第七夜(4)
わたしは壁際で盾を構えた聖騎士リィザ・ファミルに向き直り、獣の如き低い前傾姿勢で、仕込刀を下段に構えた。
応じるようにして、聖騎士リィザ・ファミルが先ほどまでと全く同じ動作をする。片手剣を下ろして足を引いて、都合四度目となる暴走機関車の如き突撃の準備をしていた。
ニヤリ、とほくそ笑みながらも、これが失敗したら即死であることを痛烈に意識した。心臓の鼓動が、緊張からいっそう高まる。
わたしが狙っているのは、突撃に合わせたカウンターだった。
五百蔵鏡の胴体をも両断した音速を超える斬撃、外道之太刀【暁天】を、聖騎士リィザ・ファミルの突撃にぶつけようとしていた。
(――動きが速過ぎて視えないから、合わせるのは困難です。ぶつかる瞬間のタイミングさえも、計れる気がしません。けれど、出来ないことに挑戦しなければ成長はありません)
零コンマ数秒の思考――梵釈之位により、限界を超えた肉体性能を100パーセント使いこなせる状態で、更には思考をも加速させた。
都合、三回の突撃を体験している。身体に刻まれたその感覚を頼りにして、思考せずに、反射神経のみでカウンターを狙うつもりだ。
充実した魔力がわたしの肉体性能を引き上げて、身体の内側を循環する内功を鎧のように纏わせた。仕込刀にも剣気を纏わせて、そのうえに魔力の膜を作る。これを何層にも繰り返すことで、仕込刀の刃は分厚い西洋の大剣に似た形状になる。刀身からは、湯気の如き魔力と剣気が立ち昇っていた。
準備は出来た――あとは、わたしの戦闘勘を信じるだけだ。
ふぅ、と短く息を吸った。瞬間、爆音を置き去りにした黄金色の風が走り抜けてくる。
「――暁天!!」
全神経を集中させていても、聖騎士リィザ・ファミルのその突撃は見切れなかった。しかし、そんなのはどうでもいい。見切るのが目的ではない。
わたしは相打ち覚悟で、渾身の暁天を振り抜いた。
バギン、という硬い金属同士が激突したような音が響いた。遅れて、爆音じみた音の衝撃波がテラスラウンジ中央で巻き起こり、床に転がった死体の多くが部屋の隅まで吹っ飛ぶ。この衝撃により、生き残っていた一般人は、もう一人も居なくなっていた。
ふいに、パキ、カラン、と何かが割れて、床に転がる音がした。
『見事也。アテナの盾を破る猛者とは思わなんだ』
聖騎士リィザ・ファミルは、突撃する前の位置に戻っており、折れ曲がった片手剣を眺めていた。その甲冑に傷は一つもないが、左手で構えていた盾は真ん中で二つに両断されており、その半分が床に転がっていた。
一方でわたしは、仕込刀こそ無事だったが、右腕の骨が折れて飛び出しており、肩が脱臼していた。更には、カウンターの衝撃に耐えられなかったか、左膝の皿が内側で砕けて腫れ上がっている。おかげでまともに立てず、壁に寄り掛かっていた。
激痛は何とでもなる。右脚だけは無事なので、動けないこともない。けれど片足では当然、踏ん張りが半減するので、攻撃力も機動力も落ちることは間違いない。
聖騎士リィザ・ファミルの片手剣を折り曲げて盾を両断したのと引き換えに、わたしは機動力と攻撃力を失ったような状況だ。
笑えないくらいのハンデだろう。五体満足でさえ対等な勝負が出来ない戦力差だと言うのに、これではもはやイジメに等しい。
『美しい剣技、見事な剣罡刃だ。まさかその若さで、剣罡を操れるとは思わなんだ――貴殿は剣士か?』
聖騎士リィザ・ファミルは盾を投げ捨てながら、そんなことを問い掛けてきた。わたしは苦笑しながらも、仕込刀を左手に持ち替えて大上段に構え直す。
「――そういう貴女も剣士でしょう?」
わたしは首を傾げる。質問の意味が分からなかった。ここまで仕込刀を扱っていて、今更質問されるのも理解出来ない。
