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夢と現実とその狭間 13

「おーい、こっちだ原島!」

昼に呼び出されるなんて久しぶりだ、しかもライバル社の記者だ。

「暇だなぁ元木、俺呼び出して何考えてんだ?」

元木の奴はすでに数本煙草を吸い終えていて、コーヒーはもしかしたら何杯目かなのかもしれない。

「お前が遅れて来なきゃ俺は今日残業せずに帰れたはずだよ。」

「そらぁ悪かったな。」

待ち合わせに1時間遅れただけだ、しかもちゃんと事前連絡を入れたじゃねーか。

本当はこうやってライバル社同士が会って話をするっつーのはあんまり褒められたことじゃないはずだ、だけどまぁ、大学の時からの仲だからな、問題ないだろう。

情報漏洩しているわけじゃねーし。

「お前の記事、たまーに読むよ、相変わらずエグイな。」

「褒めてもらって嬉しいよ。」

こいつの記事はだいぶダークだ、社会部に所属しているはずだが内容はほぼゴシップ。すっぱ抜いた記事が多く、社会的に立場のある人間の裏を暴くような内容が多い。正直俺はそんな内容に興味はないもんだから、本当にたまにしか見ないんだけど。

俺は写真家だから、記事は書かないし。

頭悪いしな、俺。

「お前は秀才だから、文章は最高だよ。」

あんまり、褒めちゃねーんだけどね、この言葉。

ただ、取材力はすごいと思う、俺なら途中で投げるだろうからな。

煙草をふかす俺を見て、元木は何本目かの煙草に火をつけた。

「お前最近、何してんの?」

元木が俺になんか聞いてきた、最近?なんだそりゃ。

「相変わらず写真撮ってっけど・・・?」

それ以外、俺何かしてたか?

「そんだけ?」

「あぁ、物書きはしてないけど・・・?」

何だよ、久しぶりに会っていきなりガサ入れか?

へぇーって相槌打って、なんだか全く信じてませんって顔だ。何だ一体?

「浮いた話、ないの?」

「はぁ?」

驚いて変な声上げちまったじゃねーか、何言ってんだこいつ?

確か元木と会ったのは2年ぶりくらいだ、連絡も取らないし、すごい久しぶりのはずだ。こいつ、こんな奴だったかな・・・?

「女紹介してほしいなら俺は辞めといた方が良いぞ、俺の周りにゃまともな女はいないからな。」

俺の周りにいる女はお嬢か恵、もしくは締め切りに追われてボロボロになってる男みたいな女どもだ。同じ仕事なんだからそのくらいわかるだろうに。

「俺は良い、お前だよお前。」

こいつ、いったい何考えてるんだ?

「浮いた話なんてあるか、生き残るので精いっぱいだよ。」

お前こそどーだと言い返してやりたい、何なんだこいつ?

元木は、ふーんと言って手帳を出してきた。

ボロボロの革の手帳、中には取材内容がたくさん書かれているんだろうけど、きったねぇなぁ。大量の紙が挟まれていてその中には数枚の写真もあって、元木はくわえ煙草でそんな写真の中から、一枚を取り出した。

「俺の班の奴がさぁ、こんな写真持って来たんだけど・・・これ、だーれだ。」

・・・はぁ?

スッと差し出してきた写真、その中の人物を元木は指で指し示す。その写真には立派なマンションに入る細身で長身の男の後ろ姿と、その男の腰に手をまわしている男の姿・・・細身の男はスーツ姿で、手をまわしている男は、中肉中背でラフな服装で、横顔が写っている。

「・・・俺ぇ!!!?」

「やっぱり?」

・・・これ、樹のマンションに入るところの写真だ。

幸い、樹の顔は写ってないけど、俺の顔が写ってる!

