した。一方で、五百蔵鏡は右拳を引いて、先ほどと同じ超高速のタックルで距離を詰めてくる。


「遅い――」

「――遅い」


 先に呟いたのは、五百蔵鏡だ。そして、実際に速かったのも五百蔵鏡である。引いた右拳がいつの間にか掌打に変わり、加速中のわたしの胸部を穿っていた。

 その様を冷静に観察しながら、わたしは同じ台詞を吐いた。刹那、五百蔵鏡の右腕が宙を舞った。肩口から、右腕を刎ね飛ばしたのだ。


「――な、っ!?」

九天一閃(クテンイッセン)――」


 驚愕の声に被せて、わたしは技が成ったことを宣言する。同時に、右目の死角に回り込んで、仕込刀の柄頭で、五百蔵鏡のこめかみを撃ち抜く。


「うぉ、ぁ? こ、の、ぐ!!」


 頭部を強烈に揺らされて、五百蔵鏡は目をパチパチさせながら崩れそうになる。それを見逃さずに、続けて腹部に回し蹴りをお見舞いした。

 グラつく視界に不意打ちの蹴りで、五百蔵鏡は受け身も取れずにラウンジの端まで吹っ飛んだ。

 きゃあ、とか、わー、とか、まだかろうじて生き残っている一般人の悲鳴が響いた。どうやら吹っ飛ぶ過程で巻き込まれて、何人か更に大怪我を負ったようだ。


「――そろそろ、フィナーレですかね?」


 わたしは吹っ飛んだ五百蔵鏡を注視しながら、仕込刀を振るって、無関係に怯えている一般人の頸動脈を搔き切っていく。見渡せば、まだ生き残りはそれなりに居た。けれど生き残った一般人たちは、逃げると殺されると理解しているようで、みなラウンジの隅でガタガタと震えて声を必死に抑えていた。


「……逃げたのは、八人程度、ですね……ま、顔は覚えているので、後でしっかり殺しますけど……」


 わたしは無抵抗な一般人を逃げられないようにしながら、起き上がった五百蔵鏡に視線を向けた。


「いま……どうやって……縮地(シュクチ)を、見切ったんだ?」

「ん? 嗚呼、アレは『縮地』と、呼ぶ歩法なのですね? 至極単純です。まあ、あまり感心できることではありませんけれど――ただの()ですよ」

「…………勘、だと?」

「ええ。見事に的中して良かったです」


 切断された右肩を左手で押さえている五百蔵鏡に、わたしは笑みを返した。


「――君は本当に化物だ。まさに『特Sクラス因子』に相応しい……だからこそ、僕は失敗した。安請け合いし過ぎたな……」


 隻眼、隻腕、出血量も既に致死量なはずの五百蔵鏡は、しかし死に体とは思えないほど充実した闘気と殺気、強烈な覇気を放ちながら、三度、空手の構えで腰を落とした。

 今度は右半身を前に、左拳を握り締めている。そんな五百蔵鏡を見て、わたしはふと思い出したとばかりに首を傾げる。


「嗚呼、そう言えば、そう。忘れていましたが――その『特Sクラス因子』とやら、どういう意味なんでしょうか? 昨日、逃げ果せたら教えてくれると仰いましたよね?」


 わたしのあっけらかんとした調子に、五百蔵鏡は顔を引き攣らせていた。


「この攻防が最後になるだろ――君が生き残ったら、答えてあげよう」

「あらあら、それは卑怯です。即死、させられないじゃないですか」

「安心しろ――僕を即死させることは出来ない」

「へぇ? それ、安い挑発ですよ?」


 軽口を叩き合い、互いにここまでで最高の一撃を放つ準備をする。宣言通り、この斬り合いを最後にどちらかは戦闘不能になるだろう。

 わたしは、今度は勘ではなく、実力で五百蔵鏡の『縮地』を看破するつもりだった。都合、二度も味わう機会があり、失敗と成功を経験しているのだから、次、見切れなければ恥ずかしい。


(――タイミングだけ計った一か八かの博打では、成長できませんものね)