すると、聖騎士リィザ・ファミルは折れ曲がった片手剣を両手で構えた。
『我は聖騎士リィザ・ファミル也――黄金の魔女にして、影の軍団を操る魔術師だったモノ。だが貴殿が剣罡使いの剣士であるならば、剣で応えなくてはならないな』
いっそう意味が分からない台詞に、わたしは混乱した。何が言いたいのか、その戯言の意図がまったく掴めない。
「剣で応える? 今までは、剣で応えていなかったの――っ!?」
わたしは鼻で笑いながら、聖騎士リィザ・ファミルの動きを警戒した。次の瞬間、直感に従って転がるように壁際から飛び去る。
『聖剣技――閃光糸』
聖騎士リィザ・ファミルとわたしの距離は、壁端から壁端で軽く50メートルは離れている。だと言うのに、その宣言と同時に降り注いだ糸のような斬撃が、わたしの立っていた位置を、床まで千々に切り裂いた。
それは、飛ぶ斬撃や鎌鼬などと言う甘いものではない。降り注ぐレーザービーム状をした剣気による突きに等しかった。
一瞬のうちに、床もコンクリートの壁も穴あきチーズのようになっていた。
「なに、それ――っ!? 出鱈目、過ぎますよっ、この!!」
『聖剣技――星光閃』
それらは見たこともない剣技――否、剣技とさえ言いたくないほどの攻撃だった。信じ難いほどの超遠距離攻撃であり、魔術にしか思えない術理不明の技である。
わたしは毒づきながらも、直感に従って床に伏せた。やや遅れて、テラスラウンジを横一閃する白銀の光が煌めき、あらゆる物体を全て分断していた。
「――馬鹿、なのですか!?」
聖騎士リィザ・ファミルのその剣技は、床から1メートルの高さの壁を切り裂き、天井を支える支柱を両断していた。テラスラウンジ自体が、横にスライドして天井が崩れ始める。
『聖剣技――流星斬』
ガガガガ、とラウンジの天井がズレていく轟音に被せて、聖騎士リィザ・ファミルは折れ曲がった片手剣をゆっくりと斬り上げる。
すると今度は、崩れ始めた天井からわたしに向かって一筋の光が降り注ぎ、全身を死の気配が貫いた。スポットライトを浴びたような感覚に、死の予感が同居している。
あまりにも強烈で鮮烈な死の気配――もう死んでいる、と先走って、わたしの身体が勘違いするほどの現実味を帯びた剣気だ。
「――――くそ、がぁあああ!!」
避けなければ死ぬ、と理解しているのに、身体が既に死んだように動かない。唯一動くのは思考だけという状況で、わたしは癇癪を起したように汚い言葉で絶叫した。
瞬間、稲光を思わせる強烈な閃光が、天井から直角に床を貫いた。
火災報知器などが些細な音に聞こえるくらいの轟音を響かせて、天井と床が真っ二つに切り裂かれる。必然的に、支柱を失ったテラスラウンジの壁が、階下のバルコニーに向かって崩れ落ちた。また、床の半分も自重を支えられずに落下し始める。
その様はまさに、爆破解体現場を思わせる光景だった。
このテラスラウンジは、アートホール三階で突き出た形状をしたエリアであり、直下には、一階のバルコニーしか存在しなかった。それゆえに、支柱を失った壁や、突き出た部分の床が、自然と階下に落ちていった。
落下した瓦礫は爆音を鳴らしながら、地面を掘り返して粉塵を上げている。ちなみに、一階バルコニーには人は居らず、この瓦礫による負傷者は誰も出なかった。
『空が青いな』
そうして後に残ったのは、周囲の壁が全て取り払われて、床面積も半分になり、オープンテラスと化した廃墟のようなラウンジだった。床が落ちた影響で、散らかっていた多くの死体も、だいぶ階下のバルコニーに落ちて、瓦礫に潰されている。
聖騎士リィザ・ファミルはそんなラウンジの中央で、空を見上げていた。