「この細いの、SGRの相良樹だろ?相良樹って、男にも手を出してるんじゃないかって裏で噂出てるみたいでさぁ、うちの班の奴が張ってたみたいなんだよね。そしたらお前が一緒だったってわけだ。あっ、コーヒー2つおかわり。」

正直、俺の思考は完全にフリーズしていた。

写真の置かれたテーブルに手をついて凝視する以外なくって、店員がコーヒーを注ぎに来たのにさえ気が付かなかった。

「お前のその手さぁ、普通、そこにあるものか?」

自分で言うのも何だが、ドン引きだ。完全に腰に手をまわして体を引き寄せてる。俺、絶対酔ってる・・・

「これさぁ、結構いいネタなんだよね。今LGBTネタって結構売れんの。」

こいつ、俺を揺すりに来たのか・・・?

「でも、まぁ、昔のよしみだ。お前には結構おごってもらってるからな。表に出る前に預かって来た。さて、どうしたらいいかな?」

・・・正直、マンションの前を堂々と歩くって行為はそんなにやってない。

いつも地下駐車場に車を入れたらそのままエレベーターに乗るから、マンションの中で目撃されることはあっても外でこんな風に目撃されることはないはずだ。

だからこそ、いつだか泥酔して服を脱いだ樹が目撃されることもなかったんだ。

俺、何した・・・?

しかもこの写真、いつだ?

「正直に言えよ、どーなの?」

正直に言ってたまるか!!!

「・・・こいつが結婚してることぐらい知ってるだろ?」

こいつにはお嬢がいる、こうなることを恐れての結婚のはずだ!

「あぁ、知ってるよ、だから追ってるんじゃないか。」

そうだな、独身じゃないからネタとしての価値があるんだ・・・クソ―、正解だ。

「まぁさぁ、俺は別にお前がどうであろうと関係ないし、どんな趣味でも問題ない。俺を対象として見なければの話だ。」

お前なんかと寝てたまるか!

「でも、相良の方には興味があるんだよね。」

あれだけの記事を書いているんだ、興味があるだろう。俺が逆なら絶対に追っている。これが公になれば樹は大ダメージだ・・・絶対に阻止しねーと!

「悪いが樹とは昔から仲が良いだけだ、奴の嫁さんとも仲が良いもんだからよく三人で飲んでいるしこうやって家に行くこともある。それでいちいち勘ぐられたらお前と俺はもうとっくにデキてたはずだ。」

「まぁ、デキてたな。」

大学時代なんてしょっちゅう二人で朝までとかやってたじゃねーか、何で同じって風に見れねぇんだ!?

「でも、俺はお前にこんな風に触られたことはないな。」

・・・正解だな。

一度もそんなことはないな。

と、言うか樹以外でこんな風に手をまわした相手は女だけだ。

「・・・だいぶ酔ってたんだろうな、じゃなきゃこんな事してるわけがない。」

「酔って男に手をまわして、その後ってどーなの?」

・・・うっ。

認めて、たまるか・・・。

「さぁなぁ、いつも飲み明かして気が付いたら朝だ。」

「ふ~ん・・・」

こいつ、信じてねぇ・・・。

コーヒーに口を付けるも、元木から目が離せない。

「相良樹、もう少し調べてみるかな。」

「ちょっと待て!」

元木のその言葉に、俺は巻末入れずに声を上げた。

「あいつはSGRの次期社長だぞ!?まだ若いんだ!こんなどうしようもない事なんかで奴の人生に傷をつけるな!あいつにはちゃんと嫁さんもいる!あらぬ波風立てて潰す気か!?」

俺はどうでもいいが樹はダメだ!あいつが受けた傷は絶対に風化しない!

だからといって正直に言ったとしても、こいつが諦めるわけもない・・・どうしたらいい?

元木は写真を手に取り、疑うような視線で眺めている。そしてふと、時計を見た。

「おっと、誰かさんが遅れてきたせいでこんな時間か。原島、この件は当分保留だ。次はインタビューで来るよ。」

そう言うと元木は伝票を取り上げて去って行く。

「ちょっと待て!元木!!」

振り返ることなく片手を上げて、元木は店から出て行った。

全く意味が分からなかった、何で俺は樹と外を歩いていたんだ・・・しかも堂々と。樹の事だ、この事を言っても涼しい顔して大丈夫ですよと言うはずだ。大丈夫な訳あるか!