 内心ではだいぶ緊張しながら、おくびにも出さず口角を釣り上げた。この一撃を見切れなければ、間違いなくわたしの負けだろう。


「ふぅぅ――」


 五百蔵鏡が静かに深く長く息を吐いて、ピタリと息を止めた。充実した闘気がいっそう膨れ上がり、瞬間、分かり易く爆発する。技の起こりが露骨に分かり易い。

 闘気の爆発と同時に、五百蔵鏡は大きく踏み込んできた。最初の攻防の時と同じように、床に倒れ込むような低い姿勢で、直線的な超高速タックルである。

 凄まじく疾い。だが、直線的――これが反射的に手を出しそうになる誘いである。

 思わず迎撃したくなる隙であり、捌けると勘違いしそうになる突撃だ。そんな気持ちを鉄の意志で押し留めて、刹那の一瞬、受け身で攻撃を待ち構えた。

 研ぎ澄ました五感と魔力感知を駆使して、五百蔵鏡の超高速タックル『縮地』を見切ることに全神経を注ぎ込む。脚に力を入れて、防御の姿勢になる。

 そして、受け身で待ち構えた途端、わたしの視界から五百蔵鏡の姿が煙のように掻き消えた。

 殺気と闘気を纏った強烈な気配は消えていない。真っ直ぐとわたしに向かってくるのを感じる。同時に、その気配と若干ズレて魔力を宿した残像も向かってくる。しかし、それらの視覚的情報、感覚的情報とは全く異なり、既にわたしの左胸には、掌打の痛みが届いていた。

 その痛覚に反応して見れば、左胸には五百蔵鏡の左掌底が触れていた。


(――嗚呼、なるほど)


 わたしは満足気に頷いていた。

 受け身で見極めようとした結果、五百蔵鏡を捉えることは出来なかったのだ。この『縮地』を看破することは、見事に失敗したのである。

 つまり非常に悔しいが、わたしでは見切れない歩法らしい――そういう特性を持っているのだろう。


「僕の勝ち――」


 勝ち誇った声が耳元に聞こえて、左胸に触れている掌打が押し込まれる。身体の内側に、発勁にも似た強烈な闘気が流れ込んでくる。

 その闘気を感じながら、わたしは反射的に半歩だけ腰を引いて、丹田に蓄えられている内功を同じ位置にぶつける。


「――破砕魔、ぐぇ!?」

「――暁天」


 左胸にめり込んだ掌打から致死の衝撃が放たれる直前、わたしの音速の斬鉄が五百蔵鏡の胴体を一閃していた。

 豆腐を斬るような容易さで、五百蔵鏡は上半身と下半身を切り分けられて床に転がった。

 すかさず返す刀で左腕も肩口から切断した。すると、血の海と化した床には、両腕のない上半身だけの達磨が転がった。


「…………化、物か?」

「わたしの、勝ちですね?」


 両腕を失って、しかも上半身だけになった五百蔵鏡を見下ろしながら、わたしは意趣返しのような台詞を口にした。

 ぐぅぅ、と唸るような声を出しながら、五百蔵鏡は恨めしい目を向けてきた。


「……くそ……また、勘、か?」

「いえいえ。今度は、しっかりと見切らせて頂きました。とはいえ結局、その術理は理解できませんでしたけれど――五百蔵さんの『縮地』って、つまりは不可避な技でしょう? だから、回避出来ない攻撃だと割り切っただけです。そうすれば、対処は簡単でした。要するに、攻撃が届いたタイミングで、それより疾くカウンターすれば良いだけ。後の先、という奴ですね」


 縮地の動きは見切れずとも、そこから繰り出される攻撃のタイミングは容易に見切れた。二度の攻防で、わたしの攻撃の方が五百蔵鏡より疾いことも把握していた。

 ここまで分かっていれば、攻略出来ない理由がないだろう。


「ちなみに、あえてレクチャーするとしたら、あの掌打――『破砕魔功』でしたか? 触れてから気を発するのに、コンマ数秒、闘気を溜めていたでしょう? 溜めのタイムラグが余分ですね。あれでは、カウンターしてくれ、と告げているのと同義ですよ?」

 

 不可避の歩法から繰り出される攻撃が、一瞬の間を要するのは致命的な弱点だろう。そのちぐはぐさこそが、決定的な攻略の糸口になった。


「……なる、ほど、ね……」


 わたしの勝ち誇った台詞に、五百蔵鏡は感心とも驚嘆とも取れる吐息を漏らす。そしてもう完全に諦めたかのように戦意を霧散させていた。


「それにしても、よくもまあ、その状態でまだ意識がありますね?」

「……だから、言っただろ? 僕を即死させることは、出来ない、って……」

「それにしても度が過ぎていませんか? わたしだって、上半身と下半身を両断されたら失血で気絶してますよ?」


 呆れ顔で、もはや死んでいるのではないか、という状態の五百蔵鏡を見下ろした。

 どうなっているのか不思議でならないが、五百蔵鏡は意識もしっかりしており、言葉も流暢に喋れていた。何故死なないのか、不気味に過ぎる。


「……ドクターから、そこまでは聞いてないのか? ま、いいや。いま理由を説明出来るほどの余力はないしな――じゃあ、せっかくだから、サッサと『特Sクラス因子』のことを答えようかな?」