「……これは、剣技とは、呼びたくはありませんよ?」
果たしてわたしは、紙一重で二階に続く階段の踊り場に跳び退くことに成功していた。発破をかけて無理やり身体を動かして、何とか瓦礫にも巻き込まれることなく斬撃を回避したのだ。
わたしは自分を誉めたい気持ちになった。このあり得ない威力と攻撃範囲を持った斬撃を、初見で回避したのは奇跡と思う。凄まじい成長を自覚した。
しかしながら、階段を転げ落ちた際に、左脚が膝の部分で反対側に曲がってしまい、下手に動き回ると千切れる状態になっていた。
もはや神経も切れているので、痛みはなくなっている。これはかなり致命的だ。
『さあ――次は貴殿の番だ。まだ終わりではないだろう?』
階段の上からわたしを見下ろすように、聖騎士リィザ・ファミルが折れ曲がった片手剣の切っ先を向けてくる。追撃をするつもりはなさそうだ。
それは油断か、はたまた余裕か。
どちらでも構わない――わたしはその挑発に応えるべく、踊り場の壁に肩を当てて、右脚だけで立ち上がった。
「ええ。勿論、これで終わる訳がありませんよ」
不敵な笑みを浮かべたまま、わたしは右脚に力を篭めた。ここでもう一段階、己の限界を超えて見せる――
『先ほどよりも洗練されて、美しい剣罡だ。しかも剣罡の具象化にまで至る――剣聖クラスの剣士だな』
「受けて見なさい! 歩法【飛天】――」
身体の内側から溢れ出す闘気を全身に纏い、全魔力を右脚だけに集中させて、片足だけの脚力で飛び掛かった。肉体限界を超越して、そのうえ魔力で強化までしたわたしの突撃は、歩法飛天によりまさに弾丸を思わせる速度となる。
もしかすると万全の時よりも疾いかも知れない。片足跳びにも関わらず、30メートルを一息に飛び越した。
「――【斬鉄・双月】!!」
身構えた聖騎士リィザ・ファミルの胴体目掛けて、わたしは斬鉄の二連撃を浴びせる。斬り上げの斬鉄、同時に、斬り下ろしの斬鉄を、全く同じ位置に放つ奥義である。
聖騎士リィザ・ファミルは、片手剣で緩やかに受け止めた。だがしかし、想像以上の重さに驚いて、態勢を崩して一歩後ろによろけた。
その隙を逃さず、わたしは勢いそのまま、全魔力を篭めた右脚で聖騎士リィザ・ファミルのフルフェイスヘルムを蹴り飛ばす。
『ぉお――?』
わたしの蹴りでは、さしてダメージは与えられない。けれど態勢を崩して、三階のテラスラウンジから階下に突き落とすことに成功した。
『――ふむ。この後は?』
一階の瓦礫に落下した聖騎士リィザ・ファミルだが、当然ながらダメージは一切ない。そんなのは百も承知だ。
わたしは聖騎士リィザ・ファミルを足蹴にして、西日になり始めた太陽を目掛けて空高く跳び上がった。飛翔するようにグングンと上昇して、やがて高さは頂点に到達する。
三階の高さから跳び上がり、ラウンジの足場から30メートルほど上空での一時停止だ。正直なところ、ここまでの高さでも威力としては不十分だが、片足ではこれが限界だった。嘆いても仕方ない。
『落下する勢いを利用するのか。安易な発想だ。受けて立つ――ほぉ?』
瓦礫の上で空を見上げた聖騎士リィザ・ファミルが、感心した風に呟いた。その台詞にわたしは嗤う。西日に目をやられて、一瞬だけわたしの姿を見失ったようである。
瞬間、身体を反転させて、頭を下に、右脚で何もない空を踏み締めていた。そこには、魔力で造った小さな足場があった。
わたしは中空に浮かぶその足場に力を溜めて、次の瞬間、蹴り出すと同時に足元で魔力を爆発させた。歩法飛天の勢いにプラスして、魔力の爆発を推進力に変換する。
「――奈落墜」
地上との高低差、およそ45メートル超からの重力加速、歩法飛天による加速、魔力爆発による推進力も加えて、わたしは聖騎士リィザ・ファミルに落下した。その勢いは雷を思わせる。