樹が俺と付き合っていることが知れたら、そもそもお嬢と結婚した意味がなくなっちまう!

どうしたらいいかを必死で考えてみたけど、俺の頭じゃ限界が見えていて、俺は考えなしに、お嬢に電話をしていた。

『メッセージをどうぞ。ピー!』

「お嬢、悪い!急ぎの案件なんだ!樹抜きで話がしたい!聞いたら電話をくれ!」

くそー、生きた心地がしねぇ!

あいつの事だ、調べるに決まってるし、調べさせるに決まってる。樹の昔の恋人たちに行きあたっちまったらおしまいだ。もし今日中に、お嬢と連絡が取れなかったら・・・元木に頭を下げるしかねぇか?

イライラと言うよりもざわついた気持ちで会社に戻って、今日は仕事ができないって諦めた。

こんな気持ちで写真なんて撮れない、取ったところで全部没だ。

携帯握りしめてデスクに突っ伏して、もう仕事なんてやんねーぞ、元木のせいだ。

・・・いや、俺のせいか。

ちょっと浮ついてたのかもしんない、最近うまいこと行ってたから、隙があったんだ。あんなに気を付けてたのに!

偽装結婚潰す気か・・・!?

   ピリリリリリリリリン、ピリリリリリリリリン、

跳ねる様に飛び起きて携帯を見たら、お嬢だ!

俺は携帯持って部屋飛び出て、屋上を目指した。

『もしもしー?』

「お嬢!助けてくれ!」

『何なのよーいったい、』

「事件だ事件、俺じゃ処理しきれねぇ!」

『何よ、別れたの?』

「違う!そうじゃねぇ!」

お嬢が電話越しにやれやれと言っている。

『今から出てこれるわけ?』

今?今ってまだ昼過ぎだぞ?

『いつものカフェで、私今日急きょ午後時間が出来たのよ。飲みに行こうかと思ってたところだけど、コーヒーで我慢してあげる。』

ナイスタイミングだお嬢!とりあえず了承の旨を伝えて電話を切って、直帰する事だけを叫んで社を出た。駅に走って電車に乗って、駅としては3駅だけどじっとしていられない。

俺の挙動は明らかに不振だ、ドアの前に立って移り変わる景色見ながら、電車ってなんでこんなにじれったいのかと考えてしまう。でもまぁ、車だったら注意力散漫で人を跳ねているかも知んねぇし、電車で良かったか・・・?

駅に着いて、飛び出る様に改札を抜けて緑の中にあるカフェを速足で目指す。駐車場には真っ赤な車、砂利ってのがこんなに歩きにくいとは思わなかった、転んだら血だらけだな。

オープンテラスには優雅にコーヒーを飲んでいるお嬢がいて、絵になる女だよ全く。見た目はゴージャスでいい女なんだが、中身が悪すぎる。

・・・おっと、助けてもらわにゃいけねーんだった。

「あっ、来た。」

お嬢は何だか呆れ顔だ。よく考えりゃお嬢と二人きりで会うのは初めてかもしんない、これは浮気とはカウントされないよな?

「珍しい事もあるものねぇ、何考えてんの?」

相変わらずすっげぇSっ気たっぷりに声をかけてくるけれど、何にも考えらんねぇから来たんだよ。

コーヒー頼んで我ながらでっかい溜息ついて、さっき起きたとんでもない事態を全部話した。お嬢はくっそ甘そうなケーキ食べながら、片手間で聞いている。

「っとに、脇が甘いんだから。」

「全くだ、俺もそう思う。」

「それ流されちゃったらさぁ、消火大変よ?」

今のこの世界で一度流れたゴシップを消すことは不可能だ。SNSであっという間に拡散して二度と消すことは出来ない、そうなりゃ多くのグループ会社を抱えている樹のダメージは半端ないはずだ。あいつ自身はうまくやってるっつーのに・・・なんてこった。

「もぉ、立派な事件じゃん。」

全くだ。

お嬢はやれやれと言いながら何か考えている、そして、ケーキを追加注文している。

「助けてあげるから、おごりなさいよね。」

何でもおごる!!!