「ええ――是非」


 仕込刀を血振りしながら、わたしは五百蔵鏡の動向を注視した。もう完全に勝負は決しているが、まだ油断はしない。この状況でさえ、逆転の機会はある。

 そんなわたしの警戒を理解してか、五百蔵鏡は苦笑していた。


「……この状態になっても、まだ警戒は解かず、抜かりない……やっぱ、ドクターから僕の『異能』をしっかり聞いているようだね?」

「無駄口は結構。これ以上、引っ張るのは不快ですよ?」

「失礼した。じゃあ、引っ張らずに悪夢を見せてあげよう――『僕は創造した。あらゆる領域を超越する最強を。そして顕現した。それは悪夢のような奇跡だった』」

「――――何を?」


 ガチ、と五百蔵鏡が強烈に奥歯を噛み締めた。すると、何やらスイッチのような音が鳴る。途端に、五百蔵鏡の上半身が爆発したかのような魔力を放ち、テラスラウンジが一瞬にして濃い魔力で包み込まれた。それは昨日の資料保管庫で感じた気配と似ていて、専用の魔術領域が展開されたように思えた。

 わたしはハッとして、辺りを一瞥した。

 柊南天から聞いていた話では、魔術領域を展開するには、専用の魔力結晶をばら撒く必要があったはずだ。気付かないうちに、テラスラウンジに魔力結晶をばら撒いていたのか――


(――いえ、そんなはずはありません! そんな素振りは一切なかった)


 自問自答しつつ、周囲を魔力視する。しかしやはりどこを見ても、テラスラウンジには魔力結晶らしき反応はなかった。


「え? これ、まさか?」


 ふと窓の外に目を向けると、アートホールの敷地内を囲むように薄い魔力のカーテンが広がっているのを視認できた。

 慌てて、五百蔵鏡に視線を戻す。


「驚いたかな? これは、誰にも教えてない、本当のとっておきだ。ドクターも、オフィサーさえも知らない。この美術館の敷地内にある全ての建物には、最初から魔力結晶が埋められている。そして僕がスイッチを押した瞬間、魔術領域と化す設定だ……」


 上半身のみの五百蔵鏡が、してやったり、と笑みを浮かべる。


「さらにもう一つ……僕はモードを、死ぬまで切り替えられない……って、吹聴してるけど……実は、この身体を犠牲にすれば、いつでもすぐに切り替えられる――」

「ふふふ――」


 五百蔵鏡のとっておきの告白に、わたしは今日一番の笑みを浮かべた。


「――生き延びて、見せな?」


 五百蔵鏡はそんな捨て台詞を吐いて、静かに事切れた。唐突に瞳孔が開いて瞳に輝きがなくなり、口は薄笑いのまま半開きで固まった。放たれていた魔力が霧散して、もはや上半身には何の気配もなくなった。これはもう、ただの死体である。


「――これが、とっておき、ね」


 五百蔵鏡が完全に息絶えたのと同時に、危険極まりない気配が現れていた。

 凄まじい怖気と寒気が、ひっきりなしに襲い掛かってくる。渦巻くような悪意の威圧、身動き取れないほど重苦しい闘気が、背後の階段下から漂い始めていた。

 圧倒的格上による弱者への威嚇――思わず死を覚悟するほどの殺気だった。


「召喚士モードに切り替わって、命を犠牲に『創造』した存在……」


 その強烈過ぎる気配は、直接対面してもいないのに、足が震えるほどの恐怖を放っている。

 生存本能を脅かす恐怖、具現化した死の気配――これほどの気配は、土井MCBの時に対峙した天桐・リース・ヘブンロードを凌駕するだろう。

 全ての殺気がわたしに向けられているのにも関わらず、テラスラウンジでまだ生きている一般人たちは、この気配を感じた瞬間、失禁しながら気絶していた。


「……これは、どちらでしょうかね?」


 震える声を誤魔化すように、わたしは独り言を呟いた。この存在こそ間違いなく、『七欲の堕天使ルシファー』か『聖騎士リィザ・ファミルの模造人形』だろう。

 気配は段々と強くなり、数秒でテラスラウンジの入口、階段のところに到達していた。

 わたしは気炎万丈で振り返る。勝利条件は明白だ。ここから始まる三分弱――生き延びることが出来れば、それでわたしの勝ちである。


『我、聖騎士リィザ・ファミル也――』


 果たして現れたのは、全身を黄金甲冑で包んだ騎士だった。

 騎士はパッと見て、身長180センチ以上はある大柄な体躯で、フルフェイス型のヘルムで顔を隠していた。右手には白銀の片手剣、左手にはわたしの全長と同じくらい大きな盾を持っていた。