『凄まじい――剣技だ』
爆音と激突の衝撃、そして舞い上がる瓦礫の粉塵に紛れて、聖騎士リィザ・ファミルの感心した声が聞こえた気がした。
しかし、わたしはどうなったのか状況を確認することもなく、瓦礫の中に激突して、スーパーボールの如く跳ねて吹っ飛んだ。
「…………はぁ、これで……どうです……か?」
大きく何度も地面を跳ねて転がりながら、着弾点からだいぶ離れたところで、わたしの身体は衝撃を殺し切った。ダバダバと血反吐を吐きつつ、聖騎士リィザ・ファミルが立っている方に顔を向けた。
全身を包んだ内功と魔力、強力な闘気のおかげか、落下速度は軽く音速を超えていたが、幸いにも身体が砕け散ることはなかった。現状は死に体ではあるが、即死するような致命傷はない。
とはいえ、奈落墜の代償として、右脚は焼け爛れて機能停止、左脚も皮だけで繋がっている状態になっており、もはや完全に機動力がない。ここからの戦闘は、もはや子供の抵抗程度しか出来まい。
そんなわたしとは対照的に、聖騎士リィザ・ファミルは右腕、肘から先を失くしただけでいまだ健在だった。
ここまで捨て身で奥義を放ったのに、相手の戦力を削る程度しか叶わなかった。しかも殺す気でやったのに、躱された訳ではなく受け切られたのだ。少しだけ自信を失いそうである。
『身体を欠損したのは、久しぶりだ――見事』
「……ハッ……化物、ですね……柊さんが……勝てない、と言ってた、理由……理解しました……」
左手で折れ曲がった片手剣を握り直す聖騎士リィザ・ファミルを見上げながら、わたしは心底満足気に微笑んだ。
この死地において、一足飛びに成長できた実感があった。
『さて、それでは――――』
微笑むわたしを見下ろしながら、聖騎士リィザ・ファミルは一歩踏み出して、途端に、煙のようにその姿を掻き消した。
わたしは会心の笑みを浮かべながら、己の体感時間が正しかったことに頷く。いまちょうど、聖騎士リィザ・ファミルが現れてから、三分が経過したのだ――ギリギリで、顕現時間内に一矢報いることが出来た。
まあ、多少は博打でもあったが、柊南天から聞いていた話を信じて良かった。切り札である『聖騎士リィザ・ファミルの模造人形』は、実際にたった三分しか顕現しなかった。
「柊さん。あとは、お任せ……しますよ?」
わたしはゴロリと寝転がり、安堵の吐息と共に空を見上げる。
すると、スッと顔に影が差して、眼の前に白衣姿の柊南天が現れた。少し前から、その気配は感じていたので、恐らく現れるタイミングを見計らっていたのだろう。
「相変わらず、綾女嬢には呆れるばかりっスよ……まさかまさか『聖騎士リィザ・ファミルの模造人形』を相手にして、こんなに善戦するとは――全盛期の【人修羅】超えたんじゃないスか?」
「……まだまだ、未熟、ですよ……そんな、ことより……早く、仕上げを……お願いします……報道陣が……アートホールの正面に、居るうちに……」
「――分かってるっスよ。それにしても、五百蔵氏の身体、どこに吹っ飛ばしたんスか、もう……」
軽口を叩き合いながら、わたしは脱力して身体の回復に魔力と神経を集中させる。そんなわたしからは視線を外して、柊南天は、よいしょ、とか言いながら、瓦礫の山を漁っていた。
耳をすませば、アートホールの入口、ここからそう遠くない開けた場所で、ガヤガヤと騒がしい音が聞こえている。また、慌ただしくアートホール内に駆け込む足音も聞こえて、何やらアナウンサーらしき人間の声も聞こえていた。
想定よりもずっと目立っている。なればこそ、事前に話した柊南天と相談して決めていた展開が、かなり有効になるに違いない。ここまで御膳立てしたのだから、仕上げで失敗して欲しくなかった。