「条件としては、猫ちゃんにバレない様に事をもみ消せばいいんでしょ?」

「できるのかお嬢!?」

「まぁねぇ・・・考えるわよ。で、その元木って奴には連絡着くのよね?」

「あぁ、着く。」

「じゃぁさぁ、時間調整するからさぁ、相良樹の嫁が話しがあるって言ってるって呼びなよ。猫ちゃんにバレずにって言うなら日中にしてね。」

こいつ、すっげぇ悪い顔してるけど、大丈夫か・・・?

ちよっとばかり、相談する相手を間違えたかなと思っている俺を他所に、やる気満々だ。お嬢の数々の武勇伝は樹から聞いてる、ってか俺も巻き込まれてる。

「お嬢・・・お前、ちゃんと考えてるんだろうなぁ・・・?」

「あんたより何十倍もね。」

ちげーねぇ・・・。

「本当にもぉ、バカなんだから。」

おう、この際何とでも言ってくれ!認める!

「言っておくけど、あんたたち二人だけの人生じゃないのよ?そこには私や日高さんも混じってるんだからね!あんたが私の部下だったらしこたま怒られてるわよ!?」

部下じゃなくって良かったぜ・・・

「日にち決まったら連絡して、日中だったらバレないでしょ。私からは猫ちゃんには何も言わないから、なんか言いたきゃ自分で言ってね。」

お嬢はそう言って、コーヒーとケーキを完食して去って行った。

お嬢が完璧にこなしてくれることを祈るしかない、俺には何にも考えが浮かばないからなぁ・・・。

元木に電話しようと思うがさっきの今じゃあまりに部が悪い気がした。無茶苦茶焦ってるって思われたらそれこそ余計に怪しい・・・とりあえず、電話は明日だな。

こんなに早く仕事が終わったっていうのに樹に会うこともできないってのは面白くない、なんか、罰を受けている気分だ。脇が甘かったなぁ・・・ほんと、以前は結構気を使って会っていたけど、最近は確かに緊張感がなかったんだと思う。この事件が片付くまで、自制だな。

はぁ、そんな事思うと余計に会いたくなるから困ったもんだ・・・


翌日、元木に電話をして、相良樹の妻が話があると言っているがどうするかと聞いてみた。もちろん元木はすぐに飛びついてきて、話してみたいと言った。お嬢に時間調整をかけてもらい、俺たちはあの衝撃事件から四日後の、火曜日の昼間にあのカフェに集まることにした。

俺が車を出して元木を回収して、カフェまで運ぶ。車中は微妙な空気だった。

「なんで相良樹の嫁が俺に会いたいんだって?」

「俺がお前の写真について相談したからなぁ、物申したいんじゃねーの?」

「こっちもいろいろ聞きたいことがあるから、いいんだけどね。」

さぁてこの攻防戦、どっちが勝つんだろうか・・・お嬢が勝ってくれなきゃ困るんだが、元木も頭がいい奴だからなぁ。

俺は正直、お嬢がどんな作戦で来るかは想像が出来ていない。

それよりも、オープンカフェで話せるような内容かぁ?

お嬢に先に釘を刺されていることがある。何があっても動揺するな、だ。余計怖いぞ・・・お嬢。

着いてみたら赤い車はなかった。珍しい、お嬢が先に来ていないか。なんかの作戦か?