『――貴殿との一騎打ちを申し出る』


 やたらと甲高く響く不思議な声音で言って、白銀の片手剣を眼前に立てて構えていた。

 相手は『聖騎士リィザ・ファミルの模造人形』か――と、わたしはその全身を舐めるように眺めながら、ゴクリと唾を呑んだ。模造人形という割には、人形らしさは皆無だ。そして、重苦しい格好とは裏腹に、所作の端々からは重力を感じさせなかった。


「一騎打ちはいたしますけれど、一つ、教えて頂けますか?」


 わたしは悦びに口元を歪めながら、腰をかがめた。この問答に意味はない。少しでも隙を見せてくれれば御の字の戯言である。


『問答無用。我を打倒して見せよ――』


 しかし、わたしの戯言など聞く耳持たず、眼前の聖騎士リィザ・ファミルは、流麗な動作で片手剣を振り下ろした。

 それが戦闘開始の合図である。聖騎士リィザ・ファミルは一歩足を引いた。


『――いざ、参る』


 その宣言が耳に届くより疾く、黄金色の風が突撃してきた。わたしは驚愕に目を見開き、咄嗟に転がるように横跳びで回避した。

 爆音――その音の直後に、炎を纏う一本の轍がラウンジの床に刻まれていた。


「――――ッ」


 振り返って見れば、入口で立っていた聖騎士リィザ・ファミルは、わたしが立っていたところを通り過ぎて、反対側の壁端で片手剣を振り下ろしていた。

 端から端まで、およそ50メートル以上ある。その距離を、わずか瞬きの一瞬で走り抜けていた。


「音速を超える移動速度。斬鉄を超える攻撃力。暴走機関車、みたいです」


 逃げるように聖騎士リィザ・ファミルと距離を取りながら、わたしは嬉しそうに呟いた。

 黄金色の風が通り過ぎた後は、綺麗に何もなくなっていた。転がっていた一般人の死体は、移動の衝撃だけで吹き飛んでおり、壁や窓ガラスに肉片として張り付いていた。


『受けて見せよ、挑戦者』

「流石に、嫌ですよ。今の、受け止められる気がしません」


 聖騎士リィザ・ファミルは音もなく振り返り、すかさず先ほどと同じ挙動を見せた。瞬間、わたしは斜め上に跳び上がる。

 轟、と黄金色の風が通り抜けた。爆音が遅れて衝撃を放ってきた。


「――雨燕・比翼飛燕」


 鼓膜を揺らし、身体中を軋ませる音の衝撃を甘んじて受けながら、駆け抜けた直後の聖騎士リィザ・ファミルの背中に飛ぶ斬撃を見舞う。当然ながら、全身甲冑の継ぎ目、腕と肩の隙間を狙う。

 けれどその斬撃を、聖騎士リィザ・ファミルは構えた盾で無力化していた。


「手応えが全くない? その盾、一体何で出来ているのでしょうか?」


 わたしは苦笑しながらバク転して、ふたたび距離を取った。斬り込んだところで、捌かれる未来しか視えなかった。

 そんなわたしを静かに眺めて、聖騎士リィザ・ファミルは三度、片手剣を下ろして足を引いた。暴走機関車の如き黄金色の風が、また一直線に駆け抜けていく。

 当たれば即死、掠っても致命傷、完全回避しても爆音と衝撃波で軽微なダメージを受ける。幸いなのは、単純な直線攻撃ゆえに、躱すのが簡単だということだけ。


(――けれど、攻略出来る隙はありませんね)


 冷静に観察しながら、聖騎士リィザ・ファミルの三度目の突撃を躱して、わたしは立ち位置を入れ替えた。

 このまま躱し続けての時間切れも一つの手だが、それでは何一つ愉しくない。こんな死地に直面したのだからこそ、自らの命を賭けて実力を試さなければ――

 わたしの興奮は最高潮になり、全神経が今日一番冴えわたってきていた。

10/27迄、毎日0:00更新

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