「……五百蔵さんの、胴体……わたしから見て……五時の、方角に……瓦礫の……横辺りにあります……」
「んん? あ、本当っスね! 良かっ――た、ってもはやボロキレ!?」
目を瞑ったまま、わたしは柊南天にアドバイスを送る。アドバイス通りに目的のモノを見付けた柊南天は、これ見よがしの溜息だけ吐いた。
「よ、っせ、と――んじゃ、ここから【人修羅】の相棒として、〆のお仕事しましょかね? すぐ戻るんで、それまで死なないでくださいスよ?」
「……死にません、よ……」
五百蔵鏡の上半身だけの死体を担ぎ上げて、柊南天は意気揚々と、騒がしく人が集まっている方角に歩いて行った。本当のところは、仕上げの役割もわたしが担う予定だったが、流石にここまで満身創痍では不可能である。
「……まあ、目立つのは……好みませんから……犯人役は、お譲りします……」
独り言ちて、わたしは静かに瞼を閉じた。
ここから先の展開は、ただただ茶番劇になる。そしてその茶番は、柊南天の裏工作を経て、わたしたちが望んだ決着に落ち着くだろう。あとは仕上げを御覧じろ、である。
ひとまずこれで、わたしの仕事は終わりだ。身体を治して、何食わぬ顔で龍ヶ崎十八の前に出て行けば良いだけである。
「『特Sクラス因子』――いや、【人修羅】鳳仙綾女。まったく、君には脱帽だ。心底、敬意を表するよ。噂以上で伝説通り。正直な話、少しだけ侮っていたことを謝る」
ひと仕事終えたばかりのわたしに、耳覚えのある声音が降り注いだ。見るまでもなく、誰かを問うまでもなく、わたしはさも当然にそれに返答する。
「先ほどぶり、ですね、五百蔵さん? その姿……とうとう、本体、ですか?」
わたしの頭上に、ふたたび影が差した。目を開けて見上げれば、そこには正装したドレス姿の五百蔵鏡が立っていた。中性的なその顔立ちは変わらずだが、身体つきが随分と女性らしくなっている。
死んだはずの五百蔵鏡の出現に、しかし驚くことはなかった。
「……そうか。そう言えば、僕はどれが本体かは、誰にも教えてないな――さて、いまの僕が本体かどうかなんて、もはやどうでもいいだろう? 僕はもう、君とは敵対しない」
「あら? それは、どうして、でしょうか?」
「僕の最高傑作『聖騎士リィザ・ファミルの模造人形』に傷を付けたからさ。それはつまり、僕の完敗を意味する。これで君は、自身を円卓一席イージスの命に届きうる逸材だと証明した」
わたしはゆっくりと上半身を起こす。両足が死んでいるので、動くことはままならない。今ここで再戦が始まれば、もう流石に、何もできないだろう。
「へぇ……それはそれは。お褒めくださり……光栄ですね……でも、それがどうして……敵対しない、になるのです?」
「オフィサーとの賭けだ。僕が負けを認めた場合、もう君たちには手を出さない、と事前に話がついてる。当然だが『治癒』の異能を持つ覚醒者――S級の新顔ちゃんからも手を引くし、君の『特Sクラス因子』を抽出することも諦める」
「……嗚呼、そうです……そう言えば、その『特Sクラス因子』とやら、説明してくれませんか?」
五百蔵鏡と八重巴はなんらかの約束事を決めていたらしい。だがそんな決め事に興味などない。
「ああ、分かってる。安心しろ。今度こそ約束通り説明する――だがその前に、僕の目的も伝えておくとしよう」
無駄に言葉を区切り、わたしの目線に合わせるように腰をかがめた。ドレスから見える胸元が、それなりのボリュームであることが腹立たしい。
「僕は最終的に、イージスを打倒することを目的としている。その為に、少しでも強力な異能、個体をデッサンして、その性質、性格をモチーフにする必要があった」