外のテラスに座り、元木と二人でコーヒーを頼む。平日の昼って時間帯は比較的静かだ。男同士でこんなとこでコーヒーなんてしたくねぇなぁ。

なーんて思っていたら、お嬢らしき女が登場した。なんで、『らしき』かと言うと、服装が違ったからだ。

いつものびしっと決まった服装じゃなくって、なんてーか、ゆるーい服装で、お嬢って背、こんなに低かったか?なんつーかなんつーか、女っぽい。

「お待たせして申し訳ありません、相良の妻の愛と申します。」

「文秋出版の元木と申します。」

元木がお嬢に名刺を差し出す。

「わーお、あの文秋の記者。おっちゃんとは全然違うじゃん。」

「悪かったな。」

わざとだってわかっていても腹立つ。

「ねぇ、元木さん、写真見せてくれません?」

お嬢が頼んだのはコーヒーではなく、オレンジジュースだけど・・・なんだ?

「いいですけど、破り捨てないでくださいね。」

元木はそう言って、写真をお嬢に渡した。

お嬢はその写真を見て、笑う。

「これ、どー見たってその気があるのはおっちゃんの方じゃない。」

「なにぃ!?」

思わず叫んじゃったじゃねーか。

「うちの樹に手出ししてたら許さないからね!?」

「お嬢!お前なぁ!!」

「元木さん、私に樹を紹介してくれたのはこのおっちゃんなの、おっちゃんとの方が長い付き合いなんだけど・・・まさか私の樹君にこんなことしてるとは思わなかったわ。だから私に手を出さなかったのね?」

「待てコラお嬢!そもそもお前に手を出すほど俺は女に困っちゃない!」

「まーたまたぁ。」

何で俺がはめられてるような状況になってるんだ!!!

「うちの樹を疑う前に、こっちのおっちゃんを疑った方が良いんじゃないかしら?」

お嬢はそう言って、写真を元木に返した。

元木は写真を受け取って、見つめた後、再びお嬢の方に向けて差し出した。

「この家、今お二人が暮らしているマンションじゃないですよね?」

さすが調べ済みだ。

「えぇ、今暮らしている家は私の持ち家の方。この家は彼が独身時代から暮らしていた家よ。」

「なぜ別居を?」

「別居?別居なんてしてないわ。彼は毎日仕事が終わると真っ直ぐ私の所に帰って来るし、外遊びもしないタイプよ?」

「ではなぜこの家を手放さないのですか?」

「手放す理由がないからよ?彼、お金余ってるんだから、彼が個人で管理するなら持っていてもいいんじゃない?それに、彼は仕事の関係のパーティーが頻回にあるから別宅があった方が良いでしょ?」

「お金が余ってるか、すごい表現ですね。」

「ちなみに私は時間もお金も余ってないわよ?」

お嬢の頭の切れ方はさすがだ、一切溜め無しで会話が進んでいる・・・

「相良樹には同性愛者の噂があるのをご存知ですか?」

元木が本題をぶっ込んで来た。

「・・・あら、そうなの。初めて聞いたわ。そうねぇ・・・あの子の性格と容姿なら、そんな噂も立つかもね。なんたっていい男だからねぇ、彼。」

それはちげーねぇなぁ・・・

「おじ様受けしそうな容姿よね、ねぇおっちゃん?」

「俺にふるな!!」

「元木さん、あなたこのおっちゃんと長い付き合いなんでしょ?じゃぁこのおっちゃんの酒癖も良く知ってるでしょ?」

元木が、俺をじっと見た。

「いや、もうだいぶ長い事こいつと飲んでないからなぁ・・・なんか癖付いたの?お前。」

・・・俺の酒癖、何だ一体。

「このおっちゃん、キス魔よ?」

反撃してやりたかったが、我慢した。

このタイプの爆弾が今後数度落とされるのか・・・心臓に悪い。

「今度朝まで飲んだらいいわよ、こんな風にされるから。」

元木の俺を見る目が、冷ややかだ・・・

「彼のアシスタントの女の子に聞いてみたらいいわ、いろいろ教えてくれると思う。」

「それは勘弁してくれ!!」

アシスタントって恵だろ!あいつならあらぬこと言う!やめてくれ!!!