「……わたし……申し訳ありませんが、芸術に学がないのです。つまりは、どういうことですか?」
「僕の異能は、どこまで知っている?」
「質問に質問で返すのは失礼でしょう? まあ、良いですけれど――わたしが認識している限りだと、五百蔵さんの『創造』は、事前に創造物を用意しておくことで、それを意のままに使役する異能、ですかね。この創造物は魔力で動き、自律性を持ち、どこにでも顕現可能……なので、イメージとしては、空想の産物を具現化、召喚する異能と捉えていました」
柊南天からは『RPGゲーム風で言うところの、召喚獣に似てまス』とか言われた記憶がある。いまいちピンとこなかったが、わたしのイメージとそれほどかけ離れてはいないだろう。
そんなわたしの回答に、五百蔵鏡は無表情になって喋り始める。
「間違ってはいないが、正解でもないな。僕の異能『創造』は、器と因子をデザインしてイメージを具現化する能力だ。器を制作して、器に宿す因子を抽出して、完成形のイメージをデザインする。この工程を経た制作物でなければ、僕の創造物には成りえない。器には素材が大事だ。素材は因子と親和性が高い方が効果的だが、出力を上げる為には魔力伝導率が高い人工物質の方が強力になることが多い。因子は幾つかの要素に分けて考えている。才能、或いは潜在能力値。技術、或いは特殊能力。性質、順応性、自律性など。更にこの組み合わせに、扱い易さも加味して、順位付けしてる。因子の順位は高ければ高いほど、強力であればあるほど共存せずに喰い合う特徴があるが、基本的には複数掛け合わせた方がより強い。だからこそ、より高みを目指すならば、共鳴する因子の組み合わせを探すことが有効だ。一方で、単独で最強となり得る因子を見つけ出すことでも、高みを目指すことは出来る。これは器次第でもあるけど、その組み合わせをイメージして、デザインするのが創造主たる者の『創造』の醍醐味だ。ちなみにデザインする時、イメージが因子と噛み合わない場合もある。そうなると、必然、デザインが巧みでも失敗に――」
突然、スイッチが入ったように饒舌に捲し立てる五百蔵鏡に、わたしはうんざりとした顔で睨み付けた。しかし、そんな視線に気付く様子もなく、いっそう話には拍車がかかり、熱を帯びた解説が披露され続ける。
極度の疲労もあるが、理解させる気がない説明のせいで、それらは全く頭に入ってこない。
「――逆に、デザインが稚拙でも、因子の掛け合わせと器が絶妙だった場合は、想像を超えた『創造』が誕生することもある。実際、僕の保有する『人形の王女』が典型だ。少しだけ脱線したけど、要するに僕は、少しでも順位が高い優良な因子を常に求めている。その因子の候補として、今回オフィサーに騙されて誘拐したS級の新顔ちゃんや、君が居る。特に君は、底なしの才能、生身で僕の創造物を斬り伏せる技術、あらゆる状況に屈しない気質、状況に応じて最適解を選択できる対応力などを持っていた。ここまでの因子は、それこそイージスと同格レベルだ。僕が闘った中で、最強格に匹敵する実力だ。だからこそ『特Sクラス因子』――」
「へぇ、そうですか……」
「――君が二人目だ。オールマイティでさえ、僕からすれば『Sクラス因子』止まりだし、オフィサーなどは戦闘力の点を評価しても『Bクラス因子』だ。そういう意味では、S級の新顔ちゃんは、あの異能があるからオフィサーと同格――」
うだうだと解説を続ける五百蔵鏡に、わたしはもう興味さえ失い、辟易した様子で相槌だけ打っていた。それで気を良くしたのか、五百蔵鏡はそのままスピーカーの如く喋りたいことだけ喋り続けた。
聴いてもいないのに質問して、即座にそれを自答する様は滑稽を通り越して怖かった。
そんな理解出来ない言葉の押し付けは、退屈を通り越して苦痛である。とはいえ、柊南天が戻ってくるまではここで時間潰しをしなければならない。
そうして、しばらくうんざりしていると、遠くから駆け寄ってくる足音と気配がした。
「――因子を抽出する為には、僕が直接、対象に触れて造形を意識して――」
「うぉ!? ちょ、何スか!? どして、こんなとこに五百蔵氏が、居るんスか!?」
ようやく、である。わたしはホッと息を吐いた。柊南天が仕事を終えてくれたようだ。
「――ん? ああ、ドクターか。円卓会議以来、半年ぶりか? 久しぶりだな?」
「いやいや、円卓会議、って何が何やら――」
駆けてきた柊南天は、しゃがんだままで話し続けていた五百蔵鏡に驚きながら、下手くそな演技で誤魔化そうとしていた。それを一刀両断して、五百蔵鏡は向かい合う。
「ドクター、安心しろ。【人修羅】の相棒が君であることを、僕は流布するつもりはない。賭けに負けたからな」
「あ、はいはい。なるほど、なるほど、分かりました、分かりました。つまり――」
「――そう、つまり。僕は君たち【人修羅】には金輪際、手を出さないし、敵対もしない。勿論、協力はしないが、正体を晒すこともしない。オフィサーにも釘は刺しておく」
ドレスを翻して、五百蔵鏡は柊南天が駆けてきた方に歩き出す。
「――ちょぉおい、とばかり、お待ちを五百蔵氏! うちらと敵対しないのは、感謝スけど。どこ行くつもりスか?」
引き留めた柊南天に、疑問符を浮かべた顔を向けてきた。
「どこ、も何も――とりあえずこの騒ぎが演出だと、メディアに顔出しするつもりだが?」
「あ、やっぱ、そスよね? でももうソレ、手遅れスよ? うちがさっき、生中継してる報道陣の前で五百蔵鏡の死体を見せて、ヤクザの抗争だって宣言したスから」
「――な、に?」
ケロッと爆弾発言しながら、柊南天はわたしの傍に駆け寄ってくる。肩を借りながら、踏ん張って立ち上がった。
「ヤクザの鉄砲玉役を演じたうちは、ちゃんとその場で、綾女嬢が取り逃がした一般人を道連れにして、見事な爆死ショーを披露したっス! ちな、爆死に使用したのはちゃんと地元のヤクザにしてまスよ? ついでにしっかり、精神感応力も使って、その場の全員にそれが真実で事実だと刷り込みしたス」
「………………」
絶句する五百蔵鏡の顔に苦笑しながら、わたしは、計画通りですか、と呟いた。
「これで社会的に五百蔵氏は死亡したっス。だからもう、表舞台での活躍は無理スよ?」
「……どういう、ことだ? 僕をどうして、社会的に抹殺した?」
「あ、やっぱそスよね? 腹黒嘘吐き妖怪婆――じゃなくて、巴女史に騙されたんスよ? だってうちら【人修羅】に対して、五百蔵氏暗殺の依頼が来てましたもん」
「……暗、殺、依頼……なるほど。オフィサーは相変わらず、だったか……」
「ま、うちも、五百蔵氏は悲嘆に暮れるキャラじゃないって知ってたスから、この計画を実行したんスけども――とぉ!? そろそろヤバいス」
呆れた顔で空を仰ぐ五百蔵鏡と軽口を叩き合いながら、唐突に柊南天が腕時計を確認した。わたしが、どうした、と疑問を挟む前に、すかさず駆け出す。
肩を借りているので、必然よろけた。
「んじゃ、また今度、円卓会議で逢いましょ、五百蔵氏! うちら、逃げまス!!」
「ちょ、柊さん!? 何が――」
「――ああ、そうだな。オールマイティに見付かったら、大ごとになるだろうからな」
納得した風に頷く五百蔵鏡を一瞥してから、わたしは引かれるがまま、早足にその場を去った。
10/27迄、毎日0:00更新/次に更新する第八夜で、五章は完結です。