「私もさぁ、何度か女の子紹介してあげるって言ったのよ?なのに続かないんだから。」

あぁ、やべぇ、心臓に悪い・・・げっそりだ。

「元木さん、あなたが信じる信じないは別として、樹はバイでもゲイでもないわ。まぁ、ゲイだとしたらそもそも私と結婚しないでしょうし、バイであったとしても私と結婚してきちんと夫婦生活をしている。そこによくこのおっちゃんが入ってきて大騒ぎして、飲み足りない時は二人で出て行くけれど、この写真はその中の一瞬の姿に過ぎないわ。もぉ、だからさっさと結婚しろって言ってんのよ!樹がこれでなんか書かれたらあんたに全責任負わせるからね!」

「俺じゃなくてこいつだろ!!!」

俺は思いっきり元木を指さしてやった。

「あんたの酒癖のせいでしょ!」

俺とお嬢がやり取りしているのと横目に、元木がやれやれと言う顔をして煙草をくわえた。

「あっ、ちょっと待って。」

煙草に火をつけようとしている元木に手を伸ばして静止をするお嬢、なんだなんだ?

「煙草はやめてくれる?私今妊娠初期だから。」

意識飛びそうになった・・・なんだって?

「あら?あなたのかわいい彼から報告行ってなかったの?」

「・・・いや・・・」

元木は、煙草をしまった。

「仕方ないか、言えないよね。私の方が歳も上だし、前回流れちゃったから、安定するまでは言えなかったかな。」

それ、マジじゃねーよなぁ・・・演技、だよな!?

まぁ、お嬢とやるのは浮気とカウントしないって言ったし・・・マジ!?

「まぁ、今回も流れてしまうかもしれないけれど、それでも私たち夫婦には望んで授かった命なの。彼はすごく喜んでくれているし彼のご両親も願っているの。だから、申し訳ないけど、こんなしょうもないネタで私たちの生活の邪魔をしないでもらいたいの。子供の為に酒も煙草もカフェインさえも絶ってる私の身にもなってよ!!イライラのネタは増やさないで!」

・・・よかった、嘘だ。この前あんだけ煙草吸ってコーヒー飲んでたんだから、妊娠なんてしてねぇ。

「こんなガセ流して、子供まで流れてなんてなったら法的に対応するから、よく考えてくれる?あぁ、ちなみにこのおっちゃんについてだったらどーぞお好きなだけいじっていいわよ?」

「俺を売るな!お嬢!!」

元木は、お嬢の剣幕に完全に圧倒されて戦意喪失って感じだ。さすがだ、お嬢・・・

「何か他に聞きたいことはある?」

オレンジジュース飲みながら、お嬢は元木に言葉を投げる。

「いや、ない。」

元木はそう言った。そして、ただ、と続ける。

「ただ、相良樹が年上好きのどMってのは、わかった。」

元木のその言葉に、俺もお嬢もきょとんとして、その後お嬢が笑った。

「その言葉、彼に会うことがあったら直接言ってあげて?喜ぶかもね。」

そう言ってお嬢は去って行った。

時間にして1時間あったかどうか、残された俺と元木は、煙草に火をつける。二人でまるで魂吐き出すみたいに煙を吐いて、だいぶ力が抜けてしまった。

「相良樹に、別宅が必要な理由が分かったよ。」

「・・・だろ?」

お嬢は最強だ、それこそあいつを扱えるのは樹ぐらいしかいないと思う。樹の、俺たちの数倍もの人生経験がなければ扱える代物ではない。

「とりあえず・・・これやるよ。」

そう言って元木は、俺にあの写真をくれた。

「焼き増しすんじゃねーだろうなぁ・・・」

「しないよ、リスクが高すぎる。」

大正解だ、あの女は敵に回さない方が良い。

帰りの車中、俺たちはあんまり話さなかったけど、話すとしたらお嬢の事で、樹の話題なんて一切出てこなかった。お嬢が全部持って行っちまったよ。

文秋のビルの下に車を付けて、すると元木は再び手帳を取り出して何かを探し始める。

また、揺する気か・・・?

「さっきの写真あったじゃん?あれ、実はもう2枚付いてのセットなんだよ。」

はぁ!?

「やるよ。」

渡された写真は・・・俺が、樹にキスしてる写真だ。

「ぬぁっ!!!!!!!!!」

「その酒癖、直した方が良いと思うけど?」

赤面とか、そんな問題ではなく・・・こいつどんだけ爆弾持ってんだ!?

「これで全部だ、俺は結局お前の酒癖を見せつけられただけってわけなのかな。ちゃんと処分しとくよ。それとも、ネガ欲しい?」

「・・・いらねぇ・・・」

あっ、そっ。っと元木は言う。

そしてはぁ、と深くため息をついて、つぶやいた。

「実は俺も、もうじき子供が生まれんの。」

「はぁ!?」

思わぬカミングアウトに、俺は顔を上げて元木を見た。だってこいつ、指輪してないぞ?

「まだ籍は入れてなくって、ちょっとどうしようかって躊躇ってた。家庭持って、子供なんて持ったら今までみたいな記事が書けなくなるんじゃないかってな、ちょっと思ってたんだよ。」

その気持ちは、わからなくもない。

特にこいつみたいなエグイ記事書く奴はそう思っちまうかもしんねーな。

「家でタバコも吸えなくなるし、残業も泊まり込みもできなくなるけど、でもまぁ、あの女ができてるんだったら、俺にもできない事はなさそうだと思ったよ。」

・・・悪い、元木、あいつはそんな事絶対できねぇ・・・

「父親は、必要だと思うぞ。俺はな。」

元木はドアを開けて車を降りた。

「不思議な三角関係だなぁ、お前ら。」

「その辺は、触れないでくれ・・・」

じゃぁ、と言って元木はドアを閉めてビルの中に消えて行った。

その日の夜、俺はお嬢に呼び出され、あっさりと今日の事を樹の前で暴露された。

「あんたたち脇が甘すぎる!!!やるならバレない様にやりなさいよ!」

「だーかーらぁ、悪かったって!」

「そんな事があったんですね~、」

樹はハハッと笑いながらキッチンに立っている。

「僕は別に大丈夫ですよ?」

予想通りのその言葉にお嬢が巻末入れずに叫ぶ。

「だーめだめ!ダメに決まってるでしょ!?何のために結婚したと思ってるの!!」

「でしたね。」

樹はそう言って相変わらず笑う。

「今後二人で表は歩かない様に!特に夜はダメ!」

「以後、気を付けます!」

俺にはその言葉しか言えない。

「で、元木って奴は手を引いたんでしょ?」

「あぁ、たぶん、引いたはずだ。」

これで引いてなかったら俺が殺される。

「じゃ、週末はデート三昧ね。」

つまみ持って俺の横に座る樹、にこにこと俺の事を見上げてやがる。あぁぁ・・・本当にすっぱ抜かれなくって良かったよ。

「ありがとう、渉さん。」

あぁぁぁぁぁ!襲ってやりたい!

「飼い主、出禁にするよ?」

酒飲飲みながら横目で刺してくるお嬢、こいつにかなりでかい借りを作ってしまった事が一番の汚点だ。

「それに!頑張ったの私だから!大芝居うったのよ!?お礼言う相手が違うでしょ!?」

「愛さんには本当に感謝してます、ありがとうございました。」

「飼い主バカなんだから、ちゃんと教育しといてよね!?」

俺は一体ここ数日でどんだけバカって言われたんだか・・・まぁ、このお嬢様からしたら俺は足元にも及ばねぇんだろうなぁ。

今の俺が目にしている女たちはちょっと特殊な女たちで、そんな女たちが世の中一般の女たちだとするのならば、俺はもう二度と女と恋愛することはできないと思う。やっぱし、樹が最高だな・・・

「飼い主!目!!!」

はーいよぉ!




